坂の向こう側には何がある?
「ねぇねぇ、健児、ちょっと、あれ見てよ」
健児に、ある物を見せようとすると、
1つの窓を共有するわけだから近づいてくるわけで、
分かっていたつもりだったけど、少し照れくさかった。
「あぁ、あれね、今流行っているらしいね。ロードバイクって言うんだ」
「そう、名前は何でも良くてさ、ほら見て、必死な表情なわけじゃない。
そこまでして、登ってる姿を見てるとさぁ、
あんな本格的な自転車だとしても、キツイものなのかな?」
「う~ん、僕はママチャリしか乗ったこと無いから分からないけどさ、
そりゃまぁ、自転車は自転車だし、エンジンも付いてないし、
みるかぎり電動でも無いみたいだし、やっぱりキツイと思うよ」
「やっぱりそうなんだ。だから、あんなに大きく口を開けてさぁ、
誰か見てるかも知れないのにさ、必死の形相で登っちゃってるわけじゃない。
この坂を登ったとしても、頂上でさ、恋人が立って待ってるわけでもないわけでしょ?」
「いや、それは、わかんないよ」
「いやいや、いないって。あんなピッチピッチな格好で
デートに現れたら引くって、ね、そんな人いないでしょう?」
「いやいや、世界は広いからね」
「だ、か、ら、だれも世界レベルとかの話じゃなくてさ、日本レベルでの話だよ」
「まぁ、いないのかも知れないけど、それよりも、なんで、
そんなにムキになってんの?」
「そ、そうだよね、なんかごめんなさい。ほら、あんな姿を見せられてるとさ、
なんかさ、必死になって坂を登ってるし、バスの中で私は何をしてるんだろ?
なんて思っちゃったからだと思う。それと、必死になって登っる
姿を見てたら、こっちまで何だか燃えてきたというか、体が熱くなっちゃったみたい」
「うんうん。分かる分かる。本当だよね。何があそこまで、
彼を追い込んでいるんだろうね」
「・・・・・・うざ」
「ちょっ、なんで、なんでそうなる?」
「だって、知ったかぶりすんだもん」
「しったかぶりって・・・ひどくない?」
「でも、私は分かったからね♪」
「分かったって、なにさ、言ってごらんよ」
「仕方ないから、教えてあげるね。あの坂を越えたら、
きっと何かがあるんだよ、そうだよ、必死にならざるえない何かがあるんだよ」
「・・・いやいや、普通、登ったら後は下るだけだから何もないって」
「ふふふっ、甘い、甘ちゃんだよ健児は・・・見ててごらん。
って、何処を見てるのだよ、違う違う、彼を見るのでは無く、
私の行動を見てなさい」
「えっ、えぇっ、なんで彼じゃ無くて、ハナを見てなくちゃ・・・
ちょっ、なんで立ち上がった?席を立つのは、
バスが止まってから・・・って、えっ、なに、ボタン押しちゃうの?」
「そ、坂を超えた先に、何があるか確かめるためにね」
ピンポン。次停車します。
「ハナ、有り得ないって、目的を見失ってるって」
「安心して、心配しなくても大丈夫だから」
「別に、少しなら、寄り道しても良いけど・・・」
「ほんと、有り難う。さぁ、長らくお待たせしました。
もうすぐ目的地へ到着いたします」
「次は、美しが丘美術館前、美しが丘美術館前、お忘れ物の無いよう注意下さい」
「なんだよ!心配してそんしたよ。でも、美術館って以外だった」
「さて、どうでしょうか」
「もう、勿体ぶっちゃって・・・」
「えっと、えっと、料金は・・・」
私は料金表を見上げていると、黒い影が私の前へ割り込むと、
「二人分ですから」
健児よ、そんな姿を見せて、格好いい事をしたなんて思ってるんだろ?
でも否定はしないからな。安心しろよ。
手持ち無沙汰の私は、嬉しい気持ちを車掌さんにも分ける事にした。
「おつかれさまです」と、挨拶をすると、
すぐさま車掌さんからの返事は返ってきた。
「楽しんできてね」
その声には優しさと暖かさが感じられたから笑みがこぼれる。
でも一つ残念だったのは、車内放送にて乗客全員に聞かれたのが恥ずかしくなり、
「はい・・・」と、吐息のような返事をしてしまったから。
私がバスから折りて見ると、先に降りていた健児が背伸びをしているようだ。
「着いたんだよね。美術館って久しぶりだな、何年ぶりだろう」
そして、準備体操のような事を始めたから、
こっそり、健児から離れていく。
「ねぇハナ・・・って、置いてけぼりかい」
「ちっ、ばれたか・・・」
「そこ、悔しそうにしないよ」
「ところでさ、健児は、絵とか好き?」
「好きか嫌いかと聞かれると、どちらかといえば好きな方かな」
「へぇ、そうなんだ」
「それより、ねぇ、なんか今日、人少なくない?
