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ヴィンタリの街並み

 手紙の内容とは、ナタルーゴが話したい事があるとのことで、丁度商用でヴィンタリ市へ行くので落ち合おう、というものだった。

 それならば手紙に書けばよいものを、とも思うのだが、マプロの郵便制度は大方スカラー家の支配下にあるので、もしやそのことで伝えたい話なのかもしれない。

 あの男がさして懇意でもないチェモーニ家に対し、久しぶりに顔が見たい、などと書いて寄越すならばそれなりの理由があるはずだろう。


 ヴィンタリ市はマプロから西へ十日の距離にある、スカラー家とは勢力圏を接するケンプロ家の本拠地である。

 地理的にはカーラニア大街道沿線で、マプロとコンクデリオの中間地点といったところである。

 もちろん「金の道」の恩恵を存分に受ける街だ。

 我らが中州へは歩いて五日もあれば着く距離だろう。

 今回は馬で行くので、もっと早く到着することも可能だ。

 そのためナタルーゴと落ち合うには、実に都合の良い位置にある都市でもあった。


 一体何を伝えようというのだろう。

 手紙では書けないようなこととは、考えてみれば物騒ではないか。

 だがそれこそ聞いてみなければわからない話であるし、そもそもニールが行くと言うのなら自分は黙って付き従うだけだ。


 カイはニールの供をするのが心から嬉しかった。

 小屋で寝起きする人たちとは、すでに皆打ち解けた仲だったが、その中でもニールとは特段ウマが合うような気がしていたからである。

 向こうも歳に似合わず小難しいことを常に考えている節のある少年だが、自分と話しているときはただ同年代の友人として心を開いているようで、それもまた喜ばしい。


 そして何より、この少年は護りがいがあると思えるのだった。

 涼しげな顔で、まだ小さな胸を当然とも言うように張って歩く姿や、大人相手にも対等に話し合う姿は、仕える身として誇らしく感じられる。

 この少年がこれだけのことをやってのけているのだから、自分も精一杯気を張っていなければならないだろう。

 そう思えること自体、自分の剣士としての価値が揺るぎないものになるようで、カイは満ち足りた気分になるのだった。



 行き帰りで少なくとも六日はかかるだろうので、その分の食糧を寝具に包んで馬に載せる。

 もしかすると向こうで数日滞在せねばならないかもしれないが、その際にはヴィンタリにもロンドバルドの知り合いが幾人かいるので、泊めてもらえばよいということだった。


 だがそれ以外の道中は野宿になる。

 もう夏も始まって久しいので陽射しがあるうちは暑いが、空気は乾燥しているので夜になると思わぬ寒さを感じることもある。

 多少かさばっても毛布は荷物に欠かせない。

 逆に日中は影もない草原を行くばかりなので、マントと帽子も必要だ。

 シェッドにもらったものが久しぶりに役立つ日が来たのだ。


 そして少しばかりの現金をもらい、二人と二頭は、東へと発った。

 荷物はすべてカイの方の馬に積んだのだが、さすがはペリアー馬で、これに加えて騎手が跨っても平気な様子である。


