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第16項 情報

「まぁ、座れや」

ボロボロのソファ。中綿は既に抜け落ち骨格だけになっている所を布で覆っているだけの代物。

どこかで廃棄されていたものを拾ってきたのだろう。

座り心地は最悪。

ゼクスの尻は硬い板にじっと耐えられない。

もぞもぞと動き、自分の手を尻のしたに置いて落ち着いた。

「こんな最悪の環境に連れてきて何を話そうってんだ?」

辺りを見回すと所々穴の空いた天井、細板をただ並べているだけの壁が目立つ。

「我が家に向かって最悪とは失礼なやつだな。環境が悪いことには否定出来ないが」

ガハハと豪快に笑う。

「協力者って言えばわかるか?」

「お前がかっ!?」

唖然とするゼクスの表情。驚き半分、笑い半分といったところだ。

「どんなやつか気にはなっていたが、お前だったとは――なんというか、がっかりだな」

「ひでぇ言い草だな……まあいい。最近何かと忙しそうだな」

「まあな。お前も知ってのとおり、サラマンダの出現やらなんやでゴブリンの手を借りたいぐらいだぜ」

ゼクスはやれやれ、と手を上げる。

「そっちの件も大変そうだな」

「ん? そっちの件?」

勝手に今回のサラマンダーの出現についての話だと思っていたゼクス。どうやらそうではないことに引っ掛かりを覚えた。

「サラマンダーの案件で話があるんじゃないのか」

「ああ、俺はまた別件だ。俺程度があんな奴に叶うとは到底思えん。そっちは任せる」

と、潔く宣言した。

「それよりゼクス。最近供物賛成派が増えていると思わないか?」

「――そうだな。初日に比べてだいぶ増えたな」

「錯乱の呪符って知ってるか?」

バルガスの発言にゼクスは言葉を失う。

錯乱の呪符ーー取引を制限されているものだ。

特殊な魔力が込められ、魔術を行使できない生物でも、これを使うと相手を意のままに操れるという。

現在では裏ルートでしか取引されていない代物。誘拐、洗脳といった闇ギルドが主に使っている代物。

一時期大量流出したため帝国騎士団が一斉掃討。その後一般的には消えたがやはりそんな便利なものが断絶される訳ではなく一部、裏ルートで取引されている。

ゼクスも掃討作戦にも参加していたから、その存在を知っていた。

そんなヤバい代物を彼の口から出るとも思わず、事態の重要性がだんだんと分かってきた。

「賛成派が増えてるのはそれが原因か。元凶に心当たりはあるのか?」

声のトーンがひとつ下がる。

「はっきりと、じゃあねぇが『商人が絡んでる』ことには違いねぇ」

ゼクスの脳裏にミーナが浮かぶ。

(まさか、な……)

