5
巨木の根本。地面に収まりきらなかった無数の根が全てを覆い尽くしていた。
それをいくつか超えた先に、火竜が悠然とした姿で舞い降りる。
「止まれ。これ以上、近付くことは許さん」
その前でティエル達は言われた通りに足を止めた。
「父よ」
火竜が恭しく頭を下げる。すると、巨木の真下に体を横たえた巨竜がそれすらもままならないような様子で頭を持ち上げた。
「ああ。お前には苦労をかけるな」
喉の奥から絞り出されるしゃがれた声に、火竜はより深く頭を垂れる。
水竜にも火竜にも土竜にも飛竜にも見えない、ただただ真っ白な姿をした巨竜。
彼は長い首をゆっくりと捻って濁った瞳でティエルとリンを見据える。
「エデンの血を継ぐ者とトラストの血を継ぐ者が並んでおるとは」
竜はそう呟くと愉快気に口を釣り上げた。
「これもまた運命であろうか」
老竜の目が遠くに向けられる。追憶を辿るように目がゆっくりと細められた。瞳にさまざまな感情の色が浮かび、やがて消える。
「そして、そのトラストの血を継ぐ者とアジェン、お前が会うこともまた、運命なのであろうか」
あくまで静かに語る白い竜。
純白の彼の問い掛けに、火竜が答えた。
「我が父よ。わたくしには貴方しか居りません。ゆえに弟の血縁者であろうと、わたくしにとっては無縁でございます」
「弟……?」
その答えにリンが呟きを漏らした。
「知らぬか。トラストの血を持つ者よ。貴殿は身を持ってそれを証明したというのに」
それに声を返したのは白い竜だ。決して答えとは言えない言葉に、しかしリンは納得したように頷いた。
「……なるほど、私に火の粉が効かなかったのはそういうことですか……」
「どういうことだ?」
話についていけないティエルは思わず横合いから声を上げる。
「魔法は同属性の相手には効きにくいという特性を持ちます」
それに呆れるわけでもなく、リンは律儀にそう応えた。
「しかし、同属性であるだけでは受けるダメージが少なくなるというだけで傷は負います。でも、同属性の血族が相手ということになると話が変わってきます。
たとえば、兄弟間で同じ属性だった場合、お互いに魔力を交換、いえ、お互いの魔力を吸収出来るんです。
つまり、もし血族同士で魔法を使った場合、受けるダメージはゼロ……もっと言えば力に変えることが可能になります」
一通り説明を終え、彼女は一拍おくと竜の方を仰ぎ見た。
「そう考えれば私があの火の粉の中をただ何事もなく立っていられた理由がわかります。
先代の血族である方が放った火の粉を私は魔力として吸収してしまったのですね」
「しかし、世代を超えればそれも難しくなる。汝とアジェンでそれが起きたのは汝の力があまりにトラストに依っているからであろうな」
リンの言葉を受けて竜の父は応える。それにリンは何も言わず、ただ顔を俯けた。
「余興はここまでにしよう」
顔を逸らした彼女に興味をなくしたように、白く気高い竜はティエルの方に向き直る。
射捉えるような視線にティエルは思わず身構えた。
「我、竜の父なり。我が子のことを我は全て把握している。その上で言おう。貴殿がここに来たことは正しい、と」
威圧的な言葉。押さえつけてくるような声。ティエルはそれに堪えるようにぐっと拳を握ると真っ直ぐに相手を見据えた。
「貴方は、何を知っているんですか」
「汝の望む答えを」
竜の短い答えに
「どうして……」
ティエルは小さく呟く。
それを竜の父は最後まで聞くことなく口を開いた。
「それは違うぞ、小さき者よ。これは貴殿の為にするのではない。ただ、貴殿の願いが我の願いと重なっただけのこと。
そして、我の願いを叶えるためには貴殿を使わざるを得ないというだけのことだ」
それにティエルは眉を寄せる。
「貴方の願い?」
竜の父はその問いかけに答えなかった。
代わりに深く深く深呼吸をすると、よく響く声で
「さあ、汝は我に何を問う?」
とだけ言った。
ティエルは開きかけた口を閉じて黙考する。
そして、意を決したようにもう一度口を開いた。
「……エヴィを助けたい。そのために、俺は何をしたらいいですか」
全ての竜の父。数億の時を生きる彼は、迷いながら口にしたティエルの問いに迷うことなく答えを返す。
「解。エヴィの為に貴殿がすべきこと、それは――」
「……え?」
与えられたその答え。それはあまりに衝撃的で、ティエルには到底理解しえないものだった。




