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何度目かになる魔物との遭遇。それをやり過ごした二人はやがて木々が大きく横に薙ぎ払われて道のようになった場所に出た。何か大きな生き物が通ったらしく、それが道のようになっているようだ。
「竜の森に入ったようですね」
その前に横たわる大きな丸太を超えながらリンが言う。
「そうだな」
先を行くティエルはリンに手を差し出しながら答えた。
リンは「ありがとうございます」とその手をとる。
そして、丸太の上から跳ぶと軽い足取りで着地した。
「これが竜の通り道であることは確かですが、どの種が通った後でしょうか」
前を向いたリンはぐるりと轍を見て僅かに首を傾げる。
「飛んでないってことは土竜か水竜のどちらかだろ」
ティエルが特に何を思うでもなくただなんとなく答えた。
「また水竜、ですか」
するとリンが眉間に皺を寄せた。
「リンは苦手そうだよな」
ティエルはなんとなく離さずにいた手を握りながら表情を緩める。
「……確かに得意ではありません」
それに勢いを削がれたのか。リンは険しい顔をいつもの無表情に戻ったしてすぐに逸らした。
「急ぎましょう。もう竜の森の中です。出来ることなら早く要件を済ませてしまいたいです」
そして口早にそう言いながら手を離すと数歩前に出た。
「ああ」
ティエルは大きく頷きながらその背を追いかける。
しかし並んで歩く二人は明かりを遮るように下りてきた影にすぐ足を止めた。
振り返らずとも、そこに何がいるのか想像するのは容易だった。
「さすがに二人は無謀だったかな」
額に浮かぶ汗を拭いながらティエルは弱々しく呟いた。
「竜の森までの道のりはほとんどが竜の領土内になっています。そこまで強力な魔物がいるわけではありません。竜人が二人居れば問題ないはずです」
それにリンが冷静に応じる。しかし額には薄らと汗が浮かび、顔にも焦りが滲んでいた。
「しかし、もし話の通じない竜に遭遇してしまった場合は、そういうわけにもいかないでしょう」
言うと同時。二人は弾かれるように横に跳んだ。
その後ろを突風が襲う。
風に煽られ、ティエルは着地と同時に何度か地面を転がった。
そこから急いで立ち上がり剣を抜く。少し離れた位置に飛ばされたリンも同じように腰から剣を引き抜いていた。
天を裂く咆哮。振り返った先には、二人の何十倍もある大きさの飛竜が空を遮るように佇んでいた。
「ココハリュウノセカイ! ヨソモノハタチサレ!!」
轟。
咆哮が風となって襲い掛かる。
「竜の父に会いに来た! 害をなすつもりはない! ここを通してくれ!」
吹き飛ばされないよう、地面に剣を突き刺す。ティエルは腹に力を入れると声を張り上げた。
「チチニアウ!? ユルサナイ!!」
しかし竜は取り合ってもくれない。ティエルはぐっと唇を噛んだ。
「ティエル様、会話は無駄です! どうにか切り抜けるしかありません!」
それにリンがすかさず声を上げる。
出来ることなら避けたい方法ではあるが、しかしそれ以外にいい方法が何も思い浮かばなかった。
「死にたくはないなぁ」
ティエルはふざけた様子もなく、ただ切実な思いを込めてそう呟く。しかし、どう頑張っても自分が竜に勝つというイメージが浮かばない。
汗が滲む手で木剣をぐっと握り閉める。そうして心の整理をつけようとするが、全く整理しきれない。
それでも相手は止まる様子がなく、ついには激しく咆哮を響かせた。
「デテイカナイナラバ、コロス!!」
「来ます!」
獰猛な叫びと共にリンは告げる。ティエルは咄嗟に腰を落として構えをとった。
竜は怯むことなく二人の元へ襲い掛かってきた。
「っ!」
二つの息を呑む音が重なる。
静寂。
と。
「鎮まれ!!」
不意に響いた咆哮がその場にいた全員の動きを止めた。
「!?」
全員が声のした方を向く。
「竜が、二匹も……!!」
その姿を捉えて一番に口を開いたのはリンだった。その声には絶望が滲んでいる。
「貴方は……」
しかし、次に口を開いたティエル至極冷静だ。
襲い掛かってきた竜よりも一回り大きく、目には凛とした輝きを灯す竜。
少し離れた位置で牙を煌めかせる彼は、かつて遠征の時に現れた竜だった。
「たとえ何者であろうと、我が父の御前で争うことは許さん。貴様らがもし争いを続けるというのであれば、我が相手となろう。同種であろうと容赦はせぬぞ」
竜は厳かな口調で言うと口から微かに火の粉を散らした。それは火竜が火の息を吐く前の現象だ。
張りつめた空気。
「コレハチチノタメノタタカイ! ナゼトメル!!」
飛竜が拙く叫ぶ。
「貴様のような俗が父の名を口にするか。愚か者め」
それに火の粉を散らしながら火竜は口を開いた。
「父の意思もわからぬような下賎は直ちにここから去れ!!」
そして轟ッ!と威嚇のように火の息を吐く。
「っう!」
すぐ近くで爆ぜた火。飛び散る火の粉にティエルは思わず顔を覆った。
同時に隙間からリンの方を見る。彼女は火が舞う中を呆然と立ち尽くしていた。
「リン……っ!」
まずいと思って声を上げる。しかし、そこで不思議な現象にティエルは気付いた。
火の粉がリンの近くに降るたびに、何事もないかのように消えていくのだ。
「……?」
ティエルは思わず目を瞠る。
そうして意識がリンに向いている内に竜の争いは決着がついていた。
「チチニシタガウコトデシカソンザイデキナイググツメ!」
その言葉を残して、火の息に恐れをなした飛竜が早々に立ち去って行ったのだ。
「他愛ない」
その姿を追うでもなく、火竜はその獰猛な眼差しを細めて言う。
そして、不意にその長い首を動かしてティエルの方を向いた。
「忠告はしたはずだ」
厳格な口調がそう言う。
「『きょうだいには気を付けろ』、でしたね……」
ティエルはそれに静かに応じながら剣を腰に収めた。
「でも、貴方は今の状況を見越して言ったわけではないのでしょう。あの言葉の真意を、問いに来ました」
「ここに来なくとも答えは自ずと見えてくる。立ち去られよ」
竜は先程とは打って変わった理知的な態度でティエルに言う。
しかし、ティエルははっきりと首を横に振って見せた。
「ゆっくりと答えを待っている場合ではないのです。このままではエヴィが……っ」
「エヴィ……?」
突然出てきた名前に竜の堅い表情が揺らぐ。
『良い、通せ』
その時、どこからか声が響いた。
ぼんやりと籠った、地の底から響くような声。老人のようでありながら生命力に満ちた声にティエルは微かに体を震わせた。
「父よ……」
同じように体をびくりと震わせた竜が焦ったように応じる。
「……仰せの、ままに」
しかし、しばらくの沈黙の後、静かな声で頷いた。
「ついてこい。父はこちらだ」
そうして後ろを向いて翼を羽ばたかせる。
「行くぞ、リン」
ティエルはその背を追う前にリンの方へと駆け寄った。
「罠かもしれません」
リンは不安げに赤い瞳を揺らす。
「大丈夫だ」
それにティエルはそっと微笑んでみせる。その目は強い力を帯びていた。
そうしてリンの細い手を引いて歩き出す。
目指す先には天を貫く巨木がそびえ立っていた。




