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大男の心配

「いや、どうしても心配が多すぎる、ロンドバルド」

「そんなことを言っていても始まらないさ」


 そう広くはない部屋にいる一人は、やや巻いた黒髪の男である。

 ではもう一人はというと、同じ黒髪ではあるが縮れて短い。

 だが体格なら、優に巻いた方の男の二人分はあるだろうか。

 それもでっぷりとしているわけでなく、まるで深い森で一番の巨木が、自分の意志でのしのしと歩き回っているかのようだ。

 腕も一振りで並みの男を三人くらいは吹き飛ばしてしまいそうな、丸太のような大男である。

 彼が出ていけば、この部屋もまだ広く感じることだろう。


 困ったような笑みを浮かべた男を前にして厳めしい表情の大男は、さながらアグバールのおとぎ話に出てくる、巨大な魔人を思わせる。


「あそこではコアディの領地に近すぎる」

「共和国への開発許可の申請は受理されている。誰にはばかることもないだろう」

「スカラーの出した許可なんてコアディには知らん顔される」

「コアディの妻はスカラーの妹じゃないか。義理の兄だ」

「奴はやり手だ。自分に都合が悪ければ屁とも思わなくなる。そんなもの、糞くらえさ」

「そんなもののために、こっちはもう三千万セステルも使ってるんだがな」


 男はおどけたように両手を胸の前に投げ出してみせた。

 瞳をわざとらしく大きく見開いて、浮かべた笑みも悪戯っぽいものに変わっている。

 だが、それも大男の心を動かすにはさしたる効果はなかったようだ。


「あの近くにはクリッジがある。あそこはコアディの息がかかっているぞ」

「クリッジの市長とは昔からの知り合いだ。彼はそんな男じゃない」

「いや、コアディが金を出して何人も剣士やごろつきを雇ったらしい。中にはあのカレージオもいるそうだ。あの一帯を支配下に置く足がかりにする気に違いない」

「考え過ぎだ、マディ」


 男の方も段々と顔の上から笑みが消えていく。

 二人の間の空気が、いくらか険悪なものになりつつあった。

 しかし、それさえも大男の鼻息を一層荒くするのに一役買っただけであるかのようだった。


「考え過ぎなものか。コアディのやり口はお前だってよく知っているはずだ。奴が一代でこれほど勢力を広げたのは、そんなにきれいな手段だけだったか。クリッジだって今じゃ奴らの街の一つになってしまっているさ」

「すぐ南はベクルッティの領地だ。そんなに派手なことはできない」

「どうだかな。そもそも今の状況はベクルッティがだらしなかったのにも責任の一端があると思うがね」



「なあ」

 そう言うと男はそれまで腰かけていたベッドから立ち上がり、大男の両肩に手を置いた。

 その仕草と表情は、大男の肩が自分のものよりやや上にあることもあり、うなだれて同情を乞うものにも見える。


「これに賭けているんだ。俺のすべてを注ぎ込んだ」


 これには大男もさすがに怒気を抜かれた気持ちになったらしい。

 それまでの荒々しい手振りもやめ、男に手を置いたままにさせている。


「あの場所に街を造ればもの凄いことになる。マプロとウォニアを結べるんだ。南へ行けばホルトにも行ける。もっと先を見ればノイベルクとアシュベルタだってある」


 今度は大男が困ったような顔つきになっている。

 言いたいことはあるのだが、それを言うのがなぜか躊躇われてしまう。

 この男の青い瞳に見つめられると、まだほんの小さな頃からいつもこの調子になってしまうのだ。


「夢なんだ」


 自分を見つめる視線が弱々しいものから、ついには刺すように見据えるものになって、やっと大男は男の両手を自分の肩から丁寧に取り払った。

 その顔は、もはやため息を数回もついたかのような、諦めの漂う様子である。


「相手はコアディだぞ。お前の命が危ないかもしれない」


 それは最後の説得なのだろうが、目の前にした男の表情はもはや自信を取り戻したまま、一切曇る気配がない。

 ただ、その言葉のすべてが自分への好意から発されたものであることを知っているので、感謝の気持ちからか、少し微笑んではいる。


「シルスティーナが死んで、この上お前までいなくなっては、あの子たちはどうする。遺してやれるはずの商売も全部売り払ってしまったんだぞ」

「もしそうなったら、すまないがマディ、後のことをよろしく頼むよ」


 大男は顔だけまた厳めしいものにして、くるりと男に背中を向けた。

 そして窓際に置いてあった水差しを掴むと、がぶりと一口飲み、

「勝手なことだ」

 と言い捨てると、そのまま残りを一気に飲み干してしまった。


 それを眺める男の顔は、満足そのものなのだった。

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