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導きの神様  作者: 夕月夜
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第一章一節 長月の出会い その12


「ありますよ。」


「えっ?」



しんみりとして重い空気と話の流れから、翡翠はてっきりもう残す手立てはないのだと思っていたのに、あまりにもさらりと残せると言われてしまったので、思わず聞き返してしまった。


翡翠の驚く姿を面白そうに眺めながら、東雲は会話を再開した。



「普通でしたら、そのまま消えてしまっていたでしょう。ですが、私の力があればどうとでもできます。何せ、私は神ですからね。」



自信満々な東雲の様子に、翡翠は安心と好奇とが混ざった複雑な感情を抱いた。



「具体的には、どういうことをなさるおつもりですか……?」

「非常に簡単なことです。私が術をかけるだけですよ、永久不変の。

ただ、この術を使うのは私が社を建てた時以来ですので、少し緊張します。が、耳飾りは社と比べるととても小さなものなので、失敗することはまずないでしょう。」



その言葉に翡翠はほっと、安堵のため息を漏らした。自然と肩の力も抜けていくのがわかる。


「ありがとうございます。是非お願いします。」



翡翠が笑顔を見せると、東雲も心底嬉しそうに目を細めた。



「大切な人の子の笑顔が見れて、私も嬉しいですよ。それでは、その耳飾りを少しの間外していただいてもよろしいですか?」

「もちろんです。どうぞ。」



翡翠は左耳につけていたピアスを外し、東雲へと差し出した。



「ありがとうございます。ピアスを掌に置いたまま持っていてください」



私が合図をするまで、決して動かないでくださいね。


そう言ってから、東雲は目を閉じ、何やら呪文のようなものを唱え始めた。


なんとかして聞き取ろうと思ったが、日本語とも英語とも違うその言葉を理解することはおろか、聞き取ることすらできなかった。


そのため途中で聞き取ることを諦め、何となく目を閉じたまま、東雲に言われた通り静止の状態を保ったままでいた。




「もう、大丈夫ですよ。」


東雲の合図に、ゆっくりと目を開ける。


翡翠の手の中には、新品かと見紛うほどに美しく光り輝いたピアスがあった。随分前に貰ったものだったので、表面には細かな傷ができたり、金属の腐食が見られる箇所が点々とあったが、今はそれもない。まるで最初からなかったかのように。


翡翠はそれを両手で握りしめて、安堵のため息を漏らした。


良かった……。


心の底からそう思った。


本当は、少し怖かったのだ。このピアスをしている時が一番、おばあちゃんとのつながりを感じていたから、もしもこれがなくなってしまったら、今まで自分をつなぎとめていてくれた何かが、壊れる気がしていた。


そうなっていたら、もう私は以前までの私ではいられなかっただろう。


東雲は、ピアスを握りしめて動かない翡翠に、ただ優しい眼差しを向けていた。

しばらくはその状態でいた翡翠だったが、あることに気がついてバッと顔を上げた。


あまりにも突然だったので、横にいた東雲はビクッと肩を揺らして臨戦態勢を取ったように思えた。

それを感じ取りながらも、翡翠は構わずに思っていることを口にした。



「そういえば、さっきはピアスの方に気を取られていたのであまり気にしていませんでしたけど、あの神社は東雲が自分で造ったものだったんですか!?」

「ええ、そうですよ。そういえば、まだそのことについてお話ししてはいなかったですね」

「はい、初耳でした……。神様という存在は、そんなこともできるんですね」

「少し考えている条件が違うとは思いますが、自分の領域内で神社を造ることなど造作もないことですよ。」

「そ、そんなものですか……?」

「ええ。格の低い神であれば時間を要するかもしれませんが、私のように高位の神として生み出された神々からすれば、同じように造作もないと感じるでしょう」



東雲の説明を聞いた翡翠は、内心なるほど、と頷いていた。


以前、おばあちゃんから東雲は神格の高い神だと聞いたことがあった。

東雲本神だけでなく、大好きだったおばあちゃんすら東雲を高位の神としているのだから、本当にそういう存在なのだろう。


それにしても、神様の世界は不思議なことだらけだなあと翡翠は改めて認識させられた。そして同時に、もっとその世界について知りたいと思った。



「もしまだお時間があるなら、神様の世界のお話を聞かせていただけませんか?もちろん、お茶と茶菓子をお出ししますので。」



翡翠の申し出に、一瞬だけ驚いたような表情を浮かべた東雲だったが、次の瞬間には優雅に笑みを湛えて「喜んで」と口にした。


それからしばらくは、談笑の時間が続いた。


翡翠の祖母である桜が若い時分に、和菓子のことで桜と東雲が喧嘩した話や、一緒にお花見をした話など、祖母が存命だった時に話してくれた、まるで御伽噺のような幻想的なお話を聞かせてもらうことができ、翡翠はすごく嬉しかった。


これは後から気がついたことだったが、こんなにも翡翠が笑顔でいられたのは、祖母が亡くなってから初めてのことだった。


会話に一区切りついたところで、東雲がふと視線を上の方に向け、一瞬驚きの表情を浮かべた後、少し慌てた様子で席を立った。



「そろそろ私はお暇させていただきます。もう夜も更けてきましたし。今日は翡翠さんも疲れていることでしょう。早くお休みになってくださいね。」



東雲の言葉にハッとした翡翠は、壁にかけられている時計を見た。時刻はすでに二十二時を過ぎている。



「もうこんな時間!!!長々と引き止めてしまって申し訳ないです。今日は本当にありがとうございました。ピアス、大切にします。」



三杯目のお茶を飲み終えた東雲は、翡翠からの返事を聞きながら机に手をついて椅子から立ち上がった。



「いえ、大丈夫ですよ。楽しい時間を過ごさせていただきました。こんなにも人の子と話したのは久しぶりで、私もつい長居してしまったくらいですので。__それでは、また。」



いうが早いか、東雲の姿は刹那のうちに見えなくなった。


本当に突然のことだったので、翡翠は目をパチクリさせて、しばらくその場で固まっていた。その数分後、一人取り残されたリビングから、翡翠の叫び声が響き渡った。


その後、翡翠が二度と呪文を詠唱しないと心に誓ったことは、また別のお話。




こうして、一人の少女と一柱の神が織りなす、日常の物語が幕を開けたのであった。





[第一話一節 完]

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