 まだちょっと前まで夜空だったものが青く染まりきらない時刻なのに、工夫たちまで早起きをして、この幼い主従の出発を見送ってくれた。

 早ければ七日のうちに帰ってくるだろう旅路なのだが、背中に感じる皆の視線が心を湧き上がらせるようだ。

 もっとも、最後までカイが退屈するような道中ならば、それに越したことはないのではあるが。



 行きの道のりは、カイが腕を振るうようなことはなかったが、それでも退屈とは縁遠いものだった。

 はるか地平線をいつも前方に見ながら、二人は実に色々な話をしたからである。

 それまでも話す機会はあったのだが、一日の中でこれほど長く一緒にいるというのは、意外に今回が初めてだったのだ。


 ニールのこと、チェモーニ家のこと、彼ら兄弟の母親のこと。

 あるいはカイのこと、身の上のこと、工事が終わった後に考えていること。

 二人は互いに魅力的な話し手であり、同時に理想的な聴き手だった。

 二人とも、これまでこのような話を同じ年頃の子供にするという機会に恵まれなかったのだ。

 ただ思ったことを言い、聞いたままに感じ、またそれを言う。

 大人ならば説教臭くなったり、疎ましがったりするような話でも、二人にはそのような心配はなかった。

 まだほんの小さな刺激が、心を大きく揺さぶる年頃なのだ。

 どちらの話も興味を引くものだったし、また感慨深いと思われるものだった。


 夜も、最初の日は話し込んでいるうちに、どちらも同じ頃に寝てしまったらしい。

 疲れの限界まで喋っていたので、二人とも事切れるように眠りに落ちてしまったのだろう。

 ただし、これにはカイは次の朝起きて、深く反省するのだった。

 危険の増す状況で、より一層主人の身の安全を確保せねばならないというのに。

 それからは、夜はニールを先に寝かせ、自分は僅かな気配にも飛び起きられるようにして、一晩中浅い眠りを取ることにした。

 草原を住処とする獣には馬も敏感になっていたので、二頭が寝入っているうちは、カイも幾分安心してマントに包まっていられるのだった。



 いくつか街を遠目に過ぎて、二人がヴィンタリ市の城壁を眼にしたのは、出発から三日後の夕方だった。

 とても順調な旅路であった。


 城門をくぐった頃には、もう陽は見えないところまで身を隠しており、夜までそう間もないと思われた。

 そこで二人はその日にナタルーゴの宿を探すことは諦め、自分たちの宿を探すことにしたのである。

 馬を繋いでおけるような宿は大抵城壁近くなので、その辺りで手頃な値段のところを探す。

 すると素泊まりが一人三十セステルという宿が見つかったので、そこで一晩泊まることにした。

 馬のことも考えると安いうだけのことはあるという部屋だったが、カイには久しぶりに熟睡できた夜なのだった。



 翌朝目覚めて自前の朝食を取ると、馬だけ預けて宿を後にする。

 二頭で一日十六セステルということだった。

 ニール曰く、飼葉込みの値段なので良心的な方、なのだそうだ。


 昨夜は横になるまで気付かなかったが、かなり疲れていたらしい。

 そのため夜なのもあって街の様子はほとんど判然としなかったのだが、通りを歩いていると、マプロなどに規模では負けるというが、さすが五大商のお膝元というだけはあると思わせられる。


