第壱・三章「騎士の戸惑い」
「総代!
一体、今回の件はどういうことですか!?」
古の勇者テロマの血を引く王族が治める王国「ルブモス」の王城にある騎士団の兵舎にて、一人の青年がこの国の全ての騎士たちの頂点に対して抗議した。
青年は薄い金髪に翠色の目をし顔が整い気品に満ちながらもそこに強い意思が存在する高潔な騎士を体現していた。
「ネフリオ!!
口が過ぎるぞ!!」
その目下の立場である青年、ネフリオの態度に対して総代は怒りで応えた。
「しかし、総代!!
異なる世界から召喚した英雄……
それも年端もいかない子供の一人を犠牲にして逃げるとは騎士にあるまじき行為ではありませんか!?」
だが、ネフリオは例え相手が自分どこからこの国の騎士の頂点であろうとも怯むことはなかった。
ネフリオは王国が自らも知らぬ間に異世界から勇者という名前の少年少女を召喚し戦わせようとし、あまつさえその中の一人を犠牲にしたことに強い怒りを抱いていた。
「そもそもあの迷宮は我ら第二騎士団が攻略すると伝えたばかりでありませんか?
それを異なる世界から呼び出した……恐らくは戦いとは無縁であった民にやらせること自体が道理に反することだとは思われぬのですか!?」
元々、あの地下迷宮はネフリオ率いる第二騎士団が攻略する予定だった。
しかし、それを突如として王国側が召喚した勇者たちに行わせると無理に王国の上層部が言い出したのだ。
それに対して、ネフリオと今回の任務に駆け付けた彼の旗下の騎士たちは強い不満を募らせていた。
「その挙句……
その子供の一人を犠牲にするとは騎士としての矜持が貴方方にはないのですか!?」
「えぇい!!黙らぬか!!!」
ネフリオは自らの個人的な動機もあったが、同時に彼は騎士としての誇りから総代たちに対して怒りを感じていた。
常日頃から『力なき者を守る』。
その信念の下にネフリオは行動し続けた。
それ故に王国が自らの都合の為に異世界から非戦闘員を呼び出し、その中の一人を犠牲にしたことが心の底から許せなかったのだ。
「そもそも彼奴は魔族だったのだ!!
陛下も殿下も宰相閣下も神官たちもそう言っておるのだから問題あるまい!!」
ネフリオの弾劾に耐えられず総代は遂にはその少年の存在自体の価値をないものとした。
少年はこの世界に来てから『魔力は高いのに魔法を使えない』というこの世界で「魔族の子」と呼ばれる忌むべき存在と共通点を有していた。
そのことで城中の人間が彼を人間として扱わず、それを半ば公認していた。
それ故に総代は自らの行いに過ちはないとネフリオに返した。
「……そうですか……殿下が……」
ネフリオは総代の今の言葉で諦めた。
それは権力に対する屈服ではなかった。
ただの呆れだった。
「そうだ……!だから、仕方のないことなのだ!!」
ネフリオは引き下がると総代は彼がようやく追求を諦めたことに気付き安堵した。
しかし、彼は気付いていなかった。
ネフリオが何故、諦めたのかを。
「……わかりました。これ以上は追求いたしません」
「おぉ!そうだ!では、早速西に戻れ!!
貴様の本来の務めはそれであろう!!」
「はい」
王族の名前とネフリオの縁戚関係から総代は彼が自分と同じ人間だと考えて、彼の主戦場である西へと戻ることを指示した。
それに対してネフリオは最早、何も言うまいとして兵舎から外へと出た。
「団長!」
「エルクか……」
兵舎から退室したネフリオに彼の幼い頃から仕えている部下が駆け寄ってきた。
「どうでしたか?
例の少年の救出と迷宮の攻略は!?」
兵舎からしばらくは慣れてからエルクはネフリオに地下迷宮に取り残された異世界から訪れた人間の一人と予てから準備していた迷宮の攻略について訊ねた。
「……ダメだ。
任地に直ぐに戻れとのことだ」
「そんな!?」
「フ……
総代は例の少年は『魔族の子であるから助ける必要がない』と仰っておられたよ……」
「……っ!?
ガメンめ!!あの様な男が総代騎士とは……!!」
ネフリオは総代、ガメンの言葉をそのまま伝えた。
それに対してエルクは無辜の少年の死を『無意味』だと言い捨てた言い様に怒り出した。
「……陛下や殿下たちも同じらしい」
「……!
そういうことですか……」
ネフリオの言葉にエルクは否応なしに上官の無念を理解させられた。
「団長……本当によろしいのですか?」
「………………」
エルクは上官の心境を想像してもなお、彼に訊ねた。
「……私の騎士道も……私自身のあの迷宮への思い入れも……私情だ。
私には守るべき民としなくてはならない務めがある……」
「団長……」
ネフリオは今にも血が滲み出る様な勢いで拳を握り締め、自らの感情を押し殺して部下だけでなく自分自身に言い聞かせる様に答えた。
(クソ……!!
