魔女の家のクリスマスパーティ9
「うーん……よく寝たぁ!」
そして、翌日の朝。用意してもらった寝床から身を起こし、私はうーんと背筋を伸ばしながら、声を上げます。
床にわらを敷き、寝具を被せただけの簡易ベッドですが、これがなかなか快適でした。
まるで旅館の朝のように爽快な目覚め。
窓からは朝日が降り注ぎ、ふと横を見ると、おばあ様はベッドでまだぐっすりお休み中。
ならばと、起こさないようにそっと動き、キッチンに向かう私。
昨夜さんざん夕食を食べましたから、もしかしたらいらないかもしれませんが、軽く朝食をご用意せねば。
エルドリアでは、基本的に朝食は食べないか、軽くですませることが多いです。
あのおぼっちゃまですら、朝はパンとスープだけですまされるそうで、皆様そんな朝食で一日の元気が出るのかしら、と心配になるぐらい。
「えーと、卵に、ハムに、ほうれん草。よしよし、ちゃんと持ってきてるわね」
荷物の中から食材を取り出し、かまどの薪に火を起こして、フライパンを設置。
やがて温まったそこにバターを引き、殻を割って卵を落とすと、じゅわーっと素敵な音と匂いが立ち込めました。
「うーん、やっぱり朝は卵よねっ。焼くだけで美味しいんだから、最高っ」
なんて言いながら、着々と調理を進める私。
パンはフライパンに押し当てるようにして焼き、トーストに。
厚切りハムとほうれん草も、バターで炒めて味付けを。
パン、卵焼き、そしてほうれん草とハムのバター炒め。
それに、スープ代わりの、昨夜出したシチューの残り。
うんうん。単純だけど、こういうのを、ごきげんな朝食と言うのです。
「おはよう。あんたはまた、朝から良い匂いを出してるねえ」
「あっ、おばあ様、おはようございます!」
そこで可愛い寝間着姿のおばあ様が起きてらっしゃって、私は笑顔で挨拶しました。
穏やかな顔をしていて、どうやら良い目覚めのようです。
「やれやれ、昨夜はあんたの話が面白すぎて、夜更かししちまったからねえ。起きるのが随分と遅くなっちまったよ」
そう、昨夜寝るに当たり、おばあ様から「前世の世界の物語を聞かせておくれ」とリクエストされたのです。
それで、私は大喜びで、随分と長い時間話をしてしまったのでした。
「楽しい夜でしたね! あれ、でもどこまでお話しましたっけ」
「トナカイが仲間になるところまでだよ」
「ああ、そうでしたそうでした! いやあ、ドクターの最後は、涙なしには語れませんでした!」
なんて、昨夜した麦わら帽子の海賊の話で盛り上がる私たち。
おばあ様のお気に入りは、私と同じくるくる眉毛のコックさんでした。
そのままテーブルを綺麗に拭き、朝食を並べて食卓につく私たち。
何気ない朝食ですが、おばあ様は美味しい美味しいと召し上がってくださいました。
「やれやれ、あんたはほんとなんでも美味しく作るね。一緒にいたら、太っちまう」
「えっ、そんなことないですよ! おぼっちゃま……ウィリアム様は、ちっとも太ってないですし!」
「あの子は特別なんだよぉ。あの子なら、一日中食べ続けたって太りゃしないよ」
なんて言い合いながら、私たちは楽しく時間を過ごしたのでした。
◆ ◆ ◆
「それでは、おばあ様。そろそろ、お暇いたしますわ」
そして、お部屋を掃除したり、薪を集めたりして、昼食もお出ししたらもう帰る時間。
本当に、あっという間の一日でした。
「やれやれ、もう時間かい。あんたといると退屈しないから、時間を忘れてたよ。メイドが帰るのを寂しく思うのは、あんたが初めてだ」
とは、玄関先まで見送りに来てくださったおばあ様のお言葉。
私もなんだか寂しいです。
もう2,3日泊まっていきたい気分。
ですが、そうもいきません。
王宮ではお仕事がてんこ盛りで待っています。
おぼっちゃまのお顔も見たいし、アンたちにも会いたい。
「チキンの残り、どうか温めて食べてくださいね。他の料理も。薪は積んでおきましたので、どうか使ってください。それと……」
「わかってるわかってる。一人で住んでるんだから、なんでもできるよ。あんたは心配性だねえ」
ついついあれこれ言い残そうとしてしまう私に、おばあ様が微笑んで言いました。
そして、ふと、思い出したとばかりに「ちょっと待ってな」と言って家の中に戻るおばあ様。
なんだろうと思っていると、やがてなにかを手に出てらっしゃいました。
「これ、渡しとくよ。あんたに繋がってるようだからね」
そう言って、それ……両手に載るぐらいの、パンパンに膨らんだ袋を私に渡すおばあ様。
それはずしりと重く、受け取った時、私にはなにかの穀物の種が入っているとすぐにわかりました。
「東方から、運命の相手を探して旅をしてきたってやつが、ちょっと前に来てね。頼まれたから結んでやったんだが、そのお礼だってそれを残していったものさ」
えっ、なんだろう。なにかの穀物の種かな、と思いながら、そっと縛っていた紐をほどいて、中を覗き込む私。
すると、その中には……金色に輝く美しい種が、ぎっしりと詰まっていたのでした。
「えっ……」
それは、どう見ても小麦などの種ではありません。
そして、それがなんの種であるか気づいた瞬間……私は、思わず叫んでしまったのでした。
「うそっ……これっ……! ……お米の、種!?」
そう、それは、どう見てもお米の種もみだったのです!
