最終話
「じゃ、話といこうか」
ご飯を食べ終わり、改めて話をすることになる。
ちなみに私はもうベッドから出て椅子に座っている。
「その前に確認なんだけど、エリーゼ嬢」
「はい」
「……トワイライ伯爵と一緒に倒れていた女性。あれは、かつての君の体を奪ったシャルロット、で間違いないかい?」
「……はい。よく、分かりましたね」
「まぁね。ロトール公爵から伝え聞いてた姿形と大分違ってはいたけど、それでも面影はあったし、それにトワイライ伯爵に刺してあったナイフと傷跡が一致したから、伯爵が刺してその後に自分を刺した、と推測できる。伯爵がその手にかける相手……とすれば、限られるからね」
「……シャルロットは、死んだのか?」
「既に死んでたよ。……トワイライ伯爵も。カイロスに盛られた毒と同じ毒で、ね。だから教えて欲しいんだ。彼らは、一体どんな状況だったのかを」
「はい、わかりました」
私は、カイロス様が毒で倒れてから、エリル様と会うまでの経過を話した。
「……そんなことになっていたのか」
「…そっか。なら、あれの言っていた事と一致するし、間違いないってことかな」
「あれ、とは?」
「共犯者……いや、首謀者だね。全ては彼から始まった。結局は、シャルロットも彼に利用されたに過ぎなかったのさ」
「利用されたに…過ぎなかった……?」
「彼は、自分を認めない国を、王家を滅ぼすことを目的としていた。そのための布石と資金稼ぎに、シャルロットが使われたのさ。王族に執着を持ち、制御しやすい人物としてね。執着はしていたし、黒魔術を使うことを躊躇わなかったけど、せっかく入れ替わったのに王族に入り込むことが出来ず、入れ替わられてそのまま表舞台から消えるはずだった君は再び表舞台に舞い戻った。それで彼の計画は崩れたんだ」
「人は、思い通りに動くものじゃない。そんなことも知らないのか」
「そうなんだけどね……彼はそんなことも知らないんだよ」
ただ、利用されただけのシャルロット。
彼女の異常なまでのカイロス様への執着…想い。
その想いが、利用され、事件を生んだ、ということなのか…
「彼はそれまでの計画を変え、闇ギルドに所属する全員を動かし、総力戦を仕掛けることにした。なにせ、今回のように黒魔術が効く人物が王族内部に入る機会は少なくとも次の世代…10年以上無いからね。もうエリーゼ嬢が入ることに決まれば、黒魔術による介入はできない。そのため、さらに資金稼ぎに走り、その一人としてギリアが目に留まった」
ギリア。トワイライ伯爵を負傷させ、私を連れ去ろうとしたした男。
「黒魔術の提供の見返りに報酬をね。そして、襲撃の計画を立て、その一端に再びシャルロットを利用することを思いついたんだ」
「…それが、今回の内容ですか?」
令嬢を装い、近づいてきた私とカイロス様を襲った。
けれど、それも失敗に終わった。
「そうだね。それに……口封じも兼ねていたみたいだ。王族に刃を向けたものを生かしてはおかない。その場で切り捨てられるだろうから、失敗しようと成功しようと殺される。仮に成功して逃げてもその後で始末する。もっとも……」
「俺とともに天国に行く、か。自害するつもりだったのだから、奴からすれば尚更都合が良かったということか」
命を失うことまで決められていたシャルロット。
その事実に、彼女への思いが、よく分からないものになっていく。
ただ、愛しただけなのに、想いを最後まで利用され続けた彼女。
けれど、それに気付かず、最後までカイロス様にと……
「首謀者は捕らえた。闇ギルドは壊滅させた。シャルロットは……もう罰を受けた。細かい処理はまだこれからだけど、これで今回の事件は終わり。……そして」
エリル様の視線が私へと向けられる。
「エリーゼを、元の『エリーゼ』として戻す、だな」
「そうだね。黒魔術による魂の入れ替えが行われたことを発表し、本物であることを公表。ロトール公爵の正式な娘として、婚約者として受け入れるようにするよ」
「あの……」
私の言葉に二人がこちらを向く。
エリーゼに、立場上とはいえ、戻れるのは嬉しい。けれど…
「黒魔術を…それも、魂の入れ替えのことを発表して大丈夫なんですか?今回のは初めての事例と仰ってましたし、もし同じことが起きてしまったら…」
もし、他に黒魔術を使うことが出来る者がいて、このことを知ってしまえば、黒魔術でこんなこともできるのだと教えるようなものだ。
そうなれば、いずれ似たような事態が生まれかねない。
「分かってるよ。今回の件で黒魔術は魂に干渉できることがわかった。今はその研究を進めているから、いずれ対策はできるよ」
「なら、大丈夫か。手続きは任せたぞ」
「はいはい。カイロスはさっさと体を元に戻してね。仕事は溜まってるんだから」
「分かってる」
「ところで…」
しばらく雑談を交わした後、私は気になることを聞いてみた。
