第12話 「悪役令嬢は理想通りに終われない」
学生裁判の翌日。
学園の空気は、妙に静かだった。
以前のような断定はない。
「結局どうなんだ?」
「でも、マリア本人は否定してたし……」
代わりに広がっているのは、迷い。
ヴィオレッタ=ローゼンベルクは、本当に“悪役令嬢”なのか。
その答えを、
誰も断言できなくなっていた。
(……空気が揺れ始めてる)
アルスは廊下を歩きながら、小さく息を吐いた。
誤解は消えていない。
だが、
もう“確定”ではない。
その状態こそが――
ヴィオレッタの作った盤面だった。
「悪くない流れですわね」
隣で、ヴィオレッタが静かに言う。
「本人が言うと怖いんですよ、それ」
「褒め言葉として受け取っておきますわ」
「だから違うって」
軽口を交わしながらも、
アルスは周囲を観察していた。
視線。
距離感。
空気。
誰もがヴィオレッタを恐れている。
だが同時に――
目を離せなくなっていた。
その時。
廊下の奥がざわつく。
「王子殿下だ……」
「え、マジで?」
人垣が自然に割れる。
現れたのは、
この国の第一王子。
そして。
ヴィオレッタの婚約者。
(来たか……)
アルスは目を細めた。
周囲の空気が、一気に張り詰める。
誰もが理解していた。
これは、
“その話”だと。
「ヴィオレッタ」
王子が静かに口を開く。
「少し時間をもらえるか」
「ええ、もちろんですわ」
ヴィオレッタは微笑む。
その顔に、
動揺は一切ない。
◇ ◇ ◇
中庭。
人目はある。
だが不用意には近づけない距離。
まるで、
見せるために作られた舞台だった。
(絶対わざとだろこれ……)
少し離れた場所から、
アルスは様子を見守る。
当然のように、
周囲には生徒たちが集まっていた。
静かなざわめき。
期待。
不安。
好奇心。
その全てが、
二人へ向けられている。
「単刀直入に言おう」
王子が口を開く。
「最近のお前の振る舞いについてだ」
「そうですか」
「学園内での評判も聞いている」
一拍。
「以前のお前とは、まるで別人だ」
ざわり、と空気が揺れる。
だが。
ヴィオレッタは、ただ静かに聞いていた。
「正直、失望した」
その言葉に、
周囲が息を呑む。
(うわぁ……)
アルスは思わず顔をしかめた。
だが。
「そうですか」
ヴィオレッタは、満足気に微笑んだ。
怒りも。
悲しみも。
動揺もない。
その反応に、
逆に王子の眉がわずかに動く。
「……何がおかしい」
「いえ」
ヴィオレッタは小さく首を振る。
「ようやく、“こちら”を見てくださったのだと思いまして」
「どういう意味だ?」
「今までの殿下は、“理想の婚約者”しか見ていませんでしたもの」
空気が揺れる。
王子は黙ったまま、
ヴィオレッタを見つめていた。
そして。
「……本当に、それでいいのか?」
静かな声。
ヴィオレッタの目が、
わずかに細まる。
「何のお話ですの?」
「お前は最初から、“悪役”を演じていた」
ざわり、と周囲がどよめく。
アルスも思わず顔を上げた。
(……見抜いてたのか)
「……証拠は?」
「ない」
王子は即答する。
「だが、お前は一度も“誰かを壊す側”には回らなかった」
静かな声だった。
だがその言葉は、
確実にヴィオレッタへ届いていた。
「空気を誘導し、
誤解を利用し、
恐怖すら武器にした」
一拍。
「だが、お前は決定的な一線だけは越えなかった」
沈黙。
ヴィオレッタは、
何も答えない。
「だから分からない」
王子は続ける。
「なぜ、そんな回りくどい真似をした」
その問いに。
ヴィオレッタは、
ほんの少しだけ笑った。
「そんなの簡単ですわ」
一歩。
「“理想の令嬢”では、
婚約破棄できなかったからです」
空気が止まる。
「……何?」
「優秀で、
従順で、
完璧な婚約者」
ヴィオレッタは静かに言う。
「そんなもの、
殿下は手放せませんでしょう?」
王子は黙っている。
「ですから、“悪役”になる必要がありましたの」
一拍。
「殿下が、切り捨てられるように」
静寂。
その言葉は、
誰も予想していなかった。
「……そこまでして、
婚約を破棄したかったのか」
「ええ」
即答。
「私は、“誰かの理想”として生きるのに疲れましたの」
その言葉に、
王子は静かに目を閉じた。
そして。
「……なるほど」
ゆっくりと告げる。
「ならば、こちらも答えよう」
