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銀のドラゴン 外伝  作者: Aju
第1章 ハンター下条
15/28

15 ー魔道ー (鬼乃平柊子)

 くそムカつくぜ。あの、クソ常務。

 若い女が入社はいってきたら、全部自分の便所だとでも思ってるのか?


 あの新入社員の女の子、かわいいから目ェつけられたようだよ。可哀想にね——。っつか、今まで散々好き放題やっといて、また若い無邪気な女が入社はいってきたら、あっさりこっちは乗り捨てるってか?

 これまで、そうやって辞めてった使い古しが、何人いたと思ってんだよ。


 何が「環境問題に尖鋭的に取り組む新しいビジネス」だ。言ってることと、裏でやってることの落差、大き過ぎだっつの。

 NETで「告発」してやろうか——。


 ・・・いや、ダメだ。これまで撮りためられた助平映像を、リベンジポルノで拡散されるだけだ。

 しかも、向こうには実名どころか、実家の住所から出身学校まで、あらゆる「社内データ」が揃ってるじゃないか——。

 今思えば、あれは口封じのためのアイテムとして、撮りためられてたんだ。


 くそ!

 結局は、力かよ——。

 力の強いヤツの前では、力のないヤツは屈辱に甘んじるしかないのか・・・。


 その「力」を、私も手に入れようとして、ここまで我慢を重ねてきたんじゃないか。

 それが・・・やっと、いよいよこれから——って時になったら・・・。


 まあ、あいつにしてみりゃ、「だから」なんだろうね——。

 その「力」が、自分に届きそうになる前に——って意味もあるんだろうね。

 あのクソ野郎。

 マジで殺してやろうか?

 そうできたら、どんなにスッキリするだろう——。


 ・・・・・・・・・


 いかにも仕事ができるキャリアウーマン——といった風情のその女は、無表情な顔のファンデーションの下に、微かな殺意を塗り隠して信号待ちをしていた。

「わかるか? ああいうヤツが、最高のカタツムリだ。」

 ガライはフードの中で、口の端だけを曲げて笑った。

「見ていろ、シューコ。」


 ガライが片手の指を上げると、その周辺に渦を巻くようにして小さな赤黒い蛇が現れた。

 それを、すっと宙空に解き放つ。


 蛇は、その女の方にまっすぐ飛んでいって、左の耳にすうっと吸い込まれた。

 何も起こらない。誰も気づかない。・・・本人でさえ気づいていない。


 信号が変わった。

 女が歩き出す。

「あの蛇の中に、プログラムが入っている——。あとは見届けるだけだ。」




 翌日、政府の環境関連事業の受注実績を急激に伸ばしていた新進の企業の幹部が、社員の女性に殺害された——というニュースがマスコミを賑わせた。

 マスコミの格好の餌になったのは、その幹部が一部の女性社員に対して、自身への性的奉仕を「出世」の条件としていたことが発覚したからだった。


 なるほど。こうやるのか——。と、頭のいい柊子は、一度見ただけでその術の使い方を覚えた。

「殺されて当然のヤツだと思うだろ?」

 ニュースを見ながら、ガライはターゲットについてそう話した。

 柊子は特に何の感情もわかないまま、まあ、そうだな——と思い、いつも通りの無表情で軽くうなずいた。

「いいね。おまえは最高の殺し屋になれるぞ。次は、おまえが殺れ——。見ててやるから。」


 そうだ。

 これまでわたしが殺してきたヤツだって、殺されて当然のヤツだったじゃないか。と柊子は思う。


 ワタシハコロシテイイノダ


 そのための妖力ちからも、ここにあるではないか。

 わたしはもう、力のない子どもじゃない。


 13歳の柊子は、冷ややかにそう思った。




 柊子の仕事は、ガライが感心するほどに手際がよかった。

 ターゲットに近づくためのカタツムリを見つけるのも、ガライよりも上手いくらいだった。

 一緒に仕事をするようになって2年ほど立った頃、ガライは柊子に聞いた。

「おまえは、何か特別な感覚を持っているのか?」

「さあ・・・・」

 柊子はトボけたが、実は、見える。


 かつての「母親」にも、それは感じていたのだが、あの目出し帽の4人組を殺したときに、それは、はっきりと見えるようになったのだ。

 黒いもやもやが纏わりついているのである。


 目出し帽の連中には、頭や肩の周りに形の定まらない黒いもやが——、そして腰の周りには、もっとはっきりした大きなクモのような形のそれが、腹の側から抱きつくようにくっついていた。背中に、その爪を立てて——。


