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夕闇の四人

 チェモーニ一家とその当主によって雇われた者たちの宿は、聞くところでは東大通りからの路地にあるらしい。

 宿の名前ならアムテッロとパエトリウスも知っているのだが、場所となると四人のなかではニールに付いて行くほかなかった。


 アムテッロは弟同様、マプロに慣れてはいるのだが、それはどうやら西と南の大通り近辺が専らということだった。

 チェモーニ商会のオフィスが西大通りの建物の一画だったからだ、ということである。


 四人のうちでは一番背の低い少年を筆頭に、彼らは中央広場から西大通りへ抜け、曲がるべき路地まで道路の真ん中を歩く。

 昼間では考えられないほど道路は広々としているのにカイは奇妙さを感じていたが、これは夜間の馬車の使用は原則禁じられているからである。

 石畳に車輪の音というものは、昼間でさえ近くですれば相手の口元へ耳を寄せねばならないくらい響くのに、音の通り易くなる夜には耐え難い騒音となるからだった。

 そのため、今の時間は大通りの幅の半分を占めていた中央の車道も自由に歩けるのである。


 通りの両側も、日中の屋台でごった返したようなものから、建物の一階を広く使って解放感のある居酒屋が軒を連ねるようになっている。

 もっとも、日中の屋台の主も、それらの居酒屋の主だったりするのだが。

 昼間はどうしても奥行きのある店内は、通りに比べると暗く見えてしまうので、思い切って外で商売をしているのである。


 まだ完全に日が沈みきったというわけでもないが、それでも影の方が多くなった街中に色とりどりのランタンの明かりは、目に愉しい。

 色付きの魔鉱石を細かく砕いて一緒に燃やすと、炎がその色で燃え上がるのだ。

 もうそういった店は本格的に営業する時間であるようで、そこかしこで緑やピンクや青の炎が、客の気を引こうと店の看板を照らしている。

 どこの店も派手なのは看板だけで、店内のランタンは普通の炎なのだったが。



 少し前を歩くニールは兄にノイベルクの近況を聞きたがり、するとカイはパエトリウスと並んで後ろを歩く格好になった。

 すると、自分の中で燻ぶっていた疑問をこの機会に、と投げかけてみたくなる。

 水浸しになってしまうという地に街を造るには、その問題を解決するために、何かしら手を施さねばならない。

 この技師はそのために雇われたと考えてまず違いなかろう。

 では、どうやって。

 どのような技術でもって、この男は腕を振るうというのだろう。


「パエトリウスさん」


 そう思うと、カイは自然と声にしてしまっていた。

 しまった、と思ったのはすぐ後からであった。

 だがその時にはすでに、技師は相変わらずの穏やかな表情と声で、

「なんだろう」

 と応えてくれてしまっていた。

 あまり聞きたがるのはどこで煙たがられるかわからない、と自分を戒めていたつもりだったのに。

 今日初めて会ったばかりの人々に、自分はもう色々の質問をしてしまっているではないか。

 恥じるで気持ち顔が少しばかり熱くなってくるのがわかったが、頬の色までは道沿いの明かりに照らされて、相手には伝わらなかった。


 こちらから話し掛けておいて、やはりいいです、とは。

 相手が年長であるなら尚のこと、失礼で恥ずべきことにも思われる。

 そう考えたカイは、思い切ってこれを今日最後の質問にしようという決意とともに問いかけることにした。


「技師だと伺いましたけど、どんなことをするんですか」


 そして、やはりこの質問は微妙なものであったらしく、パエトリウスの顔にも困惑の色が浮かぶのだった。

 なにしろ、今回の計画の最高機密にあたるだろう内容なのだ。

 いくら技師がこの面では責任者とはいえ、雇い主の許可も無く話せるものではないのだ。


 どうしたものかと思案の顔で前を行く兄弟を見つめる技師の視線に気付いたのは、弟の方だった。

 こちらの話もある程度は耳に入っていたらしい。

 振り返るなり、

「構いませんよ」

 と言ったきり、また前を向き直ってしまった。

 ただ、こちらを振り返っていた短い間にニールが父親譲りの深い青の瞳で見たのは自分であったように、そうカイには思えた。


