第一話 召喚
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今となっては遥か昔のことですが、かつてこの世界は存続の危機に瀕していました。
古の時代、穏やかな繁栄を享受していました。しかしある日突然、漆黒を身に纏った魔族の王──【魔王】が顕現し、世界は一転して血と炎の坩堝へと叩き落とされたのです。
魔王の力は絶対的であり、その進軍とともに世界の均衡は崩れ去っていきました。慈愛に満ちたエルフたちが何千年も守り続けてきた大樹の森は一瞬にして焼き払われ、ドワーフたちの誇り高き精密な地下窟は瓦礫とともに埋め立てられました。ヒト族が耕した豊かな黄金の平野は無残に切り裂かれて焦土と化し、獣人たちの誇りである雄大な山々は容赦なく削り取られてしまったのです。
住処を奪われ、同胞を失った人々もただ黙って滅びを待っていたわけではありません。奪われた土地と平和を取り戻すため、立ち上がった者たちがいました。
ある者は魔力を込めた杖を構え、ある者は魔を引き裂く武器を造り、ある者は知恵を結集し兵器を組み上げ、ある者は野生の本能のままに自らの爪牙を振るった。
されど、魔王の威勢が衰えることはありませんでした。それどころか魔王は、人々が希望を糧に立ち上がった土地ほど執拗に、かつ残酷に踏みにじり、生者の反抗心そのものを徹底的に折り挫いたのです。
その余りに苛烈な惨状と世界の断末魔を見かねたのは、世界を形作る大精霊の七柱でした。絶滅の淵に立たされた人々を救うため、七柱の大精霊は神聖なるすべての力を解き放ち、狂乱する魔王を底なしの地底の暗闇へと封じ込んだのです。
しかし、地底へと引きずり込まれる間際、魔王は絶大なる呪詛を撒き散らしました。大精霊たちとて無傷ではいられません。襲い来る呪いを肩代わりした結果、そのほとんどが力を使い果たし、戻ることのない永い永い眠りについてしまったのです。
大精霊の献身によって王を失った魔族は統率を欠き、その禍々しい力を弱めました。こうして人々は辛うじて命を繋ぎ止め、奪われた土地へ戻り、再び平和の兆しを掴み取ったかのように見えました。
……しかし、本当の絶望はここから静かに芽を吹いていたのです。
絶対的な指導者を失った魔族たちは、ただ滅びを待つ愚者ではありませんでした。彼らは深く暗い陰に潜み、各々が果てしない時間を使って冷酷な企みを巡らせていたのです。
ある魔族は生涯を捧げて禁忌の魔法を体系化し、ある魔族は味方同士を殺し合わせる蠱毒によって狂暴な力を極限まで蓄え、ある魔族は人の言葉と文化を完璧に模倣して人間社会の深部に潜伏した。
彼らは自らを追い詰めた世代の人間たちが老いて死に絶え、かつての戦争の恐怖と警戒心が薄れ去るまで、じっと牙を研ぎながら機を窺い続けたのです。
そして、魔王が封じられてからおよそ百と五十の年が流れた時のことです。
人々が仮初の平穏を享受し、その凄惨な記憶が記録となっていた頃、力を研ぎ澄まし続けた魔族が一斉に立ち上がりました。
かつて魔王が君臨していた時代よりも遥かに洗練され、過去の雪辱を濯ぐかのごとく振るわれたその暴力の前に、人類はなす術もなく散っていきました。人口はわずか数ヶ月で半分にまで激減し、世界は過去のいかなる時代よりも深い絶望の淵へと叩き落とされたのです。
今回は、助けを求めるべき大精霊たちはいません。その多くは依然として深い眠りから覚めてはいなかったからです。
ですが、古の大精霊たちが与えてくれた百五十年という時間は、決して無駄ではありませんでした。生き残った人々もまた、歴史の陰で抗う術を紡ぎ続けていたのです。
ある者は新たに早く正確に魔法を唱えられるようにする魔導書を編み、ある者はその頑強な体躯を活かして決して破られぬ盾を取り、ある者は磨き上げた知恵で起死回生の戦術を生み出し、ある者は肉体を限界まで引き上げる肉体変化の術を体得していた。
しかし、そのような力は人より遥かに洗練された魔術、人より遥かに強靭な身体、人に対する遥かな理解を兼ね備えた魔族の前にはなす術もありません。
絶望の闇が再び世界を塗り潰さんとするその時、滅びの淵に立つ人類の最後の足掻きを見つめていた、ただ一柱の大精霊の生き残り──『アルヌーウス』は、この世界の天秤を覆す最後の手段を決意しました。
次元の狭間を穿ち、人類の無限の可能性と希望を体現する存在──【勇者】を喚び寄せることを。
勇者とは、万人の英雄たり。
勇者とは、弱きを救け、強きを挫く者。
勇者とは、人類の象徴にして、世界を救う者。
これは暗澹とした世界を勇者が希望の光で照らすまでの物語。
〜〜「子供向け読み聞かせ絵本 勇なる者①」より抜粋〜〜
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少しひんやりとした空気が肺へと流れ込んでいく中、体が妙に軽いことに気づいた私はパッと目を開いた。
すると、目の前には金色の二つの輝きが私の顔を覗き込んでいた。
「おや、目覚めたようですね」
そんな声と共に柔らかな木漏れ日が私の顔へと降りかかる。
いつぶりだろうか、光を浴びたのは。
通信制の高校を通い始めた頃からだから、2年ほどだっただろうか。買い物は大抵の物は通販で済んでしまうし、家はカーテンで閉じ切っていたし、何より……
少し過去に囚われていた私はゆっくりと体を起こした。
「おや、落ち着かれましたか?」
「………は、はぃ」
しばらく出していなかったにしてははっきりとその場に響いた声はその場に生えていた木々に吸い込まれていった。
「ええ、そこまで緊張しなくて構いませんよ。私が勝手に貴方をこの世界へとお呼び立てしまったわけですから」
女性は私を落ち着かせるように穏やかな声色で語りかけていたが、しばらく人と面と向かって話していなかった私はどうしようもなく緊張している。こればっかりは仕方がない。
