十一話〈クロスオーバー:アリシャ=マッカートン〉
森を駆け抜けている途中で十傑の三人が抜けた。白組の十傑の相手をするためだ。最後の一人は敵陣で守りに入っているというのは残り四人の共通見解だ。
敵陣が見えてきて、聖蘭が三人の前に出た。
「先に行くぞ」
「ええ、お願い」
アリシャと聖蘭の目があった。二人で同時に頷くと、瞬く間に聖蘭の姿が消えた。
突如、アリシャが何者かの攻撃を受けて離脱することとなった。高速で懐に飛び込まれたため、誰なのかを確認する時間はなかった。
「先に行って!」
龍灯と夢を行かせて、自分は攻撃の主と対峙する覚悟を決めた。本当ならば自分が旗をとりたい。旗を取って、一騎に抱きしめてもらうという想像までしたのに。
拘束を振りほどき別々の位置に着地した。
「ようやく二人きりになれましたね」
「アナタ……誰?」
「灰村爽夜と言います。以後お見知りおきを」
優雅に礼をする爽夜を見て、アリシャの右眉毛がピクリと反応した。この男が一騎を陥れようとしているのだと考えるとその反応も当然だ。しかしそれを彼に悟られてはいけない。もしもバレてしまえば、一騎に対しての風当たりは強くなる。
「私はアリシャ、アリシャ=マッカートン」
「知ってますよ。」
「そう」
逃げることも脳裏を掠めた。一撃食らわして夢たちと合流することも考えた。でもそれでは意味が無い。動けなくなるまでやるか、こちらで自分が爽夜を引き付ける以外の選択肢はとれない。
髪が長く古の鎧を身にまとった女性、ムラクモを召喚して【剛毅なる豪剣】を発動させる。他の祠徒を使うつもりはない。理由は簡単で、先日のような出来事があった場合に対処できなくなるからだ。先日の出来事とは連続猟奇殺人犯のことにほかならない。
「それが貴女の祠徒ですか。でも全部ではありませんよね?」
「全部は使えない。私にもいろいろある」
「なるほど。それでは、僕は全力でやらせてもらいましょう」
爽夜の口端がつり上がった。また、アリシャの右眉がピクリと動いた。穏やかな口調とは真逆に、彼からはにじみ出る嫌味がある。
「クラーク」
爽夜の背後に細身の男性が現れた。その瞬間、アリシャの身体が引き寄せられる。
それならば好都合と【剛毅なる豪剣】、つまり大剣の切っ先を相手に向けた。
「レン」
祠徒の名前を呼び、地面に足で円を描いた。その円が障壁となりアリシャの剣が深く刺さる。
「僕はね、容赦ってしないたちなんだよ」
一度【剛毅なる豪剣】を解く。側面から回りこまれ、爽夜の腕が伸びてくる。服に触れられるだけで済んだが、判断が少しでも遅れていたら掴まれていただろう。
彼の祠徒を一つ一つ分析する。斥力を利用する祠徒と、描いた線を障壁にする祠徒。この二つの特性は把握した。話には聞いていたが、ここまで発動条件が簡単だとは思いもしなかった。
彼の残り二人の祠徒も情報だけは知っている。確か物質の重さを変えられる祠徒と、指先で文字を読める祠徒。前者は危険だが後者は問題ない。
「チェックだ、アリシャさん」
グイッと地面に引き寄せられた。正確にはアリシャ自身ではなく、彼女が着ているトレーニングスーツだった。
トレーニングスーツのせいで腹ばいにさせられた。先ほど触れられたせいだということはすぐにわかった。わかっても後の祭りだということもわかっている。
奥歯を強く噛んだ。
一騎のためにここまできたのに、彼の役に立てないまま、自分が嫌うタイプの男に屈しようとしている。爽夜にもそうだが、この状況になった自分にも苛立った。
「貴女は強い。先日の体育も手を抜いていたでしょう? 見てましたよ。手を抜いた末にあの安瀬神聖蘭に負けたところも、ね。だから、貴女が強いのは知ってるんです。あの身のこなしだけじゃない。事前情報も欠かさない。貴女が前にいた学校の情報もあるんです。そんな貴女に対して一騎打ちで勝てるとは思わなかった。こんな卑怯なやり方で申し訳なく思いますが、ここは諦めてください」
ニヤニヤ笑いながら、ゆっくりと近付いてくる。
こんな人に、一騎は今まで嫌がらせを受けてきたのか。一騎には言わなかった、夢からも龍灯からも話を聞いていた。だから余計に悔しく、腹が立つ。今すぐにでも立ち上がって横っ面をひっぱたいてやりたい。倒れた爽夜を踏みつけてやりたい。でも、それができない。
「いやあ、いい姿ですね」
いやらしい、家畜を見るような目がアリシャの身体を舐めた。
なぜ、今立ち上がれないのか。それはスーツを重くされているから。強化している身体でも、身体を数センチ浮かせるくらいが限界だった。
そうだ、服が重いだけなのだ。
「――やまって」
「なにか言ったかい?」
「あやまって」
「謝る? 誰に?」
「決まってるでしょ」
両手のひらを地面につけて、ちょっとずつ身体を持ち上げる。
「それ以上はやめておいた方がいい。スーツが破けますよ?」
「だから、どうした!」
ビリビリと破れるスーツ。しかし彼女は気にしない。
「イッキに!」
みるみるうちに爽夜の顔が青くなっていく。
「あやまれええええええええええええええ!」
駆け、踏み込み、打ち込む。ボディブローまでにそこまで時間は必要なかった。
「ぐあっ……!」
よろけながら、爽夜はもう一度地面に弧を描こうとする。その行動を咎めるように、左手で襟元を掴んで引き寄せた。
「二度目はない!」
彼の襟を上に持ち上げ、自分は懐に潜り込むように身体を丸めた。完全に密着したのを確認してから、もう一度同じ場所へと拳を叩きつける。
「――――!」
声にならない。口を二度三度と開閉し、そのあとで足元から崩れ落ちていった。
「もう少し当たりに強くならないとダメ」
襟を離すと、ズルリと落ちる。白目を剥いているため、続行不能であるとアリシャは思う。
今回、一騎は自分から理人の相手を引き受けた。本来ならば敵対している爽夜と戦いたいはずなのに。
アリシャはこれも巡りあわせだと考えるようにした。一騎ができないのであれば自分がやってやる。人の気持ちを踏みにじるようなマネを許してはおけない。特に、それが惚れている相手であればなおさらだ。
「仇は、とった」
ふいっと顔を背け、そのまま旗の方へと走り去る。自分が今下着姿だということも忘れ、ただただ彼のために駆けていく。早くしなければいけない。なぜならば、一騎は安瀬神理人には絶対に勝てないからだ。万に一つの勝ち目もなければ、長時間拘束しておくこともできないと知っているから。最初から、この勝負は「理人を旗に近付けさせない」ことが目的ではない。「こちらがいかに早く旗に到達するか」が鍵なのだから。




