次なる歴史は、日本から始まる(その一)
日本の高速道路を、黒い大型トラックが疾走していた。
左右に車線変更をくり返しては、他の車を次々と追い抜いていく。
トラックを運転している女性は、表情を変えずにスピードを出し続けた。
褐色の肌に金色の髪。黒いサングラスをかけているので、瞳の色はわからない。
この女性はプロの『運び屋』だ。人や物を目的地まで運ぶ。依頼料は「時価」だ。
女性は片方の耳に、小型通信機をつけている。
通信機から「トン・トン・トン」と音が聞こえてきた。これは合図だ。準備が整ったらしい。
女性はサングラスの奥で、視線を横へと動かした。
まずは、ハンドルの左にぶら下げている「ストップウォッチ」へ。次に、その隣の「カーナビ」を見る。
もう少し急ぐか。アクセルを強く踏み込んだ。
世界が加速した。周囲の景色が後方へと吹っ飛んでいく。
一方、『運び屋』の女性に「トン・トン・トン」の合図を送った人物は、この時、大型トラック後方の「トレーラー内部」にいた。
車内にしては快適だ。ふっくらしたソファーがあって、その前には薄型テレビが置いてある。
テレビに映っているのは、ある場所だ。
大学生たちが体育館で、大量のドミノを並べている。現在進行形の映像。
彼らは大学のサークル活動で、日本新記録に挑戦中だ。
用意したドミノをすべて並べ終えたあと、一回のアクションで全部倒すことができれば、「日本新記録達成」となる。
残っているドミノはあと少しだ。大学生たちはかなり疲れているものの、ゴールが近いとあって、その表情は明るい。
すべてのドミノが倒れると、浮世絵風のイラストが出現する仕掛けだ。
その瞬間を収めようと、テレビ局や新聞社のカメラマンたちが来ていた。肝心の記録判定員も、間もなく到着する。
そんな映像を、謎の人物は大型トラックの中で見ていた。
この人物の表情はわからない。
なぜなら、頭部全体を覆う「黒い仮面」をかぶっているのだ。目の部分だけが赤く光っている。
全身に黒い金属スーツを着用しているので、見る人によっては、「ロボット」のような印象を受けるかもしれない。映画やゲームにいそうなデザインだ。
しかし、仮面の下から聞こえてくる呼吸音は、明らかに人間のもの。体形も「ロボット」にしては引きしまっている。
この『黒仮面』を乗せた大型トラックが、高速道路を降りた。
いくらかスピードを緩めたものの、前方に一台の乗用車を見つけると、あっさり追い抜いていく。
この瞬間、トラックを運転している女性は、かすかに笑みを浮かべた。
間もなく目的地に到着する。林間学校などに使われている施設だ。そこでは現在、大学生たちが「ドミノの日本新記録」に挑戦している。
女性はカーナビを見た。その次にストップウォッチ。
確信する表情で、カーステレオへと指を伸ばした。音楽をかける。お気に入りの曲だ。
そのあとで、耳につけている小型通信機をはずす。カーステレオのすぐそばに置いた。
これで、後方トレーラー内にいる依頼主にも、この曲が聞こえるだろう。曲のサビは四〇秒後だ。そのことを、打ち合わせの時に伝えている。あと四〇秒で、目的地に到着だ。
女性は大型トラックを加速させる。
山の木々の奥に、お目当ての施設が見えてきた。あと二〇秒。
アクセルは緩めない。ドライブは順調だ。
大型トラックが施設の門を走り抜ける。あと五秒。この先にある体育館を目指す。
女性が急ブレーキを踏んだ。
大型トラックのタイヤが息継ぎなしの絶叫をしながら、黒の路面を横滑りしていく。
そして、体育館の真横で止まった。偶然ではない。意図してやった。これがプロの腕前だ。
ここでちょうど、曲がサビに入る。
と同時に、後方トレーラーの側面が展開し始めた。体育館の方に向かって、片側が開いていく。四角い金属の翼。
その片翼がつくる影の奥まった場所、そこにいるのは、あの『黒仮面』だ。全身を黒い金属スーツで覆っていて、銀色のマントをつけている。
目の部分が赤く光っていた。その光は先ほどよりも強い。
そして、「黒いボウリングの玉」を持っている。
この時、体育館の外には数人の大学生たちがいた。自動販売機で飲み物でも買おうと、外に出てきたのだ。
彼らの前で、黒い大型トラックが緊急停止した。直後に、後方トレーラーの片側が開いて、謎の人物が登場。
大学生たちは目を白黒させながら思った。
この謎の人物、その外見からして、「記録判定員」ではなさそうだ。ボウリングの玉を持っているし、まさか・・・・・・。
大学生たちが並べている「ドミノ」は、あと少しで完成する。そう、あと少しで。
そんなタイミングに現れた、謎の人物だ。しかも、手には「ボウリングの玉」・・・・・・。
頭の中で、その二つが結びつく。「ドミノ」と「ボウリングの玉」。
嫌な予感しかしない。まさか、『DCB』か? しかし、『DCB』なら、こういう行為は禁止しているはず。
一方、テレビ局や新聞社のカメラマンたちは、この異常事態にすぐさま動いた。素早くカメラを向けて、謎の人物を撮影しようと試みる。
その直後、トレーラーの外に、『黒仮面』が飛び出してきた。
速い! 黒いインラインスケートをはいている!
滑りながら加速する『黒仮面』。
前方へと大きくジャンプした。体育館の中に突入する。
そこには、大量のドミノが並んでいた。「日本新記録」を狙える数だ。大学生たちの努力の結晶。
そんなドミノに、『黒仮面』が向かっていく。
この時ちょうど、体育館の外に一台の乗用車が止まった。
車に乗っているのは、本物の記録判定員だ。
体育館の前に、荒々しく横づけされた大型トラック。
また、乗用車の外では、数人の大学生たちが、こっちに向かって騒いでいる。
何か問題が発生したらしい。
記録判定員はすぐさま車から降りた。大学生たちに急かされるまま、体育館の中へと走る。
一方、体育館の中では、一人の女子大生が両腕を左右に広げて、『黒仮面』の正面に立ちはだかっていた。
あの黒い「ボウリングの玉」、この状況での使い道は、一つしか思いつかない。『DCB』だ。
「それだけは、やめてー!」




