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何で黙ってたの?

前期期末テストが終わり、ようやく待ちにまった夏休みが始まった。


「と言っても、ほぼ毎日バイトなんだけどねー。」


自分の部屋で、私は今月のシフト表を眺めながらため息交じりに呟いた。


8月のバイトは計17回。月の半分以上がバイトで埋まっているなんて信じられない。怒らせるのが怖くて母にもまだこのことは言っていない。


だけど、とりあえず頑張ってみよう。ある意味、これはチャンス。


だって、バイトが多いということは笹野さんと会える機会が増えるということなのだから。よし、今日は午後からだからそれまで部屋の片づけでもして…


「ゆりちゃん!ちょっと出かけてくるね!」


ガチャっといきなりドアが開いて、母がそう言いながら私の部屋に入ってきた。私はびっくりして思わずうわっと声を上げてしまった。


「う、うん。いってらっしゃい、気をつけてね。」


「はーい、じゃあねー。」


母はにっこり笑って部屋を出て行った。今日はいつになくご機嫌だな、どうしたんだろう。私は疑問を抱きながら母を見送った。


そして、しばらく考えてからようやく気づいた。そっか、今日はお兄ちゃんたちが帰ってくる日だからか。…嫌だな、憂鬱だ。



この日、私が帰宅したのは結局11時半を過ぎた頃だった。土曜日だったこともあり、バイト先にはたくさんのお客さんが来て、目が回るように忙しかった。


それに、今日は笹野さんもいなかったし…とにかく、今日は疲れた。帰ったらすぐ寝よう。


私がくたくたになりながら玄関に入ると、リビングから笑い声が聞こえてきた。どうしたんだろう、こんな時間に…。


そうか、兄ちゃん達が帰ってきてるんだ。玄関にあった大きな2つの靴を見て、私は一気に憂鬱になった。


「た、ただいま。久しぶりだね、誠司にいちゃん、武にいちゃん。」


「おお、優梨愛ひさびさー。お前も酒飲もうぜ。母さんから小遣いもらったばっかりなんだ。」


「優梨愛はおこちゃまだから、あま~いカルーアミルクでも飲ませとけばいいだろ。」


べろべろに酔っている2人を見て、私は呆れてため息をついた。はあ…まったくこの人たちは…


「えっと、あたしはいいや。あと、2人ともまたママからお小遣いもらったの?」


「うわーでたでた真面目発言。かわいくねー妹だな。」


「俺らはな、お前と違って県外の大学に行ってるから色々とお金がいんのー。母さんもちゃんと分かってくれてるからいいんだよ。」


いや、そうかもしれないけど、あたしらの家庭のことちゃんと分かって言ってるのかな。うちにはお父さんがいないからその分収入が少ないのに…


私が不満そうな顔をしていたのか、誠司にいちゃんは苛立たしげに声を荒げた。


「なんだよその態度は!俺たちがせっかく久しぶりにかえってきたのによぉ。もういい。お前さっさと自分の部屋に行けよ。それよりかあさん、ビールもう1本持ってきてー。」


はいはーい、と言いながら母がリビングに入ってきた。そして、母はようやく私が家に帰っていることに気づいた。


「あら、ゆりちゃんお帰り。ちゃんとお兄ちゃん達におかえりって言った?」


「あ…お帰りはまだ言ってなかった。けど…」


「もー、ちゃんと言ってあげてよー。さてと、じゃあママも飲もうかなー。」


母はそういってビール3本を机の上に置き、自分の分のグラスを取りに行った。


何なのよ。私は楽しそうにお酒を飲み始めた3人を残して、自分の部屋へと向かった。


私は、2人の兄が嫌いだ。昔から、いつだって同い年の2人でつるんで、年下の私をのけ者にして、見下して指図してくる。


思い通りにいかなかったらすぐにキレ出すし。あたしはそれにずっと振り回されてきた。いや、振り回されてたっていうか、ずっと、それに逆らえないでいた。


なんでなのかな…いつからだろう、あたしがあの2人に反抗するのを辞めたのは。それが無駄だってことを悟ったのはいつだっただろう…。


