海とドライブと重箱弁当3
「わー! 海だー!」
王宮を出て、しばらく経ったころ。
ノロノロ運転の車に揺られていると、ようやく砂浜と海が見えてきて、私たちは歓声を上げました。
「ここまで長かったわぁ……。通る人通る人みんなこっちを見てきて、すっごい恥ずかしかった!」
「本当にね……。子供は並んで走るわ、犬は吠えてくるわで、どうなる事かと思ったわよ。完全に見世物だったわ」
「はっはっは、喜んでくれて嬉しいよ! 君たちはこの世界で初めて車に乗り、海に来た人間だ。誇りに思ってくれたまえ!」
「ちっとも喜んでないわよ!? ……まあ、こんな凄い発明を初めて体験したのが私たちっていうのは、たしかに光栄なことかもしれないけど」
と、口々に言いあうアンとアガタ、そしてジョシュア。
いやはや、たしかに国中の人間が見に来てるんじゃないのっていうぐらいの騒ぎでした。
まあ途中で木炭車の調子がよくなって、それなりに速度が上がってくれたから助かりましたが。
なんてことを考えていると、そこでアガタがジョシュアに尋ねます。
「それで? これからどうするの。海にはついたけど、ただこれで走るだけ?」
「いや、もう少し先の浜辺で遊ぶ予定だよ。着くまでは、流れる景色と潮風を楽しんでおくれ。いわゆる、海沿いをドライブ、ってやつさ」
「ドライブ? なにそれ! 聞いたことのない言葉だわ。あんた、シャーリィみたいなこと言うわね」
と、不思議そうに言うアガタ。
まあそう思うのも無理はありません。
だって、ドライブという言葉と概念は、私がジョシュアに教えたものなのですから。
前世で車に乗って海に行き、美味しい物を食べるのはとっても楽しかったわ、なんて話したことがあるのです。
それにジョシュアはいたく感心していたので、今日はそれを試してみたかったのかもしれません。
そんなことを考えていると、吹き抜けていく爽やかな夏の潮風に髪を揺らされながら、アンが夢見るように言いました。
「わあ、悪くないわね、これ! 勝手に進む不思議な乗り物に乗って、海辺を走るのって悪くない気分だわ! あー、これが男の人とデートならもっと素敵なのに」
「やだ、アンったらまーたそんなこと言って。相手もいないくせに」
「んまっ、アガタったら失礼ねえ! こう見えても、最近、殿方には結構声をかけられてるのよ。『健気に働く君の姿に見惚れた。どうか、一度お食事でも』なんて」
「えっ、うそっ!? あんたも私と同じで、色っぽい話なんかないって信じてたのに……! この裏切り者! ……そっ、それでどうしたの? まさか、彼氏ができたとか……」
「……シャーリィがいない時期の事だったから、余裕がなくて、『ごめんなさい、今は時間がないです』って断わっちゃったわ……。あー、イケメンだったのに、勿体ないことしたぁ!」
「へ、へえー……それは残念だったわねえ。ま、いいじゃない、私たちがいるんだから。あはは、やっぱりアンはそうじゃなくっちゃ!」
なんて、恋バナで盛り上がる二人と、無表情で並んでいるアリエル。
みんなが楽しそうでなによりです。
そうしてしばらくドライブを楽しんだ後、ジョシュアは、浜辺で車を止めたのでした。
「さあ、ここが目的地だ。どうだい、綺麗な浜辺だろう? 今日はここで遊ぼうじゃないか」
「わあ、このあたり、来たの初めて! 一番乗り、もらった!」
「あっ、ずるいわよ、アン! 私も私も! ほら、あんたも行くわよ!」
「えっ、私ですか!? ちょっと、待ってください! 私はシャーリィ殿の護衛なのです、離れるわけにはいきません! それに、あの妙なのに揺られたせいで、吐き気が……あっ、ちょっと!」
なんて言いつつ、アンとアガタがアリエルの手を引き、浜辺へと駆け出していきました。
アリエルがなかなか馴染もうとしないので、気を使って誘ってあげてるのでしょう。
本当に気の良い奴らです。
……でも、そうか。アリエルが異常に静かだったのは、真面目だからじゃなくて、車に酔ってたからなのね……。
「わー、みんな待ってよ! こっちは荷物があるんだから!」
なんて考えているうちに完全い置いていかれてしまい、私は慌てて積んでいた荷物に手を伸ばしました。
それは、ジョシュア特製の大きなクーラーボックス。
夏の日差しで料理が痛んでしまわないよう、今日はこれに詰めてきていたのでした。
私はそれを持って後を追おうとしますが、そこでジョシュアが動こうとしないのに気づいて、不思議に思い声をかけます。
「どうしたの、ジョシュア? 急がないと皆に追いつけないわよ」
「ああ、そうだね。だけど、その前に。……君に、感想を聞きたくてね」
「感想? ああ、車に関する事ね? ええ、とっても凄いわよ! なーんにもないところから、一人でこれを設計して、本当に走らせちゃうんだもん! ジョシュア、天才!」
「はっはっは! もちろん、ボクは天才さ! これも、本当によくできていると自負している。けど、今はそういうことを聞きたいわけじゃない」
そう言うと、ジョシュアはひどく真面目な顔をし、そして私の手を取って、あまりにも予想外なことを言ったのでした。
「どうだい。これで、君の前世の世界にあって、この世界にない物が一つ減った。ドライブを、この世界でもできたわけだ。これで……君の、前世に対する未練も、一つは減らせたかい?」
コミック一巻、本日正式に発売です。
ボブも登場していますので、ぜひよろしくお願いします!
ボブ……また、会えたね。