金にがめつい。しかし悪事に手を染めることは決してしないのが信条だ。

だがどこか心の底で信じきれない自分がいる。知っているからこそ見えてない事もある。

ゼクスは黙り込んでしまう。


ふいに幼い子供たちがじゃれ合いながら部屋に入ってきた。

「こらこら、今は大事な話してんだ。向こうで遊んでな」

バルガスは子供たちを抱きかかえると、部屋の外に追いやる。

「すまん、まだやんちゃでな。手に負えないんだ」

「いまの子は? お前の子供って訳じゃなさそうだが」

「まぁ、そうだな。見ての通りのスラムだーー」

バルガスは語り出すと少し哀愁漂よわせる。

「まだ厄災戦争の爪痕が残ってるってことだ。自分が食っていけないからって子供を売りに出すんじゃ世も末だな」

バルガスは嘲笑する。

「俺もおんなじような育ちだからな。なんつーか、放っておけねぇ」

バルガスは奴隷として売り出された子供たちを匿って保護していた。

次第に規模が大きくなり手に負えなくなったところをリリィが援助し始めたということらしい。

「なんだ、そんな状況なのにあんなバカ騒ぎしてたのか」

「まぁ、アレだ。久しぶりに大金が入って気が大きくなってたんだ」

「それだ。その案件ってのは何だったんだ?」

前のめりに問いただす。リリィにも聞いたところそんな大金を扱う案件は来ていなかった。

となると、個人的な依頼。それも酒場を通さなくても済む権力者。

「あん? なんかの魔道具を領主邸に運ぶ簡単な仕事だったぜ。『これで生活の足しにでもしてください』なんて言って金貨たんまりくれたんだからよ」

「それ、バルガスだけか?」

「んや、結構な人数はいたかな。上手い話に乗れてラッキーだったぜーー」

バルガスはペラペラとその時のことを自慢げに話すが、既にゼクスの耳には届いていない。

魔道具のことも気にはなったがそれよりも物価を上げつつ金をばらまく領主の動向が気に食わなかった。

何故そんなことをするのか?

そしてこのタイミングでのサラマンダー出現。

偶然として片ずけるのはあまりにも軽率な判断だ。

「おっと、ガキどもの世話しなくちゃいけねぇ。悪いが行くぞ」

バルガスは一通り話終えると立ち上がる。

「ああ、助かった。またなんかあったら教えてくれ」

バルガスが短く返事をするとゼクスは外に出た。

 

日も落ち、ディネールに夜の帳が舞い落ちる。

肌を撫でる潮風はひんやりと冷たく、ゼクスはフードを被り、歩を進めた。

宿屋に向かったゼクス。デギンズがいつもどおり出迎えた。

彼が来ることを予期していたようで、ちらりと顔を見ると、親指で店の奥ーーバーの方ーーを指す。


アルがカウンターでグラスを拭いていた。

 店内には彼女とカウンター席にもう一人いるだけで森閑としている。

「やっぱりここにいたか」

 カウンター席に座っていた先客――ミーナの隣に座る。

「あんたこそ、ここにいれば会えると思ってたわ」

 牛乳が入ったタンブラーを前にミーナは振り向かず答える。

 アルはゼクスの前に樽ジョッキとボトルを置くと一礼。そのまま奥へ行ってしまう。

 誰も聞いていないことを確認するとミーナは口を開いた。

「状況は芳しくないわね」

「らしいな」

 と、答えながらゼクスは樽ジョッキにエールを注ぎ、一気に煽る。

「まず最初にひとつだけ聞いておきたい――」

 少し間を置いて――

「――ほんとに信用していいのか?」

 ゼクスの問いかけには無言で答える。

 横目で顔を伺うが、なんの変化もない。

 ゼクスは懐に手をいれて湿気ったタバコを一本取り出す。口にくわえて火を点け一息吐く。

 緊張をほぐすために。

 今回の件は確実にミーナ絡みだ。悪事を働く人物ではないとわかっているものの、心から信用は出来ていない。

「信用するもしないもあんたの勝手よ。でも、一言だけ言うと」

 顔をしかめるミーナ。唇を噛み締めて

「今回はあたしも我慢の限界よ」

 静かに低い声を轟かせた。本気で怒っている、初めて見るがひしひしと底の見えない井戸を覗き込んでいるような感覚を覚えた。

「それで、そっちの抱えてる問題は?」

「……裏切り者がギルドにいる」


 そんなところだろう。ゼクスは心の中でそう思った。

 ミーナの発言には驚きもしなかった。考えられる要因の一つ「ミーナの監視外で裏の取引をしている」ことが予想できたから。

「あたしたちは真っ当な商売で食ってる。だから信頼されるし今じゃ規模も大きくなってウチのギルドが絡まない取引は無い……と言ったらいいすぎかもしれないが…… これはそんな取引相手も裏切る行為だ。あたしは絶対に許さない」

口調は穏やかなのだがやはり何処か真に迫る迫力を感じていた。

「それでその『ヤバイ代物』っていうのは?」

「錯乱の呪符だ。多分ゼクスも今追ってるだろ? なら目的は合致するな」

 真摯に見つめるミーナ。

 ゼクスは横目で様子を伺いながら

「ああ、異論は無い」

と言って、灰皿にタバコを押し付けた。


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