自分の部屋に入って、私はふーと息を吐いた。


そして、一番分からないのがママだ。なんであたしより、あの2人に構うんだろう。なんでママのことを気遣っているあたしより、あの2人に優しいんだろう。


昔からずっとそうだった。ずっと嫌だったけど我慢してきた。けど、それもだんだん限界になってきた。だって、遠慮しているあたしが馬鹿らしくなるんだもん。


私は頭の中がごちゃごちゃになってきて、部屋のベットの上に倒れこんだ。


もう知らない。今日はなんだか疲れた。バイトも忙しかったし、嫌いな兄ちゃんたちに会わなきゃいけなかったし…はあ、もうやだ。さっさと寝ちゃおう。


私はそのまま、化粧もろくに落としていないのに眠ってしまった。


お兄ちゃんたちが帰って来てから、私はろくに家にいなかった。朝8時には家を出て、大学で時間を過ごすようにしていた。


大学ではいろいろやることがある。夏休みの課題になっている計40時間以上のボランティア活動のレポートや、休み明けにあるゼミ発表に向けての調べもの、それにサークルがある日は早めに来た人たちとおしゃべりもできた。


大学にはカフェや図書館もついていて、本当に過ごしやすい。だから、バイトがある日はそれまでの時間を大学で過ごしていた。


別にお兄ちゃんたちにも、母にも何も言われないし、別にいいでしょ。私はそう心の中で呟きながら今日も朝から大学行きのバスに乗った。


そしてしばらくバスに揺られていると突然、電話の着信音が鳴った。誰からだろう、そう思いながら見てみたが知らない番号からだった。


一瞬迷ったが、無視するのも悪い気がして、電話に出てみた。


「も、もしもし。どちら様ですか?」


私が恐る恐る聞くと、相手もためらっているのか、少し間をおいてから返事が返ってきた。


「…優梨愛、パパです。久しぶりだね。」


「パパ!」


そう叫んで、私は思わず息を飲んだ。驚きと動揺で、しばらく声を出せなかった。


私が驚いていることを電話越しに察したのか、父は苦笑いしながら話し始めた。


「ごめん、びっくりしたよね?驚かせてすみません。…あのさ優梨愛、いきなりだから無理ならいいんだが、今日の夜に家族で久しぶりに食事でもしないか?もし無理なら来れる人だけでいいし、また今度でもいいから。」


父にそう言われて、私は思わず咄嗟に言った。


「行く。私は、行くから。ママたちにも相談してみる。」


自分でも、なぜそう答えてしまったのか分からなかった。でも、咄嗟にそう答えてしまっていた。


「そうか…。優梨愛、ありがとう。そしたら、また人数が分かり次第俺に連絡してくれ。では、失礼します…。」


父からの電話が切れ、ふと顔を上げると、たくさんの視線が自分に集まっていることに気づいた。


しまった、今バスの中だったんだ。私は恥ずかしさで顔を伏せながら身を縮ませた。どうしよう。ママたちに連絡するべきかな、いや、するべきだよね。


でもな、今ママたちと上手くいってないし、ていうかあたしが避けてるだけだけど。パパの話題出したら、余計気まずくなりそうだし…パパに、いろんなことも聞きたいし。


あたしだけで行ってみようかな…でも…。私は大学前のバス停をバスが通り過ぎるにも気づけないほど、しばらく考え込んだ。



 

 結局、私一人で父に会うことにした。


母には、友達とご飯に行ってくると嘘をついた。母は最近、兄たちが帰ってきたからかとても明るい。よく笑うし機嫌もいい。


あたしなんかがそばにいるより、兄たちがそばにいたほうがいいんだろう。


そんな母の機嫌を、また悪くさせるのもなんだか気が引ける。


それに、兄たちに関しては、言ったところで会いになんて絶対に行かないだろう。父が出て行ったとき、一番怒っていたのはあの2人だった。


もし父と顔を会わせでもしたら、殴りかかってしまうかもしれない。


そんなこともあり、あたし1人で会うことに決めた。でも、なんだか少し緊張する。実の父親なのに…。父に言われたファミレスで待っていると、時間より30分遅れて父が入ってきた。


