第二十話 悪夢の道へ
目を覚ますと体中に激痛が走った。俺はまだ病室にいないといけないのか、と憂鬱な気分だった。散々見飽きた殺風景な病室、硬すぎて寝心地が悪すぎるベッド、何もかも最悪な夢の中での起床時間だ。唯一の救いは常に傍で笑顔で接してくれるメイドのクラーラだけだった。
しかし悪夢はさらに追い打ちをかけてきた。起床するとクラーラが青ざめながらセレストと話しており、俺に気が付くと顔を目の前に近づけて焦りながら話した。
「エ、エルディアさん!ディ、ディール共和国の隣国が、ガ、ガルナドクに滅ぼされました!」
「なんだって!どういうことだ!」
「ク、国を支配して、ガ、ガルナドクの......」
突然の出来事に戸惑い、口が回らないクラーラに対してセレストが制止した。
「クラーラさん、大丈夫です。私から話します。今は落ち着いてください、私が食い止めますから」
セレストはクラーラを椅子に座らせ、心を落ち着かせるようにハーブティーを手渡した。数分後、セレストが背中を擦りながら落ち着いたことを確認すると、俺に真剣な表情で冷静に話した。
「クラーラさんの話のように、ディール共和国の隣国であるワイナル王国がガルナドクの襲撃に合い、国を支配されました。兵士や国王が殺され、ワイナル王国は統治力を失い、代わりにガルナドクが暴力で国民を支配しています」
「国民を支配してどうするつもりだ?ゼルガンドと同じように無理矢理働かせるつもりか?」
「いいえ、ラデオアのような真似はしません。ガルナドクは人間を大量に生成するために国民を生贄として利用します」
「生贄だと?どういう意味だ?」
「魔導士の負担を減らすために利用するためです。魔法を使用するには精神力が必要です、私やアリアさんは常に精神力と引き換えに強力な魔法を放っているのです」
ラデオアの戦いでアリアは虹色の板を生成し俺とエミを守ってくれたが、アリアは詠唱後に気絶してしまったことを思い出した。
「もしかして人間を生成するために国民の精神力を生贄にするのか?そして多くの人間を生成し、奴らがガルナドクのために無差別に国を支配し、さらに生贄を手に入れるつもりか?」
「残念ながら、正解です」
ゼルガンドよりも凶悪な出来事に怒りを覚え、病室の壁を思いっきり殴ってしまった。病室全体に響き渡る打撃音、病室には大きな壁が開いた。クラーラは俺の目の前まで近づき、何も言わず、ずっと右手を握ってくれた。クラーラの優しい気持ちに包まれているような温かい手のぬくもりだった。
セレストは俺が落ち着いたことを確認すると、怒りや悲しみの気持ちを込めず、冷静に話し続けた。
「話を戻します。魂と魔法の利用方法は異なりますが、ガルナドクはゼルガンドと同じく大量の奴隷を生成し、世界を掌握するつもりです。私達にはどこにも逃げ道がありません」
セレストは俺に手を差し出して深く礼をした。セレストの顔には涙が少し浮かんでいた。
「私は魔道兵長としてエルディアさんにお願いがあります。私やフローレンスさんと一緒に戦ってもらえませんか?この世界を救ってもらえませんか?戦友や魔道学校の友人、私を育ててくれた指揮官はガルナドクの生贄になりました。孤独な魔道兵長の私にはあなたしか頼れる人がいません!」
俺は即答した。選択肢は元々1つしかなかった。
「俺も戦う!ガルナドクを潰すために!」
俺は強くセレストの手を握り、セレストも俺の手を強く握り返した。
翌日、俺とセレスト、フローレンス、エミの4人だけがワイナル王国に足を踏み入れた。残りの仲間に関してはセレストの判断で城に残し、さらにセレストは俺達を追ってこないようにクラーラに「強力な武器の購入のために他国に行った」と伝えるように命じた。
この日はいくつもの戦士がワイナル王国をに集結し、強国の大隊や名門魔道学校のエリート集団、名声を得るために訪れたギルドなどが揃っていた。この中で最も戦闘員が少ないのはもちろん俺達であり、周囲からは「帰れよ!」「邪魔だ!」「足手まといはいらない!」と侮辱され続けたが、周囲の罵声を無視してセレストが作戦を伝えた。
「先頭はフローレンスさんに頼みます。エルディアさんとエミさんを守りながら戦ってください」
「いいよ、大隊隊長に任せなさい!」
「エルディアさんとエミさんはフローレンスさんの後ろで戦ってください。身の危険を感じたらフローレンスさんか私にすぐに声を掛けてください」