空気が張り詰める。
「ヴィオレッタ=ローゼンベルク」
一拍。
「お前との婚約を、正式に破棄する」
周囲が息を呑む。
だが。
「ええ、受け入れますわ」
ヴィオレッタは、
穏やかに微笑んだ。
その表情を見て。
王子は、小さく息を吐く。
「とことん最後まで、分からない女だ」
「お互い様ですわ」
そして。
ヴィオレッタは、
静かに頭を下げた。
「ですが殿下」
「なんだ」
「最後まで、“私”を見てくださったのですね」
その言葉に。
王子は何も答えなかった。
ただ――
少しだけ、
苦く笑った。
◇ ◇ ◇
放課後。
アルスは、窓の外を眺めながら小さく息を吐く。
「まあ……」
一拍。
「半分成功、半分失敗ってところか」
婚約破棄は成功した。
学園中に“悪役令嬢”としての印象も残した。
けれど――
最後まで、
ヴィオレッタは“本物の悪役”にはなりきれなかった。
誤解を利用し、
空気を操り、
恐怖すら武器にした。
それでも。
誰かを壊すことだけは、
最後までしなかった。
「……甘いんだよな、あの人」
苦笑する。
だがきっと、
そこがヴィオレッタ=ローゼンベルクなのだろう。
その瞬間。
視界が白く染まった。
「うおっ!?」
浮遊感。
床が消える。
そして――
アルスの姿は、
静かに掻き消えた。
◇ ◇ ◇
「……あら?」
その直後。
廊下の角から現れたヴィオレッタが、
小さく目を瞬かせた。
そこにいるはずだった姿は、
もうない。
「……帰りましたのね」
静かな声。
夕陽が、
金色の髪を照らしている。
ヴィオレッタは、
アルスが立っていた場所を見つめ――
ふっと、小さく微笑んだ。
「あなたは――」
一拍。
「私の勇者でしたわ……」
その声は、
誰にも届かない。
けれど確かに、
感謝と敬意が込められていた。
◇ ◇ ◇
「やっと帰ってきた!」
聞き覚えのある、
妙に軽い声。
次の瞬間、
アルスは盛大に床へ転がった。
「痛っ!?」
「いやーおつかれー」
顔を上げる。
そこにいたのは――
転生受付窓口の女神だった。
「帰還確認ヨーシ! 魂の損傷ナーシ! 徳ポイント微増!」
「ブラック企業みたいな報告やめてくださいよ……」
アルスは頭を押さえながら立ち上がる。
見慣れた受付。
山積みの書類。
騒がしい職員たち。
異世界転生管理会社。
現実へ、戻ってきた。
「……あ、そういえば」
女神が思い出したように言う。
「後日談届いてるわよー」
「後日談?」
「ん」
ぺらり、と書類をめくる。
「例の悪役令嬢様、婚約破棄したあと――」
一拍。
「マリアさん?と一緒に領地経営始めたみたいよ」
「……はい?」
アルスの思考が止まる。
「しかもかなり仲良いらしくて」
「いや待て」
「学園では“運命の再会だった”とか噂されてるみたいよ」
「どこでそうなった!?」
女神はケラケラ笑う。
アルスは頭を抱えた。
あれだけ空気を操作して、
誤解を誘導して、
婚約破棄までした結果が――
「なんでそうなるんだよ……」
だが。
脳裏に浮かぶのは、
最後に見たヴィオレッタの表情。
あれが演技ではなかったことだけは、
もう分かっていた。
アルスは大きくため息を吐く。
「……まあ、幸せならいいか」
そう呟いた瞬間。
「ほらほら!さっさと準備して!居なかった分取り返してもらうからね!」
大量の書類が、
机の上に積み上がった。
「いや休ませて!?」
こうして。
元勇者アルスの、
転生社畜生活は――
まだまだ終わりそうになかった。
悪役令嬢編、完結です!
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます!
ヴィオレッタ=ローゼンベルク。
彼女は“悪役令嬢になりたかった”令嬢でした。
婚約破棄。
誤解の誘導。
空気の支配。
やってることだけ見ると完全に悪役なのですが――
どうしても最後の一線だけ越えきれない。
誰かを壊しきれない。
そこが彼女の“半分失敗”な部分だったのかなと思います。
次回からはまた、
転生受付窓口の日常へ戻ります!
もちろん次の転生案件も、
だいぶ厄介です。
元勇者アルスの社畜生活は、
まだまだ終わりません。
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それでは、次回もよろしくお願いします!




