ポカッ。額に走った、乾いた衝撃。
悪い夢から醒めてコタツに足を滑らせると、天国みてえだった。
いい夢が、まだあったのかもしれねえ。
テーブルの上にはふたつの蜜柑が、竹籠の中で身を寄せ合っている。
……アンタはそういう相手、誰かいるか?
今、隣にいるか?
もし、いるなら。
本当に、そこにいるか?
……いねえなら、アンタはオレと同じかもな。
両腕を組んで突っ伏しながら、オレも早く彼女がほしいべな――そう思った時だった。
「加賀美流・壱之型。――夢花火!」
ポカッ。
額に乾いた衝撃が走った。
視界に火花みてえなもんが散って、オレは頭を振った。
「――ソウ! お前なにすんだよ。不意打ちは反則だろ!」
ぼんやりしてたせいで、前がよく見えねえ。
けど、こんなバカやる奴はひとりだ。
幼馴染のソウ――コイツしかいねえ。
「だって、せっかく遊びに来たのにさ。ヤスってば、寝てるんだもん。だから、俺が起こしてあげたんだよ」
目のくもりが取れると、満面の笑みでソウがオレを見ていた。
丸めた新聞紙を両手で握って、コタツの右側から身を乗り出している。
いや、ふつうに起こせっての。
あとその新聞、テレビ欄じゃねえだろうな。
「なんでウチにいる? なんか約束してあったか?」
「してないけど、もう冬休みじゃん? 早くゲームでもして遊ぼうよ!」
コイツはヒマさえあれば、オレんちに来る。
昔からずっと、こんな感じだ。
まあ同じ年の、誕生日は一日違い。
同じ病院で生まれた腐れ縁。
そんなもん、仕方ねえべな。
……まったくよ。
「ゲームすんのはいいけどよ。お前、どこから入ったんだ?」
ソウは聞いちゃいねえのか、座ったままでくるりとオレに背中を向けた。
背筋を正して、中段に構える。
姿勢は悪くねえんだけどな。
イマイチ気迫が足りねえんだよなあ。
――ビュンッ。ビュンッ。
「そこの窓の鍵、開いてたからさ。ひょいっとね。――弍之型・夜渡笛!」
「ハア? お前、窓から入るなって前に何回も言ったべ。あと不法侵入だろうが!」
ポコッ。ポコッ。
思わずコタツの脇にあったソレで小突くと、変な音がした。
……なんだ、コレ?
でも、いい音だな。
悪くねえぜ。
前にコイツに合鍵渡したんだけどな。
結局窓から入ろうとするから意味ねえべって、取り上げたんだべ。
つーか、カギかけんの忘れたか?
ソウの正面――すり上げたままの雪見障子に、目を凝らす。
自慢じゃねえが、目だけは自信があるんだ。
部活で鍛えてるし。
……って、おい。
カギ、かかってんじゃねえか。
「おい、ソウ。お前、ほんとはどこから入ったんだ?」
「勝手口の前でおばちゃんに会ってさ。ソウちゃん久しぶりねって、入れてくれたんだよ。――参之型・雪灯籠!」
「だったら素直にそう言え!」
ポコッ。ポコッ。
「えー、ただの冗談じゃん。ヤスはカタすぎるよ。あとさっきから痛いです」
「お前が言うとマジに聞こえるんだっての! 反省しろ」
ポコッ。
ソウは観念したのか、模擬竹刀を脇に置いて頭をさすっている。
握ったソレ。
コイツは、オレんちの聖剣――木魚バチだ。
代々使ってる伝家の――なんだっけ。
まあ、そういうやつ。
「マジ? マジで? “嘘でキスする五秒前”かな?」
「なんだ、それ」
「えっ、ヤス知らないの? 今の“マジでポカする五秒前”ってやつ。駅でもよく流れてるよ」
「オレは街中は行かねえって。知ってんだろ」
「へへー。そうだったねー」
「……いや、待て。ほんとはゲームかなんかだろ! お前反省してねえべ」
ポコッ。ポコッ。
「痛っ! もう、いいじゃんそのくらい。ヤスのけち。それに冬休みだしさ、ゴロゴロさせてよ。ヤスもそのつもりだったんでしょ?」
「……まあ、そうだけどよ」
