禁酒法の時代(その一)
一九一九年、北米。
開拓地でのゴールドラッシュは過去のものとなり、都市部ではギャングたちが暗躍していた。
この年、『禁酒法』が制定される。
その翌年(一九二〇年)に、法律は施行された。
これをギャングたちは歓迎した。大チャンス到来だ。密造酒を販売すれば、確実に儲かる。
善は急げと、秘密の店をいくつも開業した。
こっそりと宣伝する。
その結果、秘密の店は儲かった。
今宵、そんな店の一つに、若いギャングたちが集まっている。
今日は定休日だ。客は来ない。
この町に同様の店はいくつもあるが、若いギャングたちはここを一番気に入っていた。
なぜなら、ボスのこだわりで、この店の内装は「西部開拓時代の酒場」をイメージしている。荒くれ者どもが通う感じだ。
――だが、店内は清潔にしろ。客にゴミを見せるな。
ボスの命令は絶対だ。毎日の清掃は大変だが、それゆえに「店への愛着」もわいている。
実際、客からの評判も良かった。この町で一番の人気店だ。
「さすが俺たちのボスだぜ」
西部開拓時代の酒場のような店内で、若いギャングたちは乾杯する。
いかにもギャングという格好の彼らだが、テーブルの上にある瓶もグラスも、その中身はリンゴジュースだ。ジュースによる乾杯。
というのも、密造酒は大事な商品なので、
――勝手に飲むな。飲んだら殺す。
ボスからきつく言われているのだ。
そんな彼らは今、あるギャンブルに夢中になっている。
床の上に並べられているのは、九本の空き瓶だ。玉を転がして、それらの瓶を倒す。『九柱戯』という競技である。
玉を投げる男は、一ゲームに二人ずつ。
で、他の男たちは、「どちらがたくさん倒すのか」に賭ける。
または、「二人の倒した合計が何本になるのか」。そっちに賭けてもいい。
そんな賭博で、今宵は特に盛り上がっていた。
ところが、楽しい時間も終わりを迎える。
今は『禁酒法』の時代だが、この時代に禁止されているのは、「酒の販売」だけではない。他にもある。たとえば・・・・・・。
いきなり店の外から、二発の銃声がした。
これは合図だ。外にいる見張りからの合図。
この銃声が意味しているのは、
「やべえ! 全員ずらかれ! 保安官どもの手入れだ!」
若いギャングの一人が叫んだ。
この店は地下にある。裏口のドアを開けると、そこはトンネルになっていた。保安官どもによる「手入れ」や、他のギャング団による「襲撃」の際、ここを通って外に逃げるのだ。
しかし、最初にトンネルに飛び出した一人が気づいた。トンネルの奥から店の方に、十人近い足音が向かって来ている。
「やべえ! こっちからも来た!」
ギャングをやっていれば、こういう危機察知能力は嫌でも身につく。あの足音は絶対に、保安官どもだ。今日は定休日だから、常連客の足音ではない。
急いで店の中に戻り、裏口を閉める。その前にテーブルを雑に倒して、即席のバリケードにした。
すでに入り口の方にも、同様のバリケードが築かれている。
トンネルから戻ってきた男は、カウンターを見た。
その反対側は、とっくに満員のようだ。この店内ではあの場所が、最も防御面で優れている。カウンターの内部には鉄板が仕込んであるので、並の銃弾なら貫通しない。
「こっちだ! こっち!」
倒れたテーブルの一つから、男を呼ぶ声がした。
あんな物でもないよりましかと思って、そっちに走る。
「おまえも手伝え!」
テーブルの反対側では、二人の男が床板を力ずくで引きはがしていた。
そのすぐ下は地面、ではなく、大きな穴があいている。
「前に、幹部から聞いていたんだ」
保安官どもによる「手入れ」や、他のギャング団による「襲撃」。そんな非常時のための、「抜け道」だという。
ただし、まだ未完成で、外までは開通していない。
しかし、「塹壕」としては十分使える。ちょうど三人が入ることのできる大きさだ。
しかも、穴の中には機関銃があった。大量の弾薬もある。あとは、数本のシャベルだ。
直後に、入り口のすぐ外で銃声がした。
撃ってきたのは、保安官どもに違いない。入り口のドアが、おびただしい数の銃弾を浴びている。
「本当に保安官か? えらく荒っぽいぞ」
「他のギャング団だったりしてな。外の見張りが見間違えたのかもしれん」
それに、たとえ本物の保安官だったとしてもだ。奴らに「密告」したのは、どうせ他のギャング団に決まっている。
「町のゴミどもめ、この人気店をつぶしたいんだろ」
で、保安官を動かした。十分にあり得る話だ。
今は『禁酒法』の時代だが、この時代に禁止されているのは、「酒の販売」だけではない。他にもある。
賭博だ。
ただし、すべての賭けごとではなく、『九柱戯』を対象とした賭博。
今夜の「手入れ」、その目的はそれだろう。ここで違法賭博をやっていると、どこから情報が漏れたんだか。
カウンターの奥にいる連中が一斉に、銃撃を開始した。その中には機関銃も混ざっている。
この最初の反撃によって、入り口の向こう側から、いくつもの悲鳴が聞こえてきた。
店内では笑い声が上がる。
「先に撃ってきたのは奴らの方だ。これは正当防衛。死ね死ね死ね死ね」
さらに今度は、裏口を撃てる位置にいるギャングたちも、攻撃を開始したらしい。
裏口の向こう側からも、いくつもの悲鳴が聞こえてくる。
が、保安官どもも反撃してきた。
今や、右も左も銃撃戦だ。
入り口のドアも、裏口のドアも、すぐに限界に達した。「ドア」という名前を剥奪されて、今は「木クズ」になっている。おお神よ、彼らはとても勇敢だった。次は王宮のドアにでも、生まれ変われますように。あ、鋼鉄のドアの方がいいのか?
店内は無茶苦茶だ。瓶の割れる音が鳴り響く。床の上にあった九本の空き瓶も、木っ端みじんになっていた。「西部開拓時代の酒場風」とはいえ、銃撃戦まで再現しなくてもいいのに。もしも、この場にクレイジーな映画監督がいたら、喜んで映像に収めたかも。あふれんばかりの臨場感!
で、この夜の銃撃戦は、敵味方双方に多くの被害を出すことになり、新聞記事にもなった。




