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第17項 蒼天の帆

 バーカウンターにコインを置き、ミーナと共に宿を出る。

 すっかりと夜闇に包まれた夜のディネール。職人街を二人で並んで歩く。

 石畳をカツカツと叩く音だけが静まり返った町並みに反響する。

 いつ

もはこの時間帯でも人通りは多いのだが、サラマンダーが現れてから徐々に少なくなっていた。そして供物――賛成派が増え、傍観している住民も不安で夜道をあるこうとはしなくなってしまっていた。

 そんな寂しげな町並みを思い思い歩くゼクス。ミーナが立ち止まるとゼクスも歩みを止めた。

 夜空にそびえ立つ三階建ての建築物。それは他の建物と比べてもひときわ目を引くものだった。ゼクスも存在自体は知っていた。酒場から広場を眺めた時に視界にいつも入っていたのだ。

 『蒼天の帆』と丁寧に書かれた看板で目的地がここだと理解する。

「随分とでかいのな」

「まあね。それなりにディネールには貢献してるから」

 何でもないように淡々とぶっきらぼうに答えるミーナ。

 それにしては外見は随分と簡素で装飾は最低限。ただでさえ大きい建造物だからこれ以上町並みを壊さないようにと、配慮したのだろう。

 ミーナはドアノブを押して、中に入っていく。

 ロビーは外見とは逆に装飾をふんだんに使い、豪華な造り。フロント、待合室、ラウンジ――どこも帝都の一流ホテル並みの代物だ。

 帝都に住んでいたゼクスでも内装に視線を泳がせてしまう。

 ミーナはフロント嬢と何やら話始めていた。

 物珍しさでながめて、ラウンジに視線を移す――ゼクスに手を振る人物。

「よお、にいちゃん。久しぶりだな。こんなところになにしにきたんだ?」

 先日朝市で知り合った露天商――ラルフがゼクスに気がついて手を振っていた。

「ちょいとここのボスさんと話に来ただけだ。あんたこそ何してんだこんなとこで」

 見るからにふかふかなソファに座っているラルフ。対面には見知らぬ男。

 彼らのテーブルまでいくと、もうひとりの男をちらりと盗み見る。

 薄笑いを貼り付け、何を考えているかわからない糸目。深緑の髪を真ん中で分け、姿勢よく椅子に座っていたその彼を見た瞬間、ゼクスは嫌悪感を抱いた。

 いつしかじっと観察するように眺めていたゼクスの視線に答えるようにラルフが彼を紹介し始める。

「ああ、彼はディネール領の商人たちを統括しているロクスティっていう人だ」 

 ラルフに紹介されるとゼクスに顔を向け立ち上がる。

 そして丁寧に片手を胸に当ててお辞儀をした。

「初めましてゼクスさん。あなたのお話はミーナさんとラルフさんからかねがねお伺いしておりました。以後、お見知りおきを」

 騎士とは別方向に丁寧でゼクスは思わず顔を引きつらせた。

「お、おう。ゼクスだ。――ところで商人の統括って具体的に何をしてんだ?」

「簡単に説明致しますとマーチャント……商人のことですね。ギルドに所属している個人業の方のヒアリング――面接ですね。を行い、悩み事や解決方法をお話します。よく一般的にコンサルティングと呼ばれる業務を行っています。……他にはキャラバンの護衛を手配したりなど、マーチャントが活動しやすいように支援するのが主な仕事内容です」

 途中から――いや、最初の方からなにを言っているのかわからなくなったゼクスは首をかしげ曖昧な返事を返す。

「よくわからんが、この前襲撃されたキャラバンの護衛はあんたが手配したのか?」

 ロクスティは両手を腰の後ろに回して組む。

「はい、そうです。私の浅慮が災いし、多大なご迷惑をおかけしたことをこの場をお借りしてお詫び申し上げます。本当に申し訳ございませんでした」

 腰を90度に曲げて深々と頭を下げる。

「いや、俺は別にかまわんし、謝る相手が違うんじゃねえのか?」

 ロクスティから視線を外して、そっぽを向いて呟く。同時にミーナが話を終えてこちらを見ているのが視界に入ってくる。

「じゃあミーナも待たせてるし行くわ。ラルフ、またリンゴでも買いに行くからな」

 未だ深々と頭を下げているロクスティを無視して、ラルフに声をかけた。彼が短く返事を返すのを聞き届けると、ミーナの待つフロントに歩を進めた。


 