ソウは小突かれたデコを押さえながら、口をとがらせている。
ガキかよ、まったく。
あとくつろぎ方がおかしいべ。
お前んちか、ココは。
……ちっと休憩すっか。
ピッ。……ガヤガヤ。
正面にはテレビ、右隣はソウ。
コレがオレらの日常だぜ。
ソウが窓際にいるのは、一番あったけえからな。
ゆずったわけじゃねえぞ。
正面じゃねえと見づらいからな。
……っと、そうだ、アンタのこと忘れてた。
わりぃな、オレの後ろでずっと待っててくれたんだよな。
玄関上がって、右の扉。
開けたらすぐだもんな、驚いたろ。
えーっと、そう記帳だったべな。
左の隅の壁に、小せえ座卓があるだろ。
緑の表紙のやつが宿坊ノートだぜ。
あ、ペンがなかったか。
えーとペン、どこやったっけな。
「……俺、持ってるよ。ハイ、これ」
「おお、さんきゅ」
ほい、これ使えよ。
記帳終わったら、部屋に案内するべな。
慌てなくていいぜ。
……パラッ。
≪渓世寺・記帳見本≫
お名前:苗字あるいは名前を、カタカナ二文字でお願いします。
ご住所:杜の都、風の谷、砂の城など。風情ある表記でお願いします 。
基本宗派:転生したらほにゃらら教、俺TUEE教など。複数宗派は大歓迎です。
所持経典:形状や媒体は問いません。できるだけ詳細に、最低三点の記載をお願いします。
左右のページ、両方使っていいからよ。
なるべく、でっかく書いてくれ。
親父のやつ、老眼が酷くてな。
小せえと読めねえんだと。
あ、宗派とかよくわかんねえって?
わかんねえんなら、ハッピーエンド教でいいんじゃねえか。
ま、気楽に書いてくれや。
しかし、テレビはいいのやってねえな。
消すか。
――ピッ。ガチャッ。
「俺、知ってるんだからね。ヤスが部活サボったの」
「……なんでお前、そんなこと知ってんだ? ガッコウ違うべさ」
「さて。なんででしょう?」
ソウのやつニヤニヤしてんな、なんだっての。
……別に、部活はキライじゃねえ。
ただ、いつまで経っても慣れやしねえ。
高校の――連坊館のやつらはお勉強大好きばっかでよ。
竹刀持っただけで「理想の構えは四十五度で」とか言い出す。
めんどくせえ。
そんなもん、いちいち測ってられっか。
……だからサボった。
文句あるか。
「あそこにあるの、新しい竹刀でしょ? ヤスが竹刀立てに置いとくなんて珍しいからさ。しばらく使わないのかなって」
ソウがオレの右斜め後ろを指差して言った。
右の壁――ココにはごちゃつく防具を一式置いてある。
棚は親父が日曜大工で作ったやつな。
見んのは構わねえけど、あんま近づかねえ方がいいぜ。
くせえからな。
やべ、竹刀油がラグの上に転がっちまってる。
なおしておかねえとな。
「ったく、なんだよ。そういうことかよ。おどかすなっての」
ポコッ。ポコッ。
オレの愛刀は休憩中だからな。
コイツでいいだろ。
……あれ。
仏壇の蜜柑がねえな。
「痛い、痛い! もうヤスってば、武道でヒトを傷つけたらダメなんだよ。暴力反対!」
「これはシゴキだっつ―の。お前、ばあちゃんの蜜柑。いつ取ったんだよ」
テレビの左側――背の低い小箪笥を指差す。
天板には、ばあちゃんの写真がある。
仏壇みてえなもんだろ。
なのにいつのまにかねえからよ。
コイツしかいねえよな。
あっちにいったのは、オレらが中一の頃だっけかな。
「ヤスがさっきペン探してる時に。だって、ヤスんちのものは、俺のものじゃん? だから、蜜柑があったら食べてもいいよね」
「食う前に聞けっての、バカ」
ポコッ。ポコッ。
……ポコッ。
ソウは昔からこんなだ。
だから、当たり前みてえにコイツのもんはウチにある。
ゲームとかな。
だから今さら何しようが、驚かねえけどさ。
食いもんは別だろ。
アンタもそう思わねえか?