パパ、と言って立ち上がろうとした私の横を、父は素通りしてウエイターのもとに歩いて行った。


しばらくやりとりをして、ウエイターが私の方を指さした。父は、気恥ずかしそうにウエイターにお辞儀をしてから私の方に歩いてきた。


「ごめんごめん、全然気づかなかった。」


苦笑いしながらそう言って席につく父の顔を、私はまじまじと見つめた。


え…嘘でしょ、娘の顔忘れたの?あんなに近くで見ても分からないくらい…。


私は、それでも作り笑いをしながら父に話しかけた。


「ううん、大丈夫だよ。それよりごめんね、ママもお兄ちゃんたちも忙しくて来れなかったみたいで…。」


「いや、いいんだ。俺はむしろ優梨愛だけで良かったと思ってるから。」


父にそう言われて、私は首を傾げた。


「それって、どういう…」


「実はパパ、優梨愛に謝らなきゃいけないことがあるんです。」


父はそう前置きしてから話し始めた。


「優梨愛にだけは言ってなかったんだけど、パパ、新しく自分の会社を立ち上げることにしたんだ。パパの、若いころからの夢でね、思い切って前働いていた会社も辞めたんだ。」


私は、思わず飲んでいたジュースを持つ手が震えた。え、いきなり何言ってるの。


「それで俺、誠司と武と優梨愛の学費のために貯めた600万円、全部使ったんだ。本当にすまない。」


そう言って父は、私から目をそらしてさらに話を続けた。


「優梨愛はまだ受験生で、お金の話や仕事の話をして負担をかけないようにしようって家族で話し合ったんだ。だから、今初めて言った。隠していてすまん。


それに会社経営は思いのほか大変で、600万円あってもお金が足りなかった。パパは600万円使うときに、ママやお兄ちゃん達と、絶対これ以上迷惑をかけないって約束したんだ。


だけど…しばらく家に生活費も送れていないし、借金もまだ返せていないんだ。」


へらへらと笑いながらそう言う父に、私はだんだん腹が立ってきた。


どうしてそんな話を笑いながらするの、どうして私と目を合わせないの…。


「優梨愛、お前たちは貧乏学生だと思ってくれ。俺には金がないんだ。だから、お前たちに何もしてやれない。


それと、バイトもしてるよな?その給料はちゃんと貯金しておきなさい。全部使い切るなんて真似は絶対によしてください。」


私が茫然として話を聞いているのも知らず父はウエイターが持ってきたステーキをムシャムシャと食べながら最後に付け足した。


「俺は、これが俺の生き方だと思ってる。ママは俺のことを憎んでいると思うし、お前たちにもいっぱい苦労を掛けているのも分かってる。


だけど、パパは生きたいように生きたいんだ。分かってくれ。」


ガタンッッ私は勢いよく立ち上がり、ふらふらとファミレスを出て行った。父の困惑した表情を見やりながら、夏の匂いの漂う夜の道を歩き始めた。


 いつ帰宅したのかは、自分でもよく覚えていない。すでに家は真っ暗で、夏とはいえ、さすがに夜は冷える。私は腕をさすりさがら玄関に入った。


「ゆりちゃん!今までどこにいってたの?友達とご飯にしては遅すぎるんじゃ…」


「何で黙ってたの?」


私が呟くと、母の表情は凍り付いた。


「何で、ねえ何でよ。何で言ってくれなかったの。家族の中で知らなかったのはあたしだけじゃん。どうしてあたしにだけ言ってくれなかったの」


「待ってゆりちゃん、いきなりどうしたの?一体何が…」


「受験生だったから?ふざけないでよ!家族がそんな大変な時になにも知らされないくらいなら、受験失敗したほうがましだった!」


「なんてこと言うの!やめなさい。」


「ママもお兄ちゃんたちも、あたしをのけ者にしたいんでしょ?ずっとそうだったじゃん。


ママたち、あたしがいない方が楽しそうだし。あたしはお兄ちゃんたちみたいにいい子じゃないのかもね。


あたしの居場所なんて、ここにはないんじゃん。」


私はそう吐き捨てて部屋に向かった。階段を上がる途中で、武兄ちゃんと目が合ったが、わざとそらして部屋に入った。


母と武兄ちゃんは、何も言わなかった。




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