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二度目の悪役令嬢は自ら破滅の道を選ぶ  作者: ウミノリリオ


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「——公爵令嬢ルクレツィア・アーデ! 貴様のリア・アリアに対する残虐な行い、これ以上見過ごすわけにはいかない! 貴様との婚約は、破棄させてもらう!」


 そう高らかに宣言した第一王子アルベルト・ルディアの瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。相対する令嬢をさす指もどこか震えて見える。

 その隣で彼と共に彼女を断罪するリア・アリアもまた、美しい青の瞳からポロポロと涙を流し、「ルクレツィア様、どうして」と声を詰まらせ言った。

 そんな二人を見て、公爵令嬢ルクレツィア・アーデは扇子の下で笑みを作る。


——どうして、なんて。なんてつまらない疑問なのかしら。


 視界の端では、自分を助けようとして捕まった従者の姿が見えた。さらに笑みが深まる。

 ルクレツィアにとってこれは、わかりきっていた結末だった。『守護の巫女』であるリアを排斥しようとするのは、己の身分ですら許されざる大罪だ。この断罪劇ののち、自分は破滅の道を歩むのだろう。

 それでもルクレツィアは選んだ。王子妃という輝かしい未来を自ら手放すことを。リアを追い詰め、自身が断罪される未来を。

 悪役令嬢と罵られた彼女にとって、それだけが望んだ未来だったのだ。




***

 



 ルクレツィア・アーデは、このルディア王国の高位貴族、アーデ公爵家の息女である。

 燃えるような赤髪に黄金の瞳。誰もが目を奪われる美貌と揺るがぬ血筋を持った彼女の人生は、その華やかさとは裏腹に、決して幸福と呼べるものではなかった。


 最初の不幸は、ルクレツィアの誕生と共に訪れた。母であるアーデ公爵夫人が、彼女の出産と共に息を引き取ったのだ。

 最愛の妻を喪った父公爵は、深い悲しみに沈んだ。それはいつしか歪み、行き場のない怒りとなって娘へと向けられる。妻の命を奪った、妻と生き写しの娘。与えられたのは厳格という言葉では到底足りない、冷酷な躾だった。

 物心がつく前から、貴族としての教養や作法を休む暇なく叩き込まれた。埋もれるほどの課題を少しでも取りこぼせば叱責が降り、弱音を吐けば鞭が飛ぶ。泣いて許しを請うても、冷たく突き放されるだけだった。

 

「心を殺せ。それができねば貴族ではない」

「涙は弱者のものだ。お前に許されるものではない」


 感情を示すことは欠陥であると教え込まれた。理性を持って為政するのが貴族であり、一人の命を奪って生まれた自分は誰よりもその責務に尽くさねばならぬと。

 同じく母を失った兄クラウディオもまた、彼女に手を差し伸べることはなかった。彼もまた喪失の中にあり、妹の存在を受け入れきれずにいたのだ。

 教育という名の暴力と、家族からの冷たい瞳。幼いルクレツィアにとって、それらは心を捨てさせるには充分なものであった。やがて彼女は誰よりも優秀で、そして誰よりも冷酷な令嬢へと成長した。


 その才覚は王宮の目にも留まり、ルクレツィアはこの国の第一王子、アルベルト・ルディアの婚約者として選ばれた。

 本来栄誉なことであるはずのそれも、ルクレツィアに幸福をもたらしてはくれなかった。アルベルトは王族にしては珍しく民に寄り添うことを良しとする男であり、合理的だが容赦がないルクレツィアの在り方とはどうしても相入れなかったのだ。


「君の言うことは正しい……だが、それだけで本当に民が救えるのか?」

「どうして君はそんなにも感情を切り捨てられるんだ!?」


 国や将来を語るとき、他愛のない雑談の中でさえも、彼らは衝突した。ルクレツィアにとってもまた、弱きを見捨てず理よりも情を重んじるアルベルトは非効率に映った。感情に流され場当たり的な判断を下す王など、国を傾けるだけだとさえ思っていた。


 すれ違いはやがて溝になり、年頃になる頃には二人の関係はほとんど形だけのものとなっていた。

 それでもお互い国の中枢を担う身分。たとえ不本意な婚約だとしても最低限の礼儀だけは尽くしていた。だが、その表面だけの関係すらも、一人の少女によって決定的に崩される。