内で理路整然と流れている思考は目の前の相手を拒絶していないが、直接みられていることで、どうも声が、足が、手が震えてしまっている。
「まあとりあえず、そこの椅子にでも腰をかけてください。大精霊が一柱このアルヌーウスが、この絶望に満ちた世界、終わりなき憎しみの連鎖が続く世界について、少しばかりお伝えしましょう」
目の前の彼女がそう言うと、そこの地面から根っこが迫り上がり、椅子の形を作った。根っこにしては土がついておらず、ふかふかとした椅子に腰をかけると、彼女の端正な口元から語られる物語に耳を傾けた。
◇◇◇◇
「……というのが現状です」
彼女がひと通り世界のことについて語り終えると、樹々の間から一筋の風が駆け抜け、彼女の髪をしとやかに揺らす。
一つ一つの振る舞いが画になるのは、目の前の存在が、人智を超えた存在で、この世界の天地開闢から存在する大精霊であることを裏付けており、彼女の話の裏付けとなっているように感じる。
彼女が語ったのはこんなことだ。
かつて人は皆穏やかに暮らしていたが、魔族の王──魔王がその平穏を乱したこと。
漆黒を纏いし魔王は大精霊が力の限りを尽くして封印せしめたこと。
それからしばらくの平穏の後に再び魔族が立ち上がったこと。
人類はなす術もなく敗北を重ね、存続の危機にあること。
そして、私が世界を救う希望として召喚されたこと。
なるほど、どうやら私には日本が誇るRPG、ドラゴ○・クエストやゼル○の伝説の主人公くんのような役割が求められているようだ。
…………荷が重い。
……荷が重い。
いやもちろん、私だって、RPGの一つや二つ丸々プレイしたことがあるし、それらは楽しくないわけがなかったし、どちらかといえばそういったゲームを楽しめる側の人間だ。
どのようなマップをしていて、どのような敵がいて、どんな装備でいけば勝てるのかを試行錯誤し、クエストを聞き出すためにNPCにひたすら話しかけたのはいい思い出だ。
でも、だからと言ってその世界の中に入って冒険したいですかと言われたらそうはならない。
「貴方はサバゲーが好きなのだから銃持って戦争行けよ」と言われたら、良識と常識を兼ね備えた日本人は自らの命の価値を鑑みてNoと迷わずに答えるだろう。
「貴方は中世風乙女ゲーが好きなのだからその世界に移住してよ」と言われたら、中世の知識もマナーもない一般ピーポーは今の生活水準と中世のものを比べた上で、相手に精神科の受診を勧めるだろう。
私は召喚される前は武術をやったことがなければ、魔法が唱えられるたり異能が使えたりする不思議ちゃんでもなかった。
「ああ、そういえば、貴方にはある程度私からの加護をその身に与えています」
……。へへっ。
「まず『スキルボード』と唱えてもらってもいいですか?」
「……ッ『すきる、ぼーど』」
私の緊張した声色でも問題なかったようで、パッと目の前に半透明な板が浮き上がる。
「おそらくですが、そこに与えている加護もといスキルが表示されているはずです」
私がその半透明な板を見ると、そこには文字が表示されていた。
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【万武の才】
【英雄鼓舞】
【多言語習得】
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「そして、どれか一つを押してみてください」
私は言われるがままに【万武の才】を押してみると、スマホでリンクを叩いたかのように詳細な内容が表示された。
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【万武の才】
この世に存在する全ての武を修めることができる才能。もちろん身体が動くのに適していない武術は使うことはできないが、その武の本質を捉えることはできる。
武とは力にあらず、万の動きである。武術とは力の使い方にあらず、万の動きをまとめてしまったものにすぎない。
限りのない武の深淵を捉えるには不断の努力無くして捉えられず。故に、このスキルを持つ者は飽くなき武への鍛錬を行うことで、何人にも敗れぬ力を手に入れることができるだろう。
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なんだこれは。スキルが思ったよりスキルしていないぞ。
もっとこう、『治癒魔法』とか『収納スキル』とかみたいなわかりやすいスキルじゃないな。
「小説家になってみようよ」っていうサイトにある異世界の成り上がり系の小説はもっとチートっぽい力もらってた気がする。
他のやつも見ておくか。
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【英雄鼓舞】
言葉や文字の一つ一つに英雄的な力が入っていく才能。話し手、書き手の技量によってはほとんど意味を為さないことがある。
言語とは、本来人と人とが早く正確に情報を伝えるために発達した道具であり、その使われる環境によって使用頻度が高い言葉や表現は短く発音しやすい音になっていることからも読み取れる。
そしてある言語はその音によって、またある言語はその言語の文字によって、占ったり、呪術的な儀式を行ったりした。言語には力が隠れていると思ったのだろう。確かに言語のおかげで私たちは過去の出来事を回顧し、いまの出来事を分析し、未来の出来事を予想することができる。そのような言語の力を古代より人は感じ取ってきたのだろう。
そのような言語は人の心にも深く関わっている。言葉や文字によって人は物事を脳内で創り上げ、そのイメージを元に人は行動する。このスキルはそのイメージを創るのに少し手助けをするもので、あとは話し手、書き手次第である。
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つまり、このスキルは私には意味がない、ってことか?