うそ、うそでしょ!?
なんで、ここに!?
信じられない、信じられない……あれほど願ったお米と、こんなところで出会うなんて!!
「あんたが必要なものなんだろう? なんの種かは知らないけど、それはわかるよ」
「っ……! はい、そうです、ずっとこれを探していたんです! 本当にっ……本当に、貰っていいんですか!?」
「もちろん。よくしてくれた、せめてもの礼だ。持って帰りな。……確かに、結んだよ」
なんということでしょう。
あれほど願ったお米と私の縁を、おばあ様が結んでくださったのです!
こんなことを期待して、ここに来たんじゃないのに……!
嬉しくて、嬉しくて、私はその種もみを抱きしめて、ボロボロと涙をこぼしてしまいました。
凄いっ……凄い!
ついにっ……ついに、私は会えたんだわっ……お米にっ!
「ああ、ありがとうございますっ……ありがとうございます!」
「……やれやれ、あんたも本当に変わった子だねえ。人じゃなくて、食べ物に出会えたのが泣くほど嬉しいのかい」
なんて、おばあ様に呆れられる始末。
はい、正直、自分でも泣くとは思いませんでしたっ!
「ああっ、帰ったらさっそくアガタに相談しなきゃ! 長旅をしてきたお米が、ちゃんと芽を出してくれるといいけど! お米ってたしか、育てるのがめちゃくちゃ難しいのよね。それでも、アガタなら……アガタなら、きっとなんとかしてくれるっ!」
感動に打ち震えながら、つい今後のことを口に出してしまう私。
そんな私を微笑んで見ながら、おばあ様はこうおっしゃったのでした。
「頑張って育てな。あんたがそんなに喜ぶってことは、それはとっても美味しいんだろう? 収穫できたら、王宮に食べに行くよ。その時に、また会おうじゃないかい……ねえ、前世還りの、シャーリィ」
「……はい、おばあ様!」
こうして、私はそのまま森の出口まで見送ってくれたおばあ様と手を振って別れ、やがて馬車に揺られて帰路についたのでした。
(凄い、凄いわっ……来年の秋には、ご飯が食べられるかもしれない! すごいわっ!)
馬車の中でも、大事に種もみを抱きながら興奮冷めやらぬ私。
ですが、なれない環境でさすがに疲れていたのか、いつしかウトウト眠りにつき。
夢の中で、ご飯と味噌汁、炊き込みご飯、チャーハンオムライスパエリア牛丼。
お米を作った様々な料理を食べる、とっても幸せな時間を過ごしたのでした。
でも、それももう夢だけでは終わらないのです。
とびきりの夢を抱えて、王宮へと向かう私。
きっと、来年は、とってもいい年になるでしょう。
そんな予感が、私にはあったのでした。
◆ ◆ ◆
──そして、季節はめぐり、翌年の春。
出会いの季節でございます。
食べ物も美味しいそんな時期に、私はメイド長に呼び出され、こう告げられたのでした。
「お前の班に、新人を二人入れます」
こうして、私のメイド生活に新たな変化が訪れたのですが、さて、それはどんな二人なのか。
それは……次のお話で。




