決着
1
「お前がドゴノフか。聞いたとおりだ、お前の手下はカイにやられた。旦那の仇もここでとらせてもらう」
気圧されるカイをかばうようにトーニが間に割って入る。
しかし威勢よく口を開いたものの、ドゴノフが気だるげに首をやや回して一睨みするや、力んで張られた肩がすっと落ちたことが誰にもわかった。
それほどに右頬に傷を持つ男の放つ威圧感は驚異的であった。
部下を失ったことをさほど悔いている風ではない。
それでは常日頃からこれほど尋常ならざる雰囲気の持ち主であるのだろうか。
まだ相手は剣に手を掛ける素振りすら見せない。
それでも、先に抜いて切りつけても勝てはしまい、と思わされることでは、カイもトーニも、他の剣士も皆同じ思いだった。
さらに後ろへは彼の残りの部下であろう剣士たちも集まり始めている。
先ほどやっとの思いで倒した剣士は彼らの中でどれほどの腕前であったのだろうか。
そして、もしこの剣士たちをすべて倒しおおせたとしても、この場を生きて離れられるだろうか。
最も手ごわいであろう相手はその前か後か、どちらにせよ必ず立ちはだかるのである。
そうなればニールだけでも逃がせるだろうか。
トゥホールは、アムテッロは、そしてティアは。
自分自身の命よりよほど守らねばならない、守りたい人々はどうなるだろう。
カイは思考と本能が理性の中でせめぎあうのを、半ば他人事のように感じていた。
この感覚が身体を動かなくしているのだと感じた。
死への恐怖だけでなく、使命を果たす策を模索するが存在しないことにも気づいてしまっている、その無力感が手足を動かすことを放棄しているかのようだった。
冷や汗を随分かいたかもしれないが、それは悪寒だけであったかもしれなかった。
ただ、背中を通して後ろにニールがいることだけが、彼の姿勢を保ち続けていることも、意識の外でよくわかっていることだった。
2
このまま夜が明けるかもしれない。
しかし次の瞬間、斬られているかもしれない。
その凍りついたような時間を終わらせたのは、これもカイが敵わないと思うことでは同様の剣士だった。
「よせ、ドゴノフ」
足を縫い付けられたように立ち尽くしていた男たちの後ろから、そのことを知らなかったかのように自然な足取りでマウナルドが歩みだした。
そしてドゴノフの顔からもようやく嘲るような表情が消えた。
二人はまるで今日初めて顔を合わせるかのように新鮮な視線を交わしているように見えたのだった。
「ほう、カレージオ。お前さんが小僧の代わりというわけかね」
「いや、元から貴様が気に食わないだけだ。どうも俺は自分が思っていたより多感だったらしい」
「そうかね。では私を斬るかね」
「斬るほど憎いわけでもない。しかし俺の知る人々に向けられる悪意には容赦しないということだ」
「そうかね」
二人はそう言うや、すらりと剣を抜いた。
そうすることが前から決まっていた段取りであるかのように、ともに無駄のない動作であった。
誰もがその光景に今だけ今夜の経緯をすべて忘れ去っていた。
ドゴノフの部下たちも、剣を抜いた主人が何を望むかを知っているからか、それ以上近づくのをやめていた。
広場を取り巻く人々へも、これから何が起こるかは正確に伝わっていた。
皆口を閉じ、ただその瞬間を待っていた。
二人は互い同士で円を描くように足を滑らせ間合いを計っている。
それはずっと続くかにも思われた。
そしてほんの一瞬で、そうでなかったということが示された。
3
互いに踏み込んだタイミングは同時だった。
そして探るようなつもりでの打ち込みであったのも同じであったらしく、最初の一合は軽く触れ合う程度の金属音がした。
二人は飛び退った後、これも同じようにまた相手へ飛び掛っていき、次はドゴノフの方が体勢がよかったらしく、薙ぐような一太刀をマウナルドはすんでのところで後ろへ引いてかわした。
しかしこれで互いの勢いに差が生まれたようで、剣を振るうのは専らドゴノフで、マウナルドはそれをかわすかいなすか、が精一杯といった風であった。
それでも何度か繰り返された動きの後でマウナルドがわざと見せた隙に大きな一振りを放ったドゴノフの体勢がほんの僅か崩れ、今度は攻守入れ替わる格好となった。
この攻防を、カイはまるで遠い世界での出来事を眼前で見せられているような気分で見守っていた。
もちろんマウナルドを応援しているのだが、それでもどこか勝敗と別の部分で二人の勝負を見ていたい気持ちに抗えなかった。
ふと肩が引っ張られているような感覚に気付く。
見ればそれはティアが今にも泣き出しそうな顔で勝負を見守りながら、カイのマントの端を握り締めているからだった。
マウナルドが勝つといいと思う。
勝つだろうとティアに言えないカイにとって、このくらいが彼女に捧げられるせめてもの思いやりであった。
実際には初めて切り結んでから三分も経っていただろうか。
しかし三夜も過ぎたかに思えるほど二人の闘いは白熱していた。
互いに足を停めては最後と思っているのか動きを一切止めずに相手へ剣を向ける。
この二人ほどの技量の持ち主であれば勝敗を分かつものは何であるのか、想像さえできないと思えた。
数振り毎に優劣入れ替えて相対していた二人だったが、しかしその永遠とも思える関係に終止符が打たれる時がやがて巡ってきたのだった。
4
踏ん張ろうとしたドゴノフの左足が石畳に滑り、膝をついてしまったのである。
誰もが思わず息を呑んだ。
何が起こるかを皆がおよそ正確に予想した。
そしてドゴノフを目掛けてマウナルドの剣が振り下ろされる。
だがそれとほぼ同時に、ドゴノフも咄嗟に剣を頭上へと薙ぎ払った。
二振りの剣は僅かな時間差を生じたため触れ合うことなく振るわれた。
二人の剣はマウナルドのものの方がやや早くドゴノフの左腕を肩の付け根から両断し、ほんの僅か遅れた方は相手の左眼を頬から眉にかけて切り裂いていた。
勝負が付いた。
すでに石畳に触れていた左膝の他に右膝もすぐに触れ、そのままドゴノフは倒れ伏した。
マウナルドも真っ直ぐには立てないようではあったが、それでも残った右眼で眼前を見下ろしていた。
すべての時が停まってしまったかのように、二人以外は誰も身動き一つ取らなかった。
マウナルドの荒い呼吸が一つだけ漏れたのが耳の奥まで何にも邪魔されずに届いたようだった。
それからすぐ、金縛りが解けたようにティアと、数人のドゴノフの部下がそれぞれ飛び出して二人へと駆け寄った。
カイもやっと我に返ると飛び出して、マウナルドに抱きつくティアを守るように剣士たちの前へと立ちはだかった。
そのすぐ後、トーニとアムテッロも続いて走り出しカイに並んだ。
そして他の剣士や工夫たちも、続々と魔法を解かれたように動き出してドゴノフと部下の剣士たちを取り囲みつつあった。
「兄さん、大丈夫なの」
「生きているだろう。とても痛いがな」
泣きじゃくりながら何度も同じ事を聞く妹に、マウナルドは微笑んだ。
その表情は顔中血塗れであることを感じさせないほど穏やかなものだった。
ドゴノフは身じろぎもしないのを部下に担がれてどこから引いてきたのか馬に乗せられ、そのまま広場を去っていった。
そして広場に残されたのはクリッジ市が守られたことを祝う声と、置いていかれた何人かのゴロツキと、全身の骨の半分を抜かれたかのようにへたり込むダライランのみとなったのだった。