 子供っぽく腕を組んで待っていたミーナ。ゼクスが「待たせたな」というと短く返事をして、フロント横――奥へ続く通路へ入っていった。

 そこでゼクスは気がついた。3階建てなのに、上へ続く階段がないことに。

 建物の大きさ的にどこかしらにあっても良さそうなのだが、ラウンジにはそれらしきものがなかった。景観を損なうからと勝手に思ったいたがそうではなかったようだ。

 通路の先は小さな円形のホールになっていた。大理石で出来たその空間は扉一つなく、さらに奥へ続く――先は真っ暗で見えない――道しかない。そこには門番が二人、背筋を伸ばして仁王立ちしている。

 ゼクスは周囲を見回しながら進む。

 すると、どこからともなく人が現れた。見た目でわかったがどうやらギルドメンバーの一人のようだ。

 つづいて商人が次々と現れてラウンジへと向かっていた。

 ――転移魔法。転移魔法は戦争にも活用されていたため研究が最優先で行われていた。そのため、こうして実用されている。

 それは超短距離に限ってのはなしだが……

 長距離転移は国家魔術師でも使用できるのは限られる。その人物も裏切られないよう監視とともに、国で手厚く保護されていた。

 実用されていると言っても設置には莫大な費用がかかる。ひとつ設置するのに片外れの田舎なら数ヶ月は過ごせるほどだ。

 セキュリティ面で最高峰と謳われ実質騎士団で使用したことはあった。

 ゼクスはこのギルドがどれだけ大きな組織なのか悟った。

 気づけばミーナは何やら門番に耳打ちしていた。いつの間にか離れていたので小走りにミーナのところへ。

 門番はひとつ頷くと気を付けの姿勢で、また同じように職務に戻る。

「ここからは絶対に離れないようにね。二度と出てこれなくなるかもね」

「え……マジか」

 冗談で言っているわけではなさそうだ。

 ゼクスは黒い靄がかかったような通路をすすむ彼女の小さな背中を見失わないように慎重に進む。

 一歩進むたびに息が苦しくなるような感覚。だんだんと呼吸が浅くなり、酸欠状態になっていく。目の前がくらみそうになると同時に、視界に明るさを取り戻した。

 二人でいるには広く感じる一室。紙とインクの匂いが充満した部屋に足を踏み入れると息苦しさは泡沫の夢のようにすっかりと消え去っていた。

 部屋の奥には見るからに高そうな年期の入った書斎机。綺麗に整頓された机の上には羽ペンと書きかけの書類が置かれているだけだった。

 唯一陽の光を取り込む大きな窓を背に、ミーナは机に備え付けられた革張りの椅子にちょこんと、座る。

「適当に座って」

 ゼクスは促されると対面に置かれてた来客用の椅子に腰を下ろした。

 座ると壁一面の書籍の量に圧倒される。窓側の壁以外は本棚。それも分厚く難しそうな本ばかり。上の方も取れるように棚にかけるタイプのハシゴがいくつも立てかけてあった。だが全体的圧迫感を感じる――というのも、壁が低く設計されていた。ミーナの慎重に合わせてだろう。

「ここがお前の私室か? それにしては趣味に合ってないように見えるが……もっとこうおもちゃとかいっぱいあって――」

「失礼ね……」

 と言うと、ミーナは部屋を見回す。どこか追憶を思わせるような表情で。

「元々はお父さんの私室だったから……」

「…………」

 ゼクスは何も言えなかった。気の利いた言葉も思いつかずただ、呆然と彼女の思いに馳せていた。

「それで、ここに連れてきたのは呪符のことだろう?」

 流れる沈黙に耐えきれず本題を切り出す。

「そうだった。ところでゼクス。さっきのラルフとは知り合いだったの?」

「前に朝市でリンゴ買って、それで知り合った」

「ふーん。それでラルフはどんな人だと思った?」

 その問いに口を開きかけると--すぐさま紡ぎ、瞬時に眉を寄せた。

「……まさかあいつが?」

 ミーナはゆっくりと深く首を縦にふる。

 思い返せばリンゴを買っただけの間柄だったが、そんな闇の世界に精通しているような人物に到底思えなかった。

「その予兆は見せてる。だから少し警戒して見張って欲しいの。できる?」

「……やるよ。俺も納得できない。あいつのことを詳しく知ってるわけじゃあないが、そんなことをするような人間だとは到底思えない。――俺の安眠のためにもやってやるよ」


 

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