【第1話】届かない声
「――じゃあ、次。姫乃、読んでくれ」
先生の低い声が聞こえた途端、私は息が詰まる感じがした。
私の名前は「姫乃さくら」。
高校一年生。
今は現代国語の授業中。
1人ずつ文章を朗読するという時間だ。
(……あ、あ、私だ。どうしよう)
手汗で湿った教科書をぎゅっと握りしめる。
立たなきゃ。
早く立ち上がって、教科書の文字を読まなきゃ。
頭では分かっているのに、足に鉛が詰まったみたいに動かない。
私は、「場面緘黙症」だ。
それは、現代にあまり知られていない精神疾患。
家などの安心できるところでは普通に話せるのに、学校などの外では一言も話せなくなるというのが、主な症状である。
症状が重い場合、体が緊張で固まる「緘動」が起こることもある。
今まさに、私の体には「緘動」が起きている。
「姫乃? 起きてるか?」
先生の声かけに反応し、クラスメイトたちの視線が、一斉に私に集まる。
突き刺さるような何十もの視線。
ツンと張り詰まったような静かな教室。
今はエアコンの静かな作動音しか聞こえない。
それだけで呼吸が浅くなり、喉の奥がカチリと凍りついたように固まっていく。
クラスメイトは次第にザワザワし始める。
「またあいつで止まった」
「何で喋らないんだよ」
「あの人、生きてるの?」
教室が静かなせいで、微かな話し声でさえ鮮明に聞こえる。
それで私は、余計に体に力が入る。
クラスのざわめきを感じ取ったのか、先生が口を開く。
「おい、静かにしろ。姫乃が読むんだから」
先生は、私を助けるためにそう言ったのだろう。
しかし、私にとっては逆効果だった。
(ちがう、ちがうの。お願い、注目しないで……っ!)
先生の言葉で、教室は再びしんと静まり返った。
だけど、それは優しい静寂じゃない。
クラス全員の「早くしろよ」という無言の圧力が、津波のように私に押し寄せてくる。
声を出さなきゃ。
「はい」って、一言だけでいいから……っ!
口を小さく開けても、喉から上へ、空気がまったく上がってこない。
目に見えない透明な手に、喉をきつく締め上げられているみたいだった。
焦れば焦るほど、頭の中が真っ白になっていく。
視界が急速ににじんで、教科書の文字が歪んだ。
耐えきれず、ぽろぽろと大粒の涙が机にこぼれ落ちる。
「……っ、……っ」
声にならない嗚咽だけが漏れて、私はただ、座ったまま泣くことしかできなかった。
もう、誰も見たくない。
何も聞きたくない。
私は現実から逃げるように、ぎゅっと、強く目をつぶった。
――温かい光が私を包み込んだのは、まさにその瞬間だった。