「トワイライ家は…どうなるのですか?」
当主が亡くなり、娘は大罪こそ犯したが同じく亡くなっている。
その辺りの処理はどうなるのだろうか。
「…まだ正式には決まってないけど、取り潰しだろうね。当人だけの処理で済まされる問題じゃないから、親族も何らかの処罰が下される。領地は他家が引き継ぐとして、家としては消えることになる」
「そうですか……」
黒魔術を行使し、王族に刃を向けた。
当人も、その父も既に亡くなっていても、一族としてその責から逃れることは出来ない。
それほどに重い罪ということ。
「あの、それでは…」
「ん?何かな」
それから数日後。
私は、元トワイライ家屋敷に来ていた。
取り潰しとなったトワイライ家。しかし、屋敷には使用人がいる。
その後の処理で引き継ぐ貴族が決まり、結果として屋敷そのものは存続されることとなった。
しかし扱いとしては別荘に留まり、そのため現状の人員数は多すぎるとのこと。
なので、その多すぎる人員の一部を父に頼んでロトール家の使用人として再雇用することとなった。
今日はその一部の人員を連れてロトール家屋敷に戻る日だ。
「さて、じゃあこれからもよろしくね、アリエス」
「は、はひ、エ、エリーゼお嬢様!」
…若干緊張気味のアリエス。
他数人も、それまでのような感じは無く、緊張した面持ちだ。
「そんなに緊張しなくてもいいのに。私は私のままよ?」
「で、ですが、その、公爵令嬢であられまするエリーゼお嬢様のお世話など、私には荷が…」
「…そういえば、あの時叩かれたほっぺが痛むかなー」
「!? ああああああああの件はほほほほほんんとうにもももももうしわけ!」
可哀想なほどに動揺するアリエスに少し言い過ぎたかなと思いつつ、その手を握る。
「アリエス」
震え、少し潤み始めているアリエスの目をじっと見つめる。。
「あ、あの……」
「…貴女が、ずっと私に付き添って、私のためにと色々してくれた。だから今の私があるの。だからこそ、これからも、私に付き添って欲しいの」
食事制限のとき。
運動のとき。
マッサージのとき。
その他諸々……アリエスに世話になったことは、数え切れない。
「……お嬢様」
「だから、ね。お願い」
「…かしこまりました。このアリエス、誠心誠意尽くさせていただきます」
「みんなも、ね?」
他の者も完全に緊張が解けているわけではないものの、それでも多少は落ち着いたようだ。
馬車へと乗り込み、ロトール家の屋敷へと向かう。
1年ぶりに帰宅した我が家では、父上や母上、親戚、使用人一同が出迎えてくれた。
嬉しさに涙が溢れ、母上に抱きしめられた。
新しい使用人としてアリエス達を紹介すれば、今までロトール家に仕えていた使用人達が温かく迎え入れてくれた。
とはいえ、これからの彼らには伯爵家とは異なる、公爵家としての使用人の資質が求められる。それを考慮した上で来てくれた彼女たちだ。きっと大丈夫だろう。
それから半年後。
ようやく毒の症状から完治した皇太子様も参加したパーティーが開かれた。
「また、君とこうして踊ることができたな」
中央に陣取り、私の手を引きながらカイロス様がステップを刻む。
それに遅れることがないよう、相変わらず読みづらいリードに合わせていく。
「久しぶりなんですから、無理はしないでくださいね?」
「それは無理だな。俺がどれだけこのときを待ったと思っているんだ?」
「もう……」
今日まで毒でまともに体が動かなかった間、これでもかとばかりに踊れないことに愚痴られていた。
『執務はやらせられるのにダンスはダメとか意味がわからない』と散々。
その鬱憤を晴らさんとばかりに、つながれた手が終わるまで離さないと強く握られている。
指の傷はとうに癒えている。
けれど、やはり痕は残り、常に手袋を付けさせられるようになった。
しかし、皇太子様と手を繋ぐ時だけは、その手袋を外すよう言われている。
『君の傷痕は俺の傷痕、俺たち二人のものだ。エリーゼが俺のためにしてくれたその傷を、俺は愛している』
手袋を外せば、皇太子様は私の手をとり、指先の傷痕にそっとキスをしてくれる。
「もうすぐだ、エリーゼ」
「えっ?」
ダンスの途中、不意に皇太子様が呟いた。
「もうすぐ、俺は父から王位を譲り受け、王となる。そのとき、君を王妃として迎えよう。」
「…はい、お待ちしております」
1年以上前。
あの時は、こんなことになるとは思いもしなかった。
諦めたときもあった。
けれど、今、私はここにいる。
皇太子様に…カイロス様に手を取られ、最も近い場所に。
諦めた思いを、二度と諦めないと踏ん張り、このときを迎えることが出来た。
そして、これからも私の場所は変わらない。
諦めないように。
カイロス様を支え、ともにあるために。
「愛してる、エリーゼ」
「私も、愛しております」
これにて完結とします
ここまで読んでいただきありがとうございました




