第十九話 小さな幸せ
いつもの自室のフカフカのベットから体を起こし、制服に着替える。目を覚ましてから『夢の世界』の出来事が多すぎて学業に集中できない。魔道兵長のセレスト、セレストによって力を制御されている大隊隊長のフローレンス、ゼルガンドの残党のガルナドク、そして再び国の崩壊の危機が訪れてしまった。俺達は一旦は平和を取り戻したが、また地獄の世界に連れて行かれるのか?アーネストリス帝国の崩壊と同様にディール共和国も壊滅し、さらには『夢の世界』全体がガルナドクに支配され、俺達は奴隷になってしまうのだろうか?最悪な結末しか考えられない俺は朝食を食べずに学校に向かった。
『夢の世界』しか考えられない俺は授業に全く集中できず、どうすればディール共和国を救えるのだろうか、と悩みながら頭を抱え、先生に指名されないようにノートを書く振りをしていた。早く放課後になってくれ、としか頭の中にはなかった。全ての授業終了後、俺の空白のノートをバックに入れ、友人に挨拶をせずに教室から飛び出してファンタジー部の部室へ向かった。今日は火曜日であり、クラーラに介抱されてから1週間が経っていた。
ファンタジー部の部室に着くとドアを思いっきり開いた。すると部室には有栖先輩と黒髪の少女が座っていた。黒髪のストレートヘアーの少女は大きな胸を強調しながら肘をついて座っており、有栖先輩と楽しそうな雰囲気で話していた。黒髪の少女は俺を見るとすぐに深く礼をした。
「私を助けていただいて、ありがとうございます」
「いや、俺は何もやっていないんですけど......。初対面ですし......」
「いいえ、『夢の世界』で奴隷生活から解放してくれて、本当にありがとうございます。やっと光が見れました」
少女は何度も礼をしているが、俺には突然の出来事で何も把握できなかった。有栖先輩が優しい声で補足する。
「紹介するわ、私の妹の裕香よ。裕香も突然、『夢の世界』に囚われていて、ずっと怖い男の人達に強制的に鉱石の採掘をさせられた夢を毎晩見て、毎朝私に泣きつきながら抱き着いてきたわ」
「うん、死ぬほど怖かったです。1秒でも動きを止めたら大きな針で体を刺してきて、ずっと毎日暗闇の中で働くことしかできなかったです。毎日毎日、絶対に寝ないと思って深夜まで起きていたけど、耐えられない睡魔に襲われて何者かが私を毎晩、『夢の世界』へ引きずり込んだのです」
「ええ、この現象はアリア達と同じく、ゼルガンドによって裕香の魂を不要になった肉体に与えて、強制的に労働させたに違いないわ」
「だけど先週の月曜日の『夢の世界』で、私の運命が変わりました。大勢の兵隊が怖い男達を倒してくれて、奴隷だった私達を救出してくれたのです。エルディアさん、あなたのおかげで奴隷が全員救われたのです。ありがとうございます」
「いやいや、そこまで深く礼をしなくていいよ、俺のために戦っただけだから。その後は怖い夢を見ていない?」
「ええ、ディール共和国という国にある孤児院で生活しています。現在はたくさんの友達ができましたし、暴力がない平和な世界で暮らしてます」
裕香の幸せそうな笑顔を見て、俺も安心した。ゼルガンドを倒しても問題は山積みだが、裕香のように幸せを手に入れた人も大勢いるはずだ。しかしディール共和国にはガルナドクという、平和を脅かす存在が再び裕香を傷つけてしまうかもしれない。俺は俺の魂を犠牲にしてでも、ディール共和国を死守すると決意した。
有栖裕香は1年3組の文化祭の出し物の準備があるため、俺に再び頭を下げてから教室へ急いだ。俺は有栖先輩に椅子に座るように促され、有栖先輩に真剣な表情で見つめられた。
「東條君、何で怪我が完治していないのに戦ったの?もう2度と死にに行くような戦闘スタイルはしないでほしいと約束したのに!」
「ごめんなさい、俺はディール共和国を守りたかったから戦いました」
「セレストさんやフローレンスさんが病室にいるのに、なぜ東條君も一緒に戦うの?最強の2人に任せればいいのに?」
「ラデオアとの戦いのように、仲間の血の海を見たくないから戦いました。仲間が死ぬ光景を見たくない」
「そうだけど......」
有栖先輩は頭を抱えながら苦悶していた、どうしてもエルディアが死なない方法を見つけ出そうとしていたと感じた。有栖先輩は顔を上げて俺を見つめた。
「東條君、分かったわ。あなたの好きな様に戦っていいわよ。でも私より先に死なないでね!これだけは約束してね!」
「ええ、必ず守ります」
「東條君は正義感が強いから、諦めてくれないよね。ファンタジー部が廃部にされそうになった時、東條君だけが私と一緒に生徒会に抗議してくれた。部員全員が部長の私を追い出そうとしたとき、東條君だけが私を全力で庇い、慰めてくれた。東條君がいたおかげで文化祭が成功した、だから......」
有栖先輩は涙を流しながら俺との思い出話を語りながら俺の後ろに回り込み、俺を抱きかかえた。
「東條君、絶対に死なないでね!」
「約束します、有栖先輩!」
その後、帰り際に有栖先輩が俺のスマートフォンを奪い取り、有栖先輩の妹の電話番号やメールアドレスを強制的に登録された。有栖先輩は「私の妹もよろしくね」と笑顔でスマートフォンを返却して解散した。
自宅に帰宅し、ベットの枕の下を眺める。先週はエレアノールから100万円を手に入れたが、今週は1度も枕の下を見ていないなと思い出して調べてみた。すると枕の下には3枚の手紙が残されていた、アリア、リル、クラーラの3人の手紙だった。
「アリアよ!エルディアさんのおかげで私達の傷がいつの間にか消えていたの!奴隷の時につけられた傷跡はどんなに治療しても治らなかったけど、ラデオアがいなくなると呪いが消えたように傷跡がなく、綺麗な肌を取り戻せたわ!ありがとう、エルディアさん!今後も頼りにしてるわよ!」
「リルです。温かい仲間に囲まれて、特にエルディアさんに色々と支えられて、幸福な人生です。エルディアさん、ありがとうございます。」
「クラーラです。エルディアさんのおかげで、アリアさんとリルさんは明るい性格を取り戻せました。最初に出会った時よりも積極的になったアリアさん、表情が硬く自信がないリルさんも立派に成長しました、全てエルディアさんが熱心に戦ったおかげです!今後も私はエルディアさんを全力で尽くします、何かあれば遠慮なくおっしゃってくださいね!最後に、ラデオアを倒して頂きまして、ありがとうございます。平和を取り戻し、奴隷時代のトラウマを克服し、そして私達の深い傷跡がなくなりました。感謝します」
俺が最初に『夢の世界』に来た時、アリア、リル、クラーラに初めて出会った時を思い出しながら手紙を見つめ、涙が溢れていた。俺が起こした出来事によって、みんなが幸せを掴むことができた。この幸せをガルナドクに奪われたくない。有栖先輩、有栖裕香、アリア、リル、クラーラの思いを抱いて、ベッドに入り込んだ。