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【多言語習得】
多くの言語を習得できる才能。
会話において、言語はおよそ60%以上が言葉ではなく、イントネーションや目線、身振り手振りなどによって伝えているそうだ。確かに、知らない言語の人でも怒っている時はなんか語気が強く、体全体を使って表現をしているし、笑っている時は、口元が上がって、肩を上下に揺らしていたりすることは容易に読み取れてしまう。
そして、また文字においても私たちは同じ議論の過程を踏んで文章を編むことが多いため、大抵の人は途中の文字を一文字一文字丁寧に追うことはなく、なんとなくの形をとらえながら、最初と最後の文字を目に入れて、頭の中で意味をとらえて、文章を読んでいることが多い。知らない言語でも、大体の議論の形は同じであり、なんとなく理解することは可能だ。(身近な例を挙げると、海外版のコミックを読んでも同じコミックの形式に慣れ親しんでいれば内容は容易に理解してしまうだろう)
以上のことから、私たちはそこまで丁寧に言語を扱っていないということだ。
故にこのスキルは言語を扱うにあたって、言葉や文字以外の情報からの推察の精度を向上させ、そこから言語を理解して、習得させるスキルである。
──────
これのおかげで、今までこの女性とお話ができていたのか。
「ああ、ごめんなさい。どうやら限界がきたみたいです」
目の前の金色の瞳を持つ神々しいまでに美しい女性は心なしか身体が薄れていっているようだった。
待って欲しい、スキル云々よりも先に何よりの私がこの主人公のような役割を果たすにあたって重大な問題がある。
それは、私がコミュ「貴方ともう少しゆっくりと話していたかったのですが、貴方をこの世界に召喚するにあたって、かなりの力を使ってしまいました。回復するためにしばらく眠りにつかなければなりません」
私がコ「ええ、貴方には私に尋ねたいことが多くあるでしょう。そして、少し強引に話を進めていることに憤りを感じているかもしれません」
私「ですが、これだけは覚えていてください。最後の大精霊が一柱──アルヌーウスは貴方がどのような選択をしても、たとえそれが人と敵対する道であっても、貴方がなす道に祝福を与えましょう」
わt「もし、なす道に世界を創り変えようと欲する時は、この『星導の共鳴鈴』を鳴らしてください。一回だけ、私が眠りから目を覚まし、直接貴方の願いを叶えて差し上げます」
「今から、世界の一番魔族からの侵攻が進んでいない地域に貴方を送ります。そこには、上級精霊の一柱がいるでしょう。その者にしばらく頼り、力をつけ、世界を学んでください」
「それでは、貴方の歩みが世界を救うものであらんことをっ!」
女性が溶けてなくなるかのように輪郭が薄れ、背景が透過して見えるようになったとき、女性は一際大きく動いた。
周囲から力の奔流を感じると、私は光に包まれた。
彼女には伝えられなかった。
私がコミュ障であることを。
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アルヌーウスによって喚ばれた勇者は開口一番こう言い放った。
「必ずや私が魔族を討ち果たし、人々の平穏を打ち立てましょう」
アルヌーウスはその心意気に惹かれ、加護を与えた。
三つの珠玉が勇者の体に吸い込まれ、勇者は強靭な肉体を手にした魔族に勝る武力を身に宿し、度重なる魔族の侵攻によって傷ついた人々の心を癒し勇気づける魅力を備え、何人とも心を通わせる才を手にした。
大いなる力を受け継いだ勇なる者はまさしくその志を為すための力が身に宿り、その長い長い旅路の第一歩を踏み出した。
〜〜「子供向け読み聞かせ絵本 勇なる者①」より抜粋〜〜
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(''◇'')ゞ初めまして。大山小水です。
これから主人公の物語を楽しんでいただけると嬉しいです。
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