第一章一節 長月の出会い その11
雑談をしながら二杯目のお茶を飲み終わったところで、ふと、沈黙が訪れる。
「少し、よろしいですか」
静寂を裂き唐突に声を発した東雲は、コトンと音を立てて湯呑みを置き、真剣な面持ちで翡翠を真っ直ぐ見据えた。
それだけで空気が張り詰め、緊張感が場を支配する。
翡翠は居住まいを正し、首を縦に振った。翡翠の反応を見た東雲は、重々しげに口を開いた。
「今日翡翠さんとお会いした際に言い忘れていたことがあったので、それをお伝えしておきたいと思います。」
東雲の纏う雰囲気がガラリと変わる。その変化に翡翠はこれから何が語られるのかと、身を固くして待った。
「あなたのつけている耳飾りと、それを与えられた理由についてです。____その耳飾りは、桜が翡翠さんに与えたものではないですか?」
確信を持って、東雲が翡翠に問う。
翡翠は、とっさに左耳につけていたピアスに手を触れた。桜の花の形をした、薄紅色で彩られたピアスの硬い感触が手に伝わる。
「は、はい。生前に祖母が私にくれたものです。これをつけていればお前を守ってやれるから、肌身離さずつけていろと……」
「そのようですね。実は桜は死ぬまでその耳飾りに霊力を送り続け、翡翠さんを守っていました。ご自分ではわからないかもしれませんが、あなたは妖と呼ばれる類のものや、私たち神と呼ばれる存在、いわゆるこの世ならざるものに魅入られやすい性質を持っていらっしゃいます。
____これは桜から聞いた話ですが、翡翠さんが赤子だった時分に、一度魂を奪われそうになったことがあったようです。
その時は桜がいち早く気づいて対処したこともあり事なきを得ましたが、ほんの少しでも状況が異なっていれば、あなたは命を落としていました。そんなことがあってから、桜は翡翠さんを守護する術をかけ、なるべく一緒に過ごすようになりました。」
東雲が淡々と話していく一方で、翡翠は強い衝撃を受けていた。
自分がそんな性質を持っていたことも、祖母の桜が守ってくれていたことも、何もかも初めて知ることだった。
「そんな、ことが…………。全部、初めて耳にしました」
衝撃で言葉が途切れ途切れになる翡翠に、東雲は労るような優しい視線を向ける。
「これは私の憶測でしかありませんが、桜は意図的に教えなかったのだと思います。知れば、あなたは私たち彼岸のものの存在を認知することにもなります。
そうなって仕舞えば、余計こちら側に近づいてしまう。____それを、危惧してのことだと思いますよ」
東雲の言葉に翡翠は祖母の温かさを思い出し、少し泣きそうになった。
俯いた翡翠を見て、東雲は一度遠くに視線を向け、再び口を開いた。
「そして桜の危惧は、彼女の死後に現実のものとなりました。桜が息を引き取るのと同時に、翡翠さんを守護する力が極端に弱くなってしまったことにより、翡翠さんの命を狙うものが現れました。死という現象は、この世に生を受けた生命であれば何人たりとも避けられないことであり、仕方のないことですが、それを好機と逃さず、付け入ろうとする存在が現れてしまったのです。」
「それが、出会った時に東雲が言っていた、私に訪れている危機……ということですか?」
「そうですね。大体は合っているので、そう捉えていただいて構いません。先ほども申し上げた通り、まだ全容を明かすことはできませんが、私は翡翠さんの守護を肩代わりするために、翡翠さんとの接触を図りました。」
「なるほど……ということは、もうこのピアスは効力を持たなくなってしまったのでしょうか。」
「いえ、今も効力を発揮しています。しかし、それもあと僅か。現存している霊力が尽きて仕舞えば、残念ですが翡翠さんの想像している通り、効力は無くなってしまいます。
加えてそのピアスは桜の霊力の結晶でできているので、霊力が完全に無くなると、泡と消えてしまうでしょう。そしてその期限は、あと2、3日というところです。
あくまで見立てなので、多少前後することは考えられます。しかし、時間はあまり残されていない、ということは確かです。」
「そんな…………」
知らなかった。このピアスが祖母の霊力から作り出されていたなんて。そして、もう少しで消えてしまうなんて。
「このピアスは祖母の形見の一つで、私にとっては何者にも変え難い、とても大切なものです。何か……何か、手元に残しておく手立てはありませんか?」
翡翠の言葉に、東雲は真剣な表情から一変して、目を弓形に細めて一言、端的に言葉を発した。