もしかしたら休館日とかじゃないの?」
「ん?多分やってるとおもうよ」
「えっと、なんで、他人ごとみたいなの?」
「だって、美術館なんて入らないもん」
「へっ、またまた、なに言っちゃってんのさ」
「だから、美術館には入らないよ。
ちょっと、肘で突くの止めてよ、恥ずかしいじゃない・・・」
「いいじゃん、いいじゃん、人なんていないんだし。って、まじで入らないの?」
「大丈夫、大丈夫、着いてきたら分かるから」
美術館の存在感って凄いもので、背にして歩いているのに、
何故か戻って入りたくなるから、そう言う事も計算に入られてるんだろうな。
なんて思ってもいないような事を思い描きながら歩いて行く。
元々山を切り崩して作られているので、山の斜面を降りていく為に、
丸木が階段代わりに打ち付けられていて、足を乗せる箇所は真っ直ぐというか、
ギザギザにカットされており、雨の日でも安全に降りること出来そうだなぁ、
なんて思いながら降りていく。
「ほらほら、ねぇ、見て。あそこ。違う、あそこだよ、
リスが出迎えてくれているんだよ」
「えっ、どこどこ?」
「ほら、あそこ、ちがうよ、こっち」
私は健児の手を掴みとり、目標物目掛けて移動させる。
「ちょっとぉ、もう少し、人差し指伸ばしてみ」
「えっ、あ、はい」
健児の人差し指を看板に向け狙いを定める。
入り口は鬱蒼と茂った木々の一部分がくり抜かれているようになっていて、
ちょっとしたアーチ状のようになっていて、
その入り口の上に、看板は取り付けられている。
「ほら、あそこ、見えるでしょ?」
「う~ん、看板らしきものは見えるけど、リスまでは見えないよ」
「もう!健児って、ほんと駄目駄目だよね」健児の手を振りほどくと、
「もう、ほんと、着いてきなさい」
「はいはい・・・遠すぎなんだって」
「なにそれ、はいは1回でしょ」
「はい・・・・・・」
遠目からだと小さく見えた入り口も、近づくにつれ意外と広いことに驚く。
うん、絶対に驚くと思う。だって私も、最初見たときは驚いたんだから。
そんな風に昔を思い出していたからだろう、急に懐かしい記憶が蘇ってきた。
ねぇ、パパ、リスがいるよ! パパ、一緒に入ろうよ。パパ・・・疲れたから抱っこしてよ。
「へぇ・・・思ったより、ちゃんとしてんだね」
ズコー、危うくこけそうになった。なんだよ大人ぶっちゃってから、
まぁいいや、これくらいは想定内だったから。
「ほら、どうこのキャッチコピー」
日本人の平均身長を考えているのか、
ちょうど見やすい位の位置に取り付けられている。
寄せ木を集めて作られている看板は、
2匹のリスに挟まれるようにして、森の小径と書かれている。
「ねっ、リスさん可愛いでしょ?」
すると健児は、イラストを指さしながら訝しげな表情を浮かべながら、
「もしかして、リスってこれの事?」
「そうだよ、なにか文句ある?」
「・・・いえ、滅相もございません」
「まさか、本物のリスが出迎えてる、なんて思ったとか?」
「う、うん」
「う、うそ。凄いね、そんな事を考えられるなんてさ、
健児ってもしかして縫いぐるみとか好きだったりするの?
「なんで、嫌いじゃ無いけど?」
「うほっ、思わぬ所で、乙女男子発見しました!」
「ちょっ、ちゃかさないでよ!」
「あっ、でも大丈夫だよ、私は好きだから」
「ほんと、じゃぁさ、こんど一緒にぬいぐるみとか買いに行こうよ」
「絶対に、い、や、だ」
「もう、冗談なんだからさ、もっとさ、こうさ・・・こう言ったら、
こう返してもらいたいからさ」
目の前に立っている人が何か説明していた。
本当はこんな人なんか見たくないんだけど、
自然と瞳の中に飛び込んでくるから仕方なく見ています。
こうだよ、こんなんだよ、ってジェスチャーを交えながら、
お笑いとは何なのか説明してますよ、
「ねぇ、聞いてるの?」
「はいはい、聞いてますよ」
別に○○大賞とか目指して日夜頑張っている訳じゃ無いんで、
ボケとつっこみを説明されてもね・・・。
なんだか眠たくなってくる。
でも、たぶん私のほうが、詳しいと思うけど、ここは何も言わずに、
一方的に喋って貰うことにしといた。
日頃のストレスがたまってそうだし・・・。
