回りくどい贈り物
四時間睡眠の朝は三十二歳のカルクにとって少々辛いものがあった。
いつもは夜中の一時に寝て七時に起きるのだが、今日は五時から支度するリーゼの監視をしなくてはならない。
「ごしゅじん、おきてー」
テーブルで寝ていたカルクを起こしたのは長耳の背の低い少女だ。見た目は九歳くらい。緑色の髪は植物の葉っぱのように乱雑で、隙間から見せる朱色の目は燃えるようだ。
「ん・・・く、そ・・・朝か」
「リーゼちゃんがおきたよー。きょうはかんし、するんでしょー?」
抑揚の無い声だが、カルクはライフィーに揺すられて意識を覚醒させる。
カルクが寝ながら垂れ流していたよだれはライフィーが手で拭き取り、赤くなっている額は彼女が触ると赤みが消えた。
「さんきゅーな、ライフィー。変わったことは無かったか?」
「なんにもなかったー」
ライフィーは植物の精霊で、昼間は日向で光合成、夜は主人であるカルクとリーゼの身辺警護を役目としている。
昼間もカルクがいない間、ライフィーがリーゼを視ていたりするのだが、どちらかというと光合成に重きを置いている。
「ごしゅじんー、リーゼちゃんきてるー。ばいばい」
カルクが何か声をかける間も無くライフィーは光になって消えた。
代わりにドアを開けて入ってきたのはリーゼだ。
「あれ?もう起きてるなんて珍しいね?おはよう」
「おはよう。いや、昨日リーゼと話をしなかったからな。話をしようかと思ってだな・・・」
「えっ」
リーゼは口に手を当てて目を輝かせる。が、すぐに疑いの目でカルクに近寄り、椅子に座る。
「単にお腹が空いただけでしょう?」
「いや、腹は・・・」
「あっ!そういえば昨日、薬草採取のお金もらったんだよね?そのお金で朝食作ってあげよっか?」
「いや、だから腹は・・・」
ドン!とテーブルが揺れる。
「あ げ よ っ か?」
「はい」
「よろしい」
ご機嫌になったリーゼは唄を口ずさみながら調理場に歩いていく。と、入ったところでピタリとリーゼの動きが止まった。
「きゃあああああああああ!!」
朝一に聞く声としてはやかましい、まさに絶叫が落葉亭に響き渡る。だが、リーゼの叫び声を聞いてもカルクは微動だにしなかった。
まるでそれがいつも聞いてる声かのように。
「なんだ?どうした?」
「お肉!お肉がっ!こんなにいっぱい!どうして!?」
リーゼは口をパクパクさせながら両手一杯にワイバーンの肉を抱えてカルクのところに駆け寄る。
「また、あの人だわ!手紙が置いてあるもの!」
乙女の口調に変わったリーゼが手紙を読み始める。
「なになに・・・『君の作った料理が忘れられない。稀少なワイバーンの肉をプレゼントするから、これでおいしい物を作ってくれたら嬉しい。君の料理に恋した男より』」
「良かったな」
なるべく平静を保った声でカルクはそう呟いた。
顔を真っ赤にしたリーゼは手紙を抱きしめながら飛び跳ねる。もう手紙はぐしゃぐしゃだ。
「ねぇ、何回も聞くけどさ」
「うん」
「この手紙の人はわたしの作った何の料理を食べたんだろうね?」
「さぁ?」
毎度の質問に、答える気が無さそうにカルクは返す。
これにて落葉亭の本日の朝食はご機嫌にワイバーンの焼肉か煮付けであることが確定した。
カルクは胃から込み上げてくる昨夜食べた消化不良のワイバーンの肉に悩まされたのだった。