「もう。ヤスだって、蜜柑食べたかっただけでしょ? お寺の息子が横取りなんて、ばあちゃんあっちで泣いてるよ」
「お供えもんは後で食うもんだし、オレはちゃんと言うっつーの。ソウ、ばあちゃんに謝っとけな」
ポコッ。
「はあい。ごめんね、ばあちゃん。今度は俺、ちゃんと声かけるからね」
パンッ。パンッ。
「……だってよ。ばあちゃんごめんな。新しいやつ、置いとくからな」
オレは立ち上がって、竹籠の中の蜜柑をひとつ、仏壇に置いた。
ばあちゃんは忙しい親父たちに代わって、ずっと面倒を見てくれててよ。
こんなんでもソウは、ばあちゃんになついてたんだ。
葬式ん時も、オレより泣きわめいてな。
親族と間違えられたりしてよ。
……いずいべな。
「そういやお前、なんで蜜柑取ったんだ? そんな好きってわけでもねえだろ」
オレの席に戻って、あぐらをかいて座る。
ソウは変なやつだけど、本当はそこまで好き勝手できるやつじゃねえ。
だいたい何かある。
ま、幼馴染のカンってやつだな。
……ペリッ。……ペリッ。
「それは……だって。冷蔵庫の中、笹かまと苦手な炭酸しか入ってないんだもん」
「なんだよ、それでか。いいかげん、好きキライしてねえで笹かま食え。克服しろ」
オレはあぐらのまま、少し体をひねって右斜め後ろに手を伸ばす。
銀色に光る冷蔵庫の取っ手を握った。
パカッ。
……あったあった。
コレだぜ、コレ。
……パタン。
ペリッ。ぺリッ。
「ほらよ、アーン」
「アーン。って、ちがうべ! いらないべ! 俺が好きじゃないの知ってて、なんでいつも食べさせようとするのさ!」
「は? おもしれーからに決まってんだろ」
ポコッ。ポコッ。
ん、なんで冷蔵庫があるかって?
ココは元々ばあちゃんの部屋だったんだけどな。
年とってから、膝悪くしちまってな。
その時に改造したんだ。
ベンリだろ。
そうだ、アンタは食ったことあるか?
もうひとつあるからよ。
何もつけなくても旨いんだぜ。
ほれ、アーン。
……なんだよ、いらねえのか。
じゃ、オレがもらうべ。
ちょうど腹も減ったし。
本当はコンロで炙ると、旨さが引き立つぜ。
アンタも機会があったらやってみな。
「ぶーぶー。せっかく、ヤスのためにコタツあっためておいたのに。酷くない?」
「スイッチひとつで、えばってるお前がおかしいんだろ」
「ふんだ。いいもんね。じゃあオレだけぬくぬくしようっと」
ソウがもそもそとコタツに潜り込んだのをみて、オレは立ったままなのに気がついた。
何やってんだ、オレ。
負けじとコタツ布団とラグの隙間に、足を滑らせる。
「待てよ。独り占めすんな――ッ!」
コタツの中で、右足が冷たいものに当たった。
ウチは中掛けも入れてある。
だから、いつもはふわふわなんだ。
……なのになんだ、これ。
って、ソウの足か。
裸足なんて、稽古の時だけで十分だろうが。
クッソ、油断した!
「ソウ! お前、クッソ冷てえじゃねえか! 変なもん、よこすんじゃねえよ!」
「あははっ。さっきのお返しだよ! それにヤス、冷え性って言葉知ってる?」
「それくらい知ってるわ、アホ!」
ポコッ。ポコッ。……ポコッ。
こういうヤツが一人でもいると、コタツは天国じゃねえ。
戦場みてえになる。
まあオレの部屋だから、追い出すのはカンタンだけどな。
コイツ相手にムキになんのもバカだろ。
こういう時は一時離脱が賢いぜ。
コタツから抜け出して、小箪笥から適当に靴下を手に取った。
「コレでも履いてろ、バカ」
ポイッ。……ポコッ。




