『自由を知る前の籠の鳥は飛び立てない』ロラン×リリアンヌIF
玄関の扉が開く音に僕は寝台から飛び起きた。彼が帰ってきたんだ。僕は髪の毛を手ぐしで直して、スカートのシワを伸ばして、彼を迎える支度を整える。
「リリアンヌ」
彼が僕の名を呼ぶ。僕は急いで笑顔を作って 、おかえりなさいと言った。
シャツの前ボタンを外して首元をくつろげる彼。ロランは今日もまたお酒を飲んで帰ってきたようだった。
「酔ってるの?」
そう聞けば、少しだけな、と返ってきた。
彼は少し乱暴に僕の手を引っ張って、ベッドの上に押し倒した。そしていつものようにシーツの海に寝そべって、僕に膝枕を要求する。
重い長剣を思いのままに振り回す彼は、背が高くてガッシリしている。でも、ベッドはふかふかだから、体の大きな彼に乗っかられても痛くはない。
長くなった僕の金髪をすくって愛おしそうに口づけた。
「次の旅は少し長くなる。……お前も連れて行けたらよかったのにな」
「連れて行って」
「ダメだ。ここから出すとお前は逃げるだろう」
「逃げないよ」
僕がそう言っても、ロランは首を横に振るばかりだ。彼は僕が逃げ出すと思っている。この館に閉じ込められた僕には、そんな手段はないのに。
僕は彼の元婚約者で、家のために彼に差し出された生贄だった。
それなのに、亡き父母の代わりに養育者となった叔父叔母は、王命を果たすためにその約束すら反故にした。
だから今の僕は、婚約者ですらなくなった、ただの奴隷だ。捕まったときに肩に押された焼印が示すとおりに。
彼、ロランに何をされても逆らうことはできない。元々、そんな力もない。
ずっと部屋に閉じ込められている僕が自由にできるのは、考えることだけ。
僕の仕事は、時々帰ってくる彼のお世話をして、話し相手になって、そして膝枕をして頭を撫でてあげること。
最初、捕まったときには殴られたけど、この部屋に移されてからはロランは僕に暴力を振るうことはない。
僕と彼の約束は3つ。
逃げないこと。
笑顔でいること。
彼の要求を拒否しないこと……。
「リリィ、お前のためなら魔王を倒してやると言ったよな? 覚えているか」
「覚えている。それは王の命令でもあるでしょう? 貴方の役目だよ、ロラン」
「フン、そんなもの! それより、リリィ、国が欲しくないか? オレが国王になれば、花でも宝石でもドレスでも、好きなだけやるぞ。……だから、オレのものになれ、リリアンヌ」
「僕はとっくに貴方のものだよ?」
僕がいつものように答えると、ロランは喉の奥でうなった。
僕の服を脱がせて、全身に口づけを落としていくロラン。それでも彼は最後まで僕を抱くことはしない。
「ああ、リリィ……オレを愛していると言え」
「愛しているよ、ロラン。僕の勇者さま」
ロランは苦しそうにうめいて、僕をきつく抱きしめた。
……。
…………。
………………。
眠ってしまった彼の額にかかる黒髪を指でどけていく。僕より年上の、大人の男性なのに、彼の寝顔はとても幼く見えた。
外の木々が枝を揺する音が大きく響いている。窓から世界を見上げると、格子窓がまるで鳥籠みたいだ。
月はもうすぐ満ちて完全な円になるだろう。僕はそっと祈った。
どうか世界が救われますように。
そのためになら、命だって惜しくはない。僕のすべてを捧げているのに、ロランは動いてくれないのだ。あんなに力を持った人が。
これ以上、僕にはあげられるものがないのに。
月よ、どうか彼の望みを教えて下さい。そして、それを叶えさせて下さい。
僕はどうなっても構わないから。