ガメンめ……!!殿下の側近であることをいいことに好き勝手しおって……!!)
エルクは幼少期から仕えるネフリオの苦しそうな表情を見て、益々、今回の迷宮攻略の権利を取り上げた総代や国の人間たちへの怒りを募らせた。
(ネフリオ様が……八年もの間、どれだけの思いであの迷宮に挑もうとしていたのか分かっているのか!?)
エルクを始めとしたネフリオの騎士たちはネフリオがどれだけ国や民たちの為に尽くしてきていたのかを知っていた。
そして、ネフリオの唯一見せた私心であるあの地下迷宮の攻略の意味を彼らは知っていた。
(ネフリオ様のが姉君が眠られているであろうあの迷宮を……!
その遺骨や遺品を求めようとした弟としての想いまでこの国とあの王子は踏みにじるのか……!!?)
エルクは主に変わって憤慨した。
ネフリオが地下迷宮に拘っているのは剣士としても優れていたネフリオの姉、クディスが命を落とした地であるからだ。
ネフリオは強くて優しい姉が好きだった。
だが、その姉は八年前に彼女の婚約者であった件の王子ルーオと彼の護衛と共に地下迷宮を攻略しようした際に死亡したと王子たち生き残りは告げた。
(よりにもよって……!ルーオが……!!)
エルクは今回の地下迷宮に横槍を入れてきたのがクディスの婚約者であったルーオであったことからネフリオの想像以上の無念を理解した。
(これは「ディウ教」を後ろ盾にするルーオが我ら「第二騎士団」や他の地方騎士団にこれ以上力を付けさせない為の工作だ……!)
元は第二王子であったルーオは人格・器量共に地方騎士団や貴族から疑問視されている。
そんなルーオの派閥が国の実験を握っているのはこの世界における最大宗教である「ディウ教」との繋がりの強さが理由であった。
百年前に魔王ウェルヴィニアが蘇り、その後五大魔王の侵攻が続きその間に幾つものの国が滅ぼされ、その民たちが残った国に逃げ延び、その残った国が滅ぼされ、また民が逃げ出すという悪循環は人々の暮らしを悪化させ、心にも恐怖と不安を植え付けた。
その中でかつてから魔物除けの秘術と救民を行っていた「ディウ教」の信仰と影響が高まるのは必然だった。
そして、彼ら教団を後ろ盾にする貴族や王族が現れても来ていた。
第二王子ルーオが特段才能がないのに序列による発言力が高まっているのもそれが理由であった。
しかし、それによって今や多くの王国の中心部は全て「ディウ教」の息がかかっている。
同時に国王までもがそれに乗っているのは地方の有力貴族にこれ以上の力を持たせない為の権威づくりの為でもあった。
勇者召喚も此度の「勇者の剣」があるとされる迷宮攻略もネフリオ様率いる第二騎士団や他の貴族たちへの牽制だ……
ルーオ派は「ディウ教」による統治方針を固める手として「ディウ教」の更なる箔付けとして「勇者召喚」と彼らを「古の王」の予言と結びつけることを目的として今回の地下迷宮攻略を行おうとした。
同時にネフリオの率いる第二騎士団や他の地方軍閥や有力貴族にこれ以上の発言力を持たせない為でもあり、これがネフリオとの約定の反故の真の理由であった。
「……リールト王太子殿下がおられれば……」
「やめろ……」
エルクはこの王国の末期状態にかつて王太子として国の全ての人間が嘱望していた次代の王になるはずであった王太子リールトの不在を悔やみ、ネフリオはそのないものねだりを咎めた。
しかし、ネフリオ自身ももしこの状況にリールトがいればと思っているのも事実だった。
人格的にも才覚的に優れていた王太子リールトがいれば、少なくとも「ディウ教」に王国の中枢を握られることはなかったと理解しているのだ。
(そもそも姉上とルーオ殿下の婚約も結局は殿下と地方貴族たちとの関係を深めるための手段であったからな……)
ネフリオの家である辺境伯家はリールト失踪後に地方貴族と王国の中枢部との繋がりを固くするためにネフリオの姉と王子であるリーオとの婚約を行った。
しかし、それもネフリオの姉が迷宮で帰らぬ身となったことで反故となり、それに加えてルーオは「ディウ教」の権威を使って地方の貴族たちの領地に干渉することへの後押しをし失望させている。
(噂によると……例の異世界から少女の一人に夢中らしいな……)
何とルーオは異世界から呼び出した少年少女たちの一人に懸想しだしたらしい。
(……殿下にとって姉上の存在は何だったのだ……)
八年前は政略結婚だったとはいえ自らの姉の婚約者であったルーオが最早、異世界から来た勇者の一人に夢中になっている。
加えて、あろうことかその姉の婚約者が姉の眠る地下迷宮の攻略にその少女に向かわせている。
ネフリオの心は余りにも傷付いた。