 ヴィンタリ市は、共和国北部ではコンクデリオに次いで、全体では五番目と、五大商の都市の中ではやや勢いにかける感のある街だ。

 だがそれは人口に限ってのことで、それ以外の点ではむしろ他の都市の追随を許さぬ部分もあるのだという。

 事実先ほどから随所で目にするのだが、道端や建物の至るところに彫像があるのだ。

 ケンプロ家は代々芸術家を篤くもてなし、後援者となってきたということで、街中にこのような作品があるということだ。

 何ということのない店でも、ちょっと奥を覗いてみると立派な絵画が飾ってあったりするのである。

 さすがにそこここで見るものはすべてケンプロ家が所有する作品の贋作ということだが、芸術の街と呼ぶにふさわしいという評価を揺るがす理由にはならないだろう。

 そのくらい精巧につくられたもので、街全体が華やいでいるのだった。

 この街を見た者にマプロのことを「雑然とした」と言って遠ざけるようになることがあるというのにも、真実味が感じられてくる。


 ナタルーゴの宿泊している宿は、二人のくぐった南門からの大通りからは正反対の、北大通りにあった。

 宿のフロントに来訪を告げると、

「チェモーニ様には、昼に戻るのでお待ちいただくよう、とのことでした」

 と言うので、しばらく外で時間をつぶす。

 ただこの街は初めて訪れた者にとっては見る所が多いので、ニールの解説混じりに彫像などを見ていると、あっという間に昼になっていた。

 宿へと戻ると、入口のところにはたしてナタルーゴが立っている。

 話は近くの喫茶店でというので、とにかく付いて行くのだった。



 連れてこられたのは薄暗い店内だったが、外のこれからの日差しを思うと、この季節なら案外気の利いた店かもしれないとも思える。

 席に落ち着くとナタルーゴは紅茶を三つ注文し、運ばれてくる前から話を切り出した。

 こういう辺り、やはり修辞など似合わない男だと感じられるのだ。

 そして、彼はもう少年を相手に商売の話をすることに、なんら抵抗を抱いていない風だった。


 肝心の話とは、彼に発注している資材の購入が、若干遅れているということだった。

 それくらいならば、実際に必要となるのは冬を越した後のことでもあるので問題はない、で済む話だ。

 だが気になるのは、購入に遅れが出ているのがナタルーゴ商会だけではない、という点だった。


「どうもあんたのところに卸す業者連中に、裏から手が回っているような気がする。危ない話が絡むなら契約違反だが」


 これにはさしものニールも驚きを隠せなかったようで、しばし考え込んでいるようだった。

 白地に花の柄があしらわれたカップに紅茶が注がれて運ばれても、まだ険しい顔つきのままである。

 ここしばらくは同じような情報に接していたはずのカイも考えてみるのだが、何か裏で手を回されるようなことがあっただろうか。

 クリッジ市に行きはしたが、あれとて関係があるのはコアディ家の方で、しかも名前をほんの少し聞いた程度だ。

 マプロには多分何の関わりもない話だろう。


 先ほどから俯いていたニールも顔を上げる。


「隠し立てするようなことは何も考え付きませんでした。少なくともチェモーニがどこかと事を構えたということはありませんよ」


 この言葉に、向かいの男もカップを皿へと戻し、銀色の髪を後ろへ撫でつけながら頷いた。

 だがその眼はこちらを見てはおらず、頷きも自分に対してしているように見える。

 半信半疑なのだろうか。

 だがこちらの主人がそう言うのならば、答えはもうその通りでしかない。

 そして、相手もこちらの返答に、逡巡しながらにも思えたのだが、最終的には納得したようだった。


「いや、そういうことならばいいんだ。こちらとしてもまたとない大口の仕事だ。そちらに含むところがないのなら、最後まで付き合せていただこう」


 これはカンドロから買い付けた茶葉なのだろうか。

 どこで栽培されているのだろう。

 ここよりずっと暑いというアーディアットかな。

 そんなことを思いながら、滅多に口にしないような飲み物をちびりちびりと啜っていると、自分以外の二人は立ち上がり、握手を交わしていた。

 どうも話し合いは上手くまとまったらしい。

 結局傍で聞いていたカイにとっては、何のために呼び付けられたのかは曖昧なままであった。


 店を出る際に支払いを置こうとするニールを、ナタルーゴ商会の若い主は手で制する。

 自分が呼び出したのだから、せめてこれくらいは払うとのことである。

 律儀な一面があるな、と二人は密かにこの男についての認識を改める思いなのだった。



 店の前でナタルーゴと別れた二人は、そのままの足で宿屋へ戻り、預けていた馬を受け取る。

 今から出れば、多分三日後の夜には帰れるだろうと判断したからだ。


 結局大した話ではなかったな、けど旅行気分も味わえたし、などとカイが思いながらふと横を見やる。

 わざわざこんな所まで来てあの程度の話ならば、ニールも拍子抜けしているのではないか、と思ったからだ。

 しかし並んで歩く、友人であり主人でもある少年の面持ちは、自分の想像とは違うものだった。

 どちらかと言えば喫茶店で考え込んでいる時に似ているのである。

 それは何故なのか、だがカイはあえて問うことはしなかった。

 主人の思考の邪魔をしたくなかったからである。

 それは仕える身分の採るべき行動ではないと考えるのだ。


 友人としてより、まず従者としての分を貫くこと。

 自分が子供であるより、まず剣士でいたいと思うカイにとって、そう考えることはごく自然なことなのだった。

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