「分かった」
「ええ、お願いするわ」
「私は皆様の後ろで支援に徹します。危険だと感じたら、すぐに撤退しましょう」
「えー、逃げるの?」
「私達が命を失ったらディール共和国は終わりです。私達が死んだら誰がディール共和国を守れるのですか?アリアさん達に国の運命を背負わせるつもりですか?」
「それはどうだけど、あいつらにバカにされて悔しくないの?」
「無視してください。それとフローレンスは、......」
セレストがフローレンスに説教をする直前、名声を得るために来たギルドの剣士が暗闇の中に入っていった。俺達を罵倒した剣士の服装は軽装で、剣も安物だった。遠足気分で勝てる相手ではないのに、自慢げに「雑魚共、かかって来いよ」と叫んでしまった。セレストは小声で「バカ剣士」と呟いた。
すると1000人以上のガルナドクの下っ端が一斉に俺達を襲い掛かってきた。剣士はあっという間に斬り裂かれ、大隊の兵士や魔道学校の生徒も次々と大量の血を流し、さらには大隊の隊長やギルド長が仲間を置いて逃走してしまった。倒れた兵士達はガルナドクの下っ端に担がれ暗闇に引き込もうとしていた。奴らは兵士達を生贄にするつもりだ。無残な光景を見ていられないセレストは「フローレンス、私達も戦いましょう!」と叫び、暗闇に足を踏み入れた。暗闇の中には瓦礫だらけの街並みと力尽きた倒れた国民、そして大勢の黒色の鎧の兵士。前方からは大剣を持った下っ端が俺達を塞ぎ、左右には銃を構えた下っ端に囲まれた。
セレストはフローレンスに攻撃を命じるが、なんとセレストに向けて衝撃波を放った!セレストは咄嗟に魔法を発動させて透明の壁を作って防御したが、今度は俺達に向けて衝撃波を放った!ラデオアに食らった攻撃以上の衝撃波で全身が傷だらけとなり、大量に血を噴き出した。セレストは「誰の仕業だ!リミッターを解除した奴は!」と叫びだし、いつもの冷静さを失っていた。エミはフローレンスに集中的に狙われ、轟音が鳴り響くほど地面に叩きつけられて手足が動かせなくなった。エミは小声で「エルディア、アリアとリルを守ってくれ」と泣き叫んでいた。残されていたのは俺だけだった。フローレンスは冷淡な目で3人に向けて、
「地獄にようこそ!お前達には逃げ道はない!死を待つだけだ!」
と低い声で笑いながら叫んだ。
俺はもう存在しない心の声にお願いするように叫んだ。
「俺に力を全部寄越せ!魂を分けてくれ!」
諦めかけて剣を構えてフローレンスに剣を振ると、剣が虹色に光りだした。日光のように眩しい光は時間と共に輝きを増していた。もう存在しないはずの心の声は俺に優しそうな声で話した。
「君は僕達の為に必死に戦ってくれた。だから今度は君の為に僕達が戦う出番だね。全部力をあげるよ、好きなだけ使って」
俺は心の声に感謝しつつ、「全部使ってやるから覚悟しろよ!」と叫んだ。エレアノールが魂を力に還元した直後に心の声が消えたが、なぜ復活したのかという疑問が残るが、この際どうでもいい。フローレンスを止めればいいだけだ!俺は光り輝く剣でフローレンスの衝撃波を受け止め、フローレンスを押し返した。フローレンスは目を丸くして「何故だ!」と叫び続け、何度も衝撃波を発生させたが、俺の剣は無傷で受け止めた。彼女の暴走を止めるために仕方なく、彼女の剣を振り払い、
「操られるな、フローレンス!ガルナドクの奴隷の人形になるな!」
とセレストやエミまで響き渡るほど叫びながら彼女の腹に剣を刺した。彼女はぐったりと地面に倒れこみ、瞳から大粒の涙が噴き出した。
俺は無我夢中で俺達を囲んだ下っ端を何度も斬り、俺達を襲ってきた下っ端を全滅させた。セレストはエミやフローレンスを回復させ、俺と一緒にワイナル王国から抜け出した。戦果はどの集団もマイナスだった、兵士を失うだけの無駄な戦いだった。
城に戻ると傷だらけの俺とエミとフローレンスは病室でクラーラによって介抱された。作戦を失敗させたセレストはアリア達に膝をつきながらに謝り続けた。エミは自分の弱さを思い知り、愚痴をクラーラに聞いてもらっていた。フローレンスは戦意や自信を失い、俺の目の前で「ごめんなさい、ごめんなさい」と何度も謝り続け、いつもの明るい性格がなくなった。
しかし大きな成果はある、『全員生き残ったこと』である。俺はこの戦いで得た反省を胸に刻み、病室のベッドで目を閉じた。