 弟が再び前へ向き直ったといえど関心は後ろへ向いたままなのを察したアムテッロも、もう東の大都の話はやめてしまい、三人の顔を微笑みながら見回している。

 技師も許しを得られたことに、ほっとしたようだった。



「それではあまり周りに聞こえないように話そうか。君はどこに何を造るのか、という話は聞いているのかな」


 自分の胸ほどあるかないかの剣士が頷くのを確かめて、技師は話を続ける。

 そしてその顔は徐々に、どこか嬉しそうなものへと変わっていた。

 自分の腕に自信と誇りを持っているからか、口調も心なしか弾むようである。


「よろしい。そういうことならばその辺の話は端折ることとしよう。

 では肝心のリドーテ川の蛇行はというと、彼の川はほぼ真北から流れてきていて、そして一度、これもほぼ真東へと曲がる。そして長く緩やかな弧を描くように南へと、まるで本来流れているべき筋へと戻るかのように向きを直してゆく。

 これが流量の少ない時期ならよいのだが、少しでも上流で雨量が増えでもすれば、たちまち最初の蛇行を曲がりきれずに水が溢れ出し、川の弧の内側は水浸しになってしまうんだ。

 だが、その水浸しになる湿地こそが、西のウォニアとマプロを結ぶ最短の中継点の一つでもある。そこに街を造るというのがチェモーニ氏の狙いということだね。

 今回やらねばならないことは、現在湿地である地に、今後水が溢れ出さないようにすることだ。水は蛇行を曲がりきれないから溢れ出す。ならば、なにも無理に曲がらせなければいい。

 つまり、蛇行の曲がり始めから運河を真南に掘り、リドーテの流れの弧が終わる場所と結んでしまう。そうすれば今までの弧の内側は中州になり、その両脇を水が流れるようになる。この工事の計算が私の役目ということだね。

 調べてみれば蛇行の原因は、北から流れてきたリドーテの運搬した土砂がその場所にある固い岩盤で堆積し、流れを東へと追いやっていることだ。

 土地自体は岩盤の後ろも緩やかに下がり続けているから、特別深い運河を掘る必要もない。

 川の方の幅も少しばかり広くしてやるだけでいい。後は川の水深に気を付けてさえいれば、街も安泰というわけだ」


 やっと語り終わったパエトリウスの顔は、もう見るからに得意気で、カイは一瞬、話の内容よりもそちらの方で呆気に取られてしまっていた。

 けれど何か相槌を打たねばならないと思っても、へえ、などと間の抜けたことは言いたくなかった。

 この技師とニールとアムテッロと、そしてあのロンドバルドが全力でもって臨む計画ならば、なぜか自分ももっと興味を持ちたいと思えたのである。


「どのくらい、掘るんですか」


 カイの問いに、パエトリウスの顔つきがまた変わる。

 それまではまるで夢でも語るかのようなものが、今度は現実と組み合うような表情になった。


「あらかじめ手に入れた図が精確なら、運河は五ロンガでいい。川の方で手を入れる必要があるのも、全部で三ロンガ。それより中州になる土地の干拓の方が、より手が掛かるかもしれないね」



 その時、不意にそれまで黙って先を進んでいたニールが立ち止まり、落ち着いた、しかし強い語調で口を開く。


「人件費に千五百万セステル、資材も同じ。そして実は、もう残りの三千万セステルは消えてなくなっています」


 こちらを振り返りはしないが、やや上を向いているらしいその眼には、鋭い光が宿っていることは容易に想像ができる。

 この少年がしばしば他を圧する雰囲気を纏うのを、出会って半日足らずというのに、カイはもう驚きを抱かずに傍で感じられていた。

 ニール・チェモーニという男が都合の良くない事実をさらけ出すならば、その裏には何かが隠されている。

 それが何であれ信じよう、自分にはなぜかそう思えてならないのだ。


「けれどきっと成功させます。だからぜひ、父さんに力を貸してください」


 そう言って振り向くニールに、顔中で賛意を表したい。

 カイは心からそう思った。

 それはパエトリウスも、そしてアムテッロまでも、同じであるようだった。


 もう陽は落ちきって、だが雲はないので、頭上には星々が輝いている。

 その中の一つが一条、西の空へと流れていった。


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