 リア・アリア。

 王国では希少とされる結界魔法の使い手が、ルクレツィアたちの通う学園へと編入してきたのだ。


「リア・アリアって言います。アリアっていうのは、最近王様にいただいたばかりでまだ慣れていないので、よかったらリアって呼んでください!」


 水色の髪に、透き通るような瞳。屈託のない表情が愛らしいその少女は、『守護の巫女』と呼ばれる強力な結界能力を保有していた。

 魔物の蔓延る森に囲まれたこの国では、結界魔法師は救世主であり国宝だ。巫女の称号を与えられた者は、たとえ平民の出であろうと貴族に準ずる権限を与えられる。彼女がこの貴族の子女たちが通うこの学園へ編入してきたのもその一環だった。


 表情豊かに笑い、誰に対しても分け隔てなく接するリアの姿は、貴族社会において異質でありながら同時に強い魅力を放っていた。

 稀有な能力。愛らしい容姿。素直で優しい性格。

 生徒たちは瞬く間に心を掴まれ、いつしか彼女は学園の中心となっていった。その人気に嫉妬し隠れて彼女を甚振る者もいたが、それすら跳ね返し健気に努力を続けるその様に、最初は反感を抱いていた生徒たちもだんだんとリアに心を奪われていく。


 アルベルトもまた例外ではなかった。

 感情豊かな彼女は、情に厚いアルベルトの琴線に触れる存在だったのだろう。貴族社会に突然放られた平民という立場を元から気にかけていたというのもある。

 まるで運命に導かれるようにアルベルトは彼女に恋をし、リアもまたそれに応えるように想いを寄せるようになった。


 それはルクレツィアにとって、許しがたい事実だった。婚約者である自分を差し置き、平民上がりの少女に心を寄せるなど。

 理屈ではない。ただ、認められなかった。

 幼少期から厳しい教育に耐え、貴族たらんと努力してきた。誰よりも時期王妃に相応しい自信があった。そんな自分よりどこぞの平民女を優先するなど、王族としての役割を放棄するようなアルベルトに腹が立った。そして何より、それを心から喜んで笑うリアの存在に。


 ルクレツィアは憤った。少女の身では簡単に飲み下すことができない怒りだった。怒りはやがて形を持ち、リアを襲った。


 「作法を教えて差し上げるわ」そう言って連れ込んだ個室で()()を施した。かつて自分が受けたものと同じ、逃げ場のない指導。泣こうが怯えようが、手を緩めることはなかった。

 人前で腕を掴み、逃がさぬよう引き止めたこともある。廊下で偶然を装い、体をぶつけたことも。生意気にも「冷たい貴女は殿下のお相手としてふさわしくない」などと言うものだから、平手で頰を打ったことも一度や二度ではなかった。


 それらすべては、正当な理由を伴っていた。——少なくとも、ルクレツィアの中では。

 だが、積み重なった歪みはやがて取り返しのつかない形で噴き出す。

 学園祭のことだった。その後夜祭として催されるダンスパーティのため、アルベルトが私財を投じ、リアにドレスを贈ったと知った時。

 何かが、決定的に壊れた。


 ルクレツィアはリアを呼び出し、魔術の授業で用いられる魔物を解き放った。

 それは、リアの結界魔法を持ってすれば簡単に退けられるものだった。そう言い訳することもできたかもしれない。

 けれど、その場に現れたのは、よりにもよって貴賓として招かれていた国王陛下と、『守護の巫女』の後ろ盾となっている教会の者たちだった。


 魔物に襲われる巫女と、それをけしかける公爵令嬢。

 まるで物語のヒロインと悪役のようなその構図に、言い逃れなどできはしなかった。


「——公爵令嬢ルクレツィア・アーデ! 貴様のリア・アリアに対する残虐な行い、これ以上見過ごすわけにはいかない! 貴様との婚約は、破棄させてもらう!」


 ——本来なら華やかなダンスパーティが行われるはずだった大広間。全校生徒が集まるその中心で、ルクレツィアはアルベルトから婚約破棄を突きつけられた。

 自身をさす指は怒りに震え、声は激昂を孕んでいる。その隣でアルベルトから贈られた美しいドレスを纏うリアもまた、透き通った瞳に怒りの炎を燃やしルクレツィアを見つめていた。

 そんな二人を見て、ルクレツィアは扇子の下で歯噛みした。どれだけ行いの正当性を述べても、今までリアに行ったいじめの数々を免罪できることはなかった。

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