第5話 「兜ワニは鳥とカニの味」
パンテオン神殿を後にしたホブゴブリンの護は、重く沈んだ気持ちを引きずっていた。
「……やっぱり、話し合いなんて、通じるもんじゃなかったか」
転生者との対話で道が拓ける、そんなあわい希望は、冷たい法の言葉とともにあっさり砕かれた。
しかも、ティリスまでもが人質に取られ、監獄に幽閉された。魔法の手錠で拘束されたまま、静かにうなずいたあの顔が、今も脳裏に焼きついて離れない。
ダークエルフが抜けた戦力ダウンは避けられない。いや、正直キツすぎる。
それでも、俺たちは進まなきゃいけなかった。レインボードラゴンを倒すために。
そんな折だった。
「ギャアオオオオ!」
森の奥から、ドスン、ドスンと地面を揺らしながら現れたのは、巨大な獣。
重そうな甲殻に包まれた身体、鋭い爪、鉄のような鱗の兜ワニだ。
「き、来た! カブトワニやー!!」
「え、デカッ……!」
「……私、これだーッ!イスキ!」
イスキが勇ましく叫び、コニちゃんがハンマーを高々と振り上げた。
「うおおおおおおおおお!!」
ズドンッ!
コニちゃんの一撃が頭蓋を粉砕し、イスキが渾身の蹴りでトドメを刺す。兜ワニは悲鳴も上げられず、その場に崩れ落ちた。
戦いが終わると、そこには、光り輝く瞳で獲物を見つめる影が一つ……。
「料理の時間やデー!!」
そう叫んだのは、料理番デフリーだった。
彼は迷いなく腰のフライパンを抜き、腰布を手際よく巻いて「戦闘モード」から「調理モード」へと切り替わる。
森の清水を見つけるやいなや、フライパンの底を何度も何度も丁寧に洗い、ピカピカに磨き上げた。
「うん、よし。じゃ、解体始めよか」
デフリーはまるで外科医のような手つきで、兜ワニの分厚い甲羅と筋肉質な胴体を切り分けていく。
鋭利な骨抜きナイフで関節を外し、内臓は丁寧に取り除き、臭みのある血は何度も水で流した。
「ここの腹身は、鳥に似た味や。レモングラスと森のクレソンで香り付け。
それとこのハサミ状の前脚は、たぶんカニやな。蒸してもええし、バターで焼いても旨いで」
エイミーが水魔法で作った清水を使い、下処理は完璧。
スライスした柑橘果実を挟み、木の葉で包んで炭火でじっくり焼く。
その香ばしい香りが、周囲にじわじわと広がっていった。
コニちゃんが鼻をピクピクさせながら、涎をたらす。
「え、なんか、カニの匂いする……」
「そやろ?」とデフリーが笑った。
焼き上がった兜ワニの身は、ふっくらジューシーで、ほんのり甘く、スパイスと果実の香りが見事に絡んでいた。
皮目はパリッと香ばしく、内側はホロホロ。ナイフを入れると肉汁がジュワッとあふれる。
「う……うめぇ……! 鳥と……カニ? 両方の旨味がする……!」
「へへ……これが、“兜ワニのグリル・森の香り添え”や。名付けて、“ワニカツ”。」
全員が静かになり、夢中で肉を頬張る中、デフリーはふっと目を細めて言った。
「料理は愛情。端正に、丁寧に、美味しくいただく、ですから!」
デフリーのおかげで少し元気がでた護であった。