第7話 転生勇者とダークエルフ
パンテオン神殿。
聖域であるはずのその地に、今は怒号と悲鳴が木霊していた。
「まてぇや! こらぁ! ぶっ殺したるわぁ!!」
血に塗れた勇者アレスが、狂ったように神官たちを追い回す。
逃げ惑う者を後ろから斬りつけ、嘲笑と共に血を浴びる。
神殿は血と炎に包まれていた。
「うわああああああああっ!!」
「た、助けて……ぎゃああっ!!」
無数の神官たちの命の断末魔が響くパンテオン神殿。
その中心に立つのは、かつての勇者アレス、今はただの暴虐者だった。
「止まるわけないやろが……これは清算や。お前らが“神”を気取ったツケや」
手にした大剣から血が滴り落ちる。彼の目に理性の光はなかった。
「聖者のくせに逃げ足だけは早いのぉ……ああん? まだ息しとるやんけ。やり直しや」
振り下ろされた剣は、容赦なく神殿の者たちを沈黙させていく。
白亜の柱に血が飛び散り、祈りの場は地獄の様相を呈していた。
やがてすべてが終わると、神殿には静寂が戻った。
崩れ落ちた瓦礫の中を、アレスは足音も響かせず、ゆっくりと地下の監獄へと向かう。
幽閉されていたダークエルフ、ティリスの前に、血の香りを纏いながら現れる。
「よーやく逢えたなぁ。レアキャラちゃん」
ティリスは目を細めて言い放つ。
「……勇者ではなく、残虐者ですね」
アレスは鼻で笑いながら、血塗れの剣を壁に立てかける。
「そーうや。もう勇者ちゃう。“神に選ばれた”やて? 笑わせんなや。
せやけどな……お前をここでぶっコロスのもええけど、もっとオモロいこと考えてきたんや」
ティリスは何も言わず、ただアレスの目を見据える。
その瞳に、恐怖はなかった。
「ホブゴブリンの護が殺された後や。
お前が絶望して涙流してから、そのときや。俺の刃で終わらせたる。
それが俺の復讐や。お前の心がズタズタになるんが見たいんや」
「……卑劣ですね」
「せやろ? けどな、それが今の俺や。残念やったな、あの伝説の勇者はもうおらへん」
アレスは、看守の亡骸から無造作に鍵束を引き抜くと、牢の扉を開ける。
「その目つき……ほんまゾクゾクするわ。さあ、こっち来いや。
地獄はここからや」
「ギギィ……ギィィィ……」
重く錆びた鉄の扉が、長い年月に軋むような悲鳴をあげながら開かれていく。
それは、まるで閉ざされた地獄の入口が今まさに口を開けるかのようだった。
そしてその瞬間—
パンテオン神殿は、イザベル=クロフォードの死とともに完全に崩壊した。
聖域は闇に堕ち、秩序は崩れた。
この世界はもはや、神の守りのもとにはない。
そして『伝説のブレイブ・レガリア』という名のゲームの世界も、ひとつ、確実に壊れていった。