 ガライは、カタツムリの微表情やわずかな仕草から、(こいつ、不満を溜めてそうだ)と読むのだが、柊子にはそれが、頭の周りや膝の周りに漂う黒いもやとして見える。

「あいつ——。」

と柊子が指した人物は、ハズレがなかった。

 ガライは柊子を、便利な道具として重宝した。


 柊子もそれで構わなかった。

 仕事を任されれば任されるほど、妖力ちからの使い方も戦術の立て方も経験値が上がってゆく。


 強くなれる!


 強くなれば、いかなる者にも屈服させられない。

(いつでも、こいつの首を胴体から切り離せる)

 柊子がそう思うだけで、半グレでさえ媚びを浮かべて後じさった。

 『赤黒い蛇』は一般人には見えないはずだが、柊子のそれは、一般人にもその凶暴さを感じ取れるほどにエネルギーが凝縮されているようだった。

 あるいは、暴力の世界に生きている彼らだからこそ、そういう「気配」に敏感なのかもしれない。


 だからといって、柊子はそういう世界で「いい顔」をしようとはしない。

 作戦に必要で彼らを動かすために近づく以外、そういう暴力的な世界とも距離をとっていた。

 いや、そもそも柊子は、どういう人間集団にも近づこうとはしなかった。


 柊子は、笑わない。

 笑わないだけではない。怒りも、悲しみも、何ものもその美しいと呼べるであろう顔の表情には現れないように見える。

 ターゲットを殺す瞬間でさえ、常に無表情でいる。まるで、表情筋というものが全て死んでしまったかのように——。

 ただ、目が死んでいるわけではない。

 柊子の目は、その知性と思考力の高さを示すように、きらきらとよく動いた。


 ガライだけは、そんな柊子の顔面に表れる「微表情」を読むことができた。

 怒りも、哀しみも、嫌悪も、軽蔑も・・・、柊子の微表情はガライには豊かに彼女の内面の感情を伝えてきた。

 ただ、ガライにも読むことのできない感情が1つだけある。

 「喜び」だった。


 ガライは時々思う。

 こいつには、「喜び」という感情が欠落してるんだろうか?


 殺し屋を長く続けているガライにだって、「喜び」の感情くらいはある。

 美味いものを食った時なんかにも、生物の基本的感情としてそういうものは湧いてくるし、ターゲットを仕留めた時には、間違いなく「喜悦」の感情が自分の顔に表れていることも容易に想像がついた。

「おまえさ——。楽しみって、ねーのかよ?」

 ひと仕事終えた後、ホテルの最上階のレストランで食事をしながらガライが柊子に尋ねた。


 こういう場所に来るための服でさえ、ガライが選んでやる。

 そうでないと柊子はいつまでも、支給された黒いフードの付いたマントばかり着ているからだ。

 そのマントは、彼らの存在を一般人に気づかれにくくする「結界」の作用を持っているが、逆にそれで『白』どもに気づかれやすくなるとも言える。


 一度、結界作用が嗅ぎつけられ、『ハンター』に襲われたことがある。その時は、柊子が返り討ちにしたが危険であることに変わりはない。


 たしかにシューコは強い。

 ・・・が、こんなことばかりやっていれば、いずれはあのハンター下条に出くわすだろう。

 シューコにはもう少し「用心」というものを教え込まないと——。



 「おまえさ——。楽しみって、ねーのかよ?」


 ガライのその質問に、柊子はしばらく黙ってサーモンのムニエルを頬張っていたが、やがて・・・、一言、ポツリ、と答えた。

「殺すこと・・・・かな?」

 さすがのガライも、15歳の少女のこの言葉に継ぐべき言葉が思いつかず、腰が引けるようにして黙った。



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