アルマダの海戦
副司令官のドレーク提督が考えるに、英国側が勝てるとしたら大砲次第だろう。イングランドの大砲は、スペインのものよりも射程が長い。相手の射程外から攻撃できる。
しかも、こちらは小舟が多い編成だ。一つ一つの的は小さい。相手は攻撃を当てることに、必ずや手こずるはず。
とはいえ、楽観視はできない。『無敵艦隊』は船体が大きい分、その装甲は堅固だ。こちらの砲撃をかなり命中させなければ、撃沈するのは難しい。
英国の勝利は、水兵たちの奮戦にかかっていた。砲撃を多く命中させることができれば、勝利は必ず見えてくる。
「敵艦隊襲来!」
その知らせを聞いた時、ドレーク提督は芝生の上にいた。友人と『九柱戯』に興じていたのである。
「来たか」
ここまでは予想通りだ。あとは水兵たち次第。
(たとえ『無敵艦隊』が相手でも、あまり緊張せずに戦ってくれれば・・・・・・)
ドレーク提督は『九柱戯』を最後まで続けた。
(すでに総司令官のハワード卿が、予定の行動をとっているはず)
しばらくして、港で出撃を待っているイングランド艦隊の前に、ドレーク提督が姿を現した。
その手にはなぜか、『九柱戯』の玉を持っている。
「偉大なる兵士諸君。出撃前の儀式だ」
旗艦の甲板、ドレーク提督の前方には、レンガが積み上げられている。
それらのレンガはなぜか、船のような形をしていた。
これは旗艦だけの話ではない。他の船の甲板にも、同じようにレンガが積まれている。イングランド軍艦の形ではなく、スペイン軍艦の形だ。
ドレーク提督は部下たちに命じて、これを用意させていた。
「見ていろ。この儀式はこうやるんだ」
そう言って、『九柱戯』の玉を転がす。
まっすぐな軌道で、目標に命中した。レンガの船が半壊する。
「芝生の上よりも甲板の方が、木目がある分、狙いをつけやすいな」
ドレーク提督は声を張り上げる。
「さあ、俺に続け!」
こうしてすべての船で、変則的な『九柱戯』が始まった。
水兵たちが順番に『九柱戯』の玉を転がして、レンガの船を破壊していく。
船は何回も、元の形へと戻された。
しかし、他の水兵たちによって、すぐに破壊される。
頃合いを見計らって、ドレーク提督が言った。
「そろそろ全員、体が温まったな」
雄叫びを上げる水兵たち。
「行くぞ、祖国のために!」
「祖国のために!」
「我らが女王陛下のために!」
「女王陛下のために!」
イングランド艦隊が出航していく。その船の形はさまざまだ。
それも当然だろう。正規の軍艦で、ここにあるのは三十四隻。あとのおよそ一五〇隻は民間の船だ。祖国の危機に提供された船である。
そのまま進んで、ドーバー海峡の沖合に見えてきた。スペインの『無敵艦隊』だ。三日月型の陣形で待ち構えている。大型船が密集していた。
イングランド艦隊は足を止める。こちらの大砲がぎりぎり届く位置だ。ここなら、相手の大砲は届かない。
この時、ドレーク提督は発砲を許可しなかった。
(攻撃を集中させなければ、意味がない)
砲弾は有限。しかも、一発や二発で、スペインの大型船は沈まないのだ。
(弾は有効に使わないとな)
イングランド艦隊は『無敵艦隊』と睨み合ったまま、夜を迎える。
そして、夜更けに事態が動いた。
スペインの風上に突然、別の艦隊が現れる。
炎の艦隊だ。どの大型船も燃えている。
それらが一団となって、『無敵艦隊』へと突進してきた。
これを仕掛けたのは、イングランドの総司令官、ハワード卿である。
前もって役割分担をしていた。
ドレーク提督が『無敵艦隊』の注意を引きつけて、夜を待つ。
ハワード卿が別行動していたのは、その存在をスペイン側に隠すためだ。
夜になるのを待って、別働隊で敵の風上から接近。大型船による『火船戦術』を行う。
それが今まさに成就しようとしていた。
炎の塊が海上を疾走していく。密集していた『無敵艦隊』はよけられない!
ドーバー海峡の沖合が、さらに明るくなった。
イングランドの船からスペインの船へと、大きな炎が襲いかかっていく。
「野郎ども、出番だぞ! 微速前進!」
ドレーク提督が味方に戦闘開始を告げる。
今なら敵が非常に見やすい。陣形の外周にいたスペイン船、その一部が派手に燃えているのだ。
「各自砲撃用意! それぞれのタイミングで撃ち方始め!」
イングランドの水兵たちは思い出す。
出航前にみんなで変則的な『九柱戯』をした。あれと同じだ。
目標に狙いをつけて、
「発射!」
「発射!」
「発射!」
「発射!」
「発射!」
イングランド側の砲弾が、『無敵艦隊』に次々と命中していく。
攻撃はさらに、第二波、第三波と続いた。
この猛攻の直後だ。『無敵艦隊』の一隻が大きく傾き、海中へと飲み込まれていく。
もはや、スペイン艦隊は無敵ではない。
イングランドの水兵たちは歓声を上げた。
撃てば当たる。面白いように当たる。
さらに二隻め、三隻めと、スペインの戦艦を海底の置物へと変えていく。
戦いの勝敗は、この時点で決していた。
一五八八年、『アルマダの海戦』である。




