次なる歴史は、日本から始まる(その二)
しかし、謎の『黒仮面』は止まらない。
女子大生の横を駆け抜けると、投球体勢に入る。
やはり、『DCB』だ。『ドミノ・クラッシュ・ボウリング』。「ボウリングの玉で、ドミノを破壊する」という、はちゃめちゃな競技だ。その無茶苦茶ぶりが、世界中で若者を中心に、少なからずウケている。
「やめてぇぇぇぇぇーっ!」
女子大生の悲痛な叫び。
他の大学生たちもドミノを守ろうと、『黒仮面』の進路をふさごうとする。
これがたまたま、絶妙な位置関係になった。
大学生たちは意図したわけではない。が、誰かの体か足で、『黒仮面』がドミノに向かうコースの多くが、ちょうどふさがっているのだ。
普通なら、遠回りするしかない。
だが、相手は近道を選んだ。
空中へと飛翔する『黒仮面』。投球体勢は一旦解除だ。アクロバティックな姿勢で、大学生たちの頭上を、軽々と越えていく。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉー!」
空中で『黒仮面』が、マントを前方へと捨てた。
このマントには、結構な厚みがある。しかも、使われている生地は特別製だ。
先に床に落ちた銀色のマント、その上に『黒仮面』が膝を曲げて着地する。
厚みのあるマントを「クッション」として使ったのだ。着地の衝撃で倒れたドミノは・・・・・・皆無! 非常に高性能な生地だ。
そして、再び投球体勢に入る。
もはや遮るものはない。『黒仮面』の目が一段と強く発光する。
「やめてー!」
「やめろー!」
大学生たちの叫び声を背に浴びながら、ついにボウリングの玉が『黒仮面』の手を離れた。
それは破壊の一投だった。
猛スピードで突き進む黒い玉。
広く並べられていたドミノ、その縁に強烈に食らいつく。あとはひたすら、前へ前へと破壊の直進を続けた。
黒い玉が跳ね飛ばしていく。数多のドミノを跳ね飛ばしていく。
それを並べた大学生たち、その目の前でだ。
跳ね飛ばされたドミノが、さらに他のドミノを巻き込んでいく。
体育館のあちこちで、ドミノの崩壊が加速していく。
大学生たちの悲鳴と怒号が飛び交った。
しかし、ドミノは倒れる。倒れ続ける。並べるのに要した時間の、数万分の一に満たない時間で、ドミノ・クラッシュだ!
この大破壊の中、『黒仮面』は投球を終えてすぐに、体の向きを変えていた。
高々と片腕を突き上げて、勝利を誇っている。体育館の中をゆっくりと「ウイニングラン」していた。
この挑発的な態度に、大学生たちの怒りが沸点を超える。当然だ。自分たちの「努力の積み重ね」が、こんなわずかな時間で、しかも、こんな無茶苦茶な手段で、「水泡に帰した」のだから。
並べたドミノの大半が、体育館の床に倒れてしまっている。
しかも、広く散乱していた。そのせいで、最終的に出現するはずだった「浮世絵風のイラスト」は、中途半端な状態をさらしている。
ここから再建するのは絶望的だ。時間は有限だし、気力も有限。
激怒した大学生たちが口々に吠える。
「そいつを捕まえろ!」
ここで『黒仮面』がウイニングランをやめた。
すぐさま向きを変えると、体育館の外へと逃走を図る。
大学生たちは必死になって追いかけるが、『黒仮面』の方が速い。あっちはインラインスケートをはいている。
体育館の外へと、『黒仮面』が飛び出した。
そこで待っている大型トラック、それに飛び乗って逃走するつもりだったようだが・・・・・・。
ない! 大型トラックが消えている!
実を言うと、この数秒前にトラックは発進していた。すでに門のあたりにいる!
これは『黒仮面』にとっても、予想外だったようだ。
その表情は仮面で見えないし、声を発したわけでもない。が、大学生たちの目には、『黒仮面』が動揺しているように映った。まさかの置き去りである。
しかし、その動揺は一瞬だった。
トラックはそこまでスピードを出していない。それに今も後部トレーラーの片側を、翼のように開いたままだ。あのトラックの運転手は『黒仮面』に対して、「追いついてきて飛び乗れ!」と、ああいう方法で告げている。
一瞬の動揺から立ち直る『黒仮面』。
体育館の外にいた大学生たちを、華麗な滑りで次々とかわしていく。
そうしながら『黒仮面』は、自分の周囲にいるカメラマンたちに向かって、手を振った。まるでファンサービスでもしているかのようだ。
カメラマンたちは当然、その姿を映像や写真に収める。
このあと『黒仮面』は颯爽と、門の方に走り去っていった。
ドミノを台無しにされた大学生たち、彼らの中には、車で追いかけようとする者たちもいた。
しかし、それは徒労に終わる。
大学生たちの車が走り出した直後に、目のいい者が気づいた。黒い大型トラックの後部トレーラーが閉まり始めている!
どうやら、『黒仮面』を収容したらしい。相手が速度を上げ始めた。
この時、惨劇の現場となった体育館の中で、記録判定員は言葉を失っていた。大量のドミノが無残な状態をさらしている。
誰がやったのかは目撃した。謎の『黒仮面』だ。黒いボウリングの玉を投げる姿、あの場面が目に焼きついている。
現場に残されたボウリングの玉へと、無言で近づいていく記録判定員。
黒い玉、その一部が赤くなっている。『ナイス・ストライク!』という文字が印刷されていた。この状況では、悪趣味にしか思えない。
記録判定員は心の中でつぶやく。
(『ドミノ・クラッシュ・ボウリング』か)
通称『DCB』と呼ばれている、ボウリングの異端児だ。
普通のボウリングと違い、ピンではなくて、ドミノを倒す。その派手さが特徴だ。
ただし、倒すドミノは通常、競技の主催者側が用意したものだ。『DCB』の会場には、最初から「ボウリングの玉に倒される」ことを想定して、ドミノが並べられている。
普通はそう。しかし、今回は違った。
ここは『ドミノ・クラッシュ・ボウリング』の会場ではない。ここにあったのは、日本新記録を狙っていた大学生たち、彼らが並べたドミノだ。
なのに、謎の『黒仮面』はいきなりやって来た。そして、大学生たちが並べたドミノを、完膚なきまでに破壊していったのだ。
記録判定員が思うに、あの投球フォームはプロの動きだろう。素人のものではない。
つまり、謎の『黒仮面』の正体は――
(『ドミノ・クラッシュ・ボウリング』のプロ選手か?)
その可能性は高いと思う。
ではなぜ、このような蛮行に及んだのか。
記録判定員は考える。
(ひょっとして、あれが原因か?)
次の世界大会から、『ドミノ・クラッシュ・ボウリング』に「新ルール」が追加されることになったのだ。
それによって、競技の性格が大きく変わることになる。
ボウリングの歴史は、新たな道へと進み始めようとしていた。




