交差点の鬼は煉獄の炎で
――ポイ・ザ・ラス地下
ログイン前に剣さんがゲームについて説明してくれた。
このゲーム、マギア・クリークは魔法で自分の国を守るゲームというのは、アプリの設定通り。違うのは、リアルでいうところの、この街、蓼浜市を守るってことみたい。
正確なエリアは私の住んでいる港西区。面積と人口は少ないけれど、海に面していて、商業施設や高層ビルが多くて、人の出入りが多い地域だ。シンボルタワーが観光客を集めている。
それだけに、さまよえる霊魂ってのも多いらしいけど。
さまよえる霊魂を倒すと、ごく稀に、クリスタルを落とすみたいで、それを集めるっていうのが、目的みたい。私を含めて5人が同時にログインしているみたいだから、その中で一番集めた子が勝ちってことなんだろう。
最初から五大属性のクリスタルは与えられていて、明後日までに一つを選んでスタートすること。プレイヤーに勝つと相手から一つランダムに奪うっていうシステムということ。クリスタルを自分に使ってもいいこと。も教えてもらった。
ゲーム終了時により多くのクリスタルを持っていた人は、こっちの世界で願い事がなんでもかなうっていうのが勝利特典だったかな。
あとは何をしても自由だそうだ。
「願い事がなんでもかなうかあ。こっちの世界でなければ、かなえたいこともあるんだけどなあ」
ゲームスタートにあたって、今までの属性は解除。新たに五大属性から好きなものを選ぶことになるから、残りのクリスタルは全部で20個ってことかな。
なんだろうこのプレイヤー同士のバトルを誘発する仕組みは。ごく稀ってどのくらいの頻度なんだか全然わからないから、それで手に入れるよりもプレイヤーから奪った方が手っ取り早い。そう考えるプレイヤーがいないといいけど。
本格的なプレイは明後日かららしいけど、まず街に出てみることにした。
◇◇◇
――蓼浜市、港西区
街は思った以上に普通だった。というか現実世界とまるで同じだ。
踏切、雑踏、交差点、聞こえてくる流行の歌まで同じ。夏の暑さも同じだ。今まで、地下にいたから気が付かなかった。アスファルトの上に僅かに浮かぶ歪んだ空気まで、何もかも。どうやって演算しているんだろうか。
唯一違うのは、シアンちゃんが隣に飛んでいることだけかも。NPCには見えないらしいけれど。飛んでいては人に当たりそうになるようなので、今は左肩に乗っている。
これでは、VRというよりもARの世界だ。
ちなみに、NPCには変身後の姿は見えないらしい。ということは、ここで変身でもしようものなら、いきなり消えることになるということなのかな。でももしここでバトルになったら、どうなるんだろう。
ここまで現実と同じだと誰がプレイヤーなのか全く判らないし。守護獣を連れている人間がいればすぐわかるんだろうけど……。
明後日からのバトルに備えてプレイヤーを探しておきたいんだけどなあ。挨拶もしておきたいし。
「叶えたいことかあ」
ついつい独り言のように口にだしてしまう。
「まあ、ゲーム終了までに考えておけばいいよ。勝つ気がないなら、必要ないけどね」
「そっかあ。ゲームだもんね。勝たなくてもいいんだよね」
「何言ってるのさ」
「だって、この世界で叶えたいことなんて、今は思いつかないもの」
「無想家なのもいいけど……。あっ見てそこの交差点」
「そこ? この交差点って事故が多いことで有名なんだけど……。見通しもいいし、歩道橋だってあるのに、なんでこんなとこでって思うんだけど。こっちの世界でもこんなところまで同じなのね」
「さまよえる霊魂の仕業だよ。君にも見えるでしょ」
そう言われて目を凝らすと、交差点の端に供えられている花束の上に揺らぐ影が見える。最初は朧気だったけど輪郭がはっきりしてきて、鬼のようにも見える。
「あれが……、そうなの?」
「ここで亡くなった人や動物の思念の塊さ。最初は小さい霊魂だったんだろうけど、不幸の連鎖っていうのかな。事故が事故をよんで、どんどん大きくなっていくんだ。早く祓わないとまた事故が起きるよ」
「あっ、目が合った」
『Oncoming! バトルフィールド設定。半径1キロをフィールド設定』
一瞬でNPCや車が消えていく。さっきまでざわついていた交差点だったのに。なるほど、バトルになるとこうなるのね。
「なにのんきに関心してるの? 早く変身しないと、衝撃波だけで死ぬよ」
「そっか。Transform!、Arms!」
一瞬光に包まれ、アバターの姿へと変身する。鬼が地面を割った衝撃波をFlyでギリギリかわす。あの地面ってこの後どうなるんだろう。
「相変わらず現実的だねえ。そんなことよりどうやって戦うか考えないと……」
「でもあれって、元は不幸にも事故にあった人の念の塊なんでしょう? 倒しちゃっていいの?」
「話合うとかは無理だよ。自我なんてとっくに失っているよ。それに、倒すのがプレイヤーの役割だし。それとも決め台詞でも考えてるの? 極楽に○かせてあげるわ! とかさ?」
「古っ」
「ああなっちゃったら極楽には行けないんだけどね。まあゲームなんだし気楽に倒しちゃってよ」
「簡単に言うなあ」
どんな攻撃をしてくるかわからないので、先ずは遠距離で様子見かな。
「武器換装、錫杖、ファイヤ!」
『木』属性の錫杖とは『火』属性は相性がいい。『木生火』だったっけ。特大の火炎玉が鬼に向かって飛んでいく。轟音とともに、歩道橋の一部が吹き飛んだ。供えてあった、花束が火の粉となって舞い散った。
「これで、やったかな」
「Guluuuuuu!」
やっば。全然ダメージ入っていないみたい。
「シアンちゃん。あの敵、何属性かわかる?」
「見たところ、無属性だけど、推定レベルが25くらいかな」
こっちは飛んでいるから、向こうの攻撃は当たらないと思うけど……。全然ダメージが入らないんじゃ、倒せないかも。
考えている間にも、鬼が腕を振るうたびに衝撃波が来る。左右にかわしながら、こちらも火炎玉を飛ばすが、ダメージは少ないみたいだ。
コンパイルしてある魔法のリストを頭の中で検索するけれど、今以上の火力を出せる魔法はない。敵の攻撃をかわしながら、魔法を組むしかない。ザコ敵にはこんなに頑丈な敵はいなかった。
とりあえず100倍の火力でどうかな。
「 オブジェクト定義フレイム、チャージ回数100。コンパイル」
なおもとんでくる衝撃波をかわしながら、魔法陣の動きを待つ。
『コンパイル完了』
「インストールin錫杖、フレイムズ・イン・パガトリー! 行っけー、煉獄の炎!」
巨大な魔法陣が出現し、くるくると回ったかと思うと、歩道橋、信号、周辺のビルなど周囲一帯を巻き込みながら、炎が半球を描きながら増大していく。ビルの窓ガラスは爆風で割れ、粉々になってなお、風で舞い上げられていく。交差点の真ん中の爆心地にいた鬼は黒焦げになって、崩れ落ちた。交差点であったはずの場所はアスファルトすら跡形もなく、ただ焦土と化した。
「うーん。ちょっとやりすぎちゃったかも」
目の前で防御魔法を発動させていた。シアンちゃんがふらふらしている。
「100倍はちょっとやりすぎだね。街はすぐ直るからいいけど、自分の防御のことも考えて魔法を撃ってほしいもん……だ……ね」
と言いながら、シアンちゃんが落下したので、急降下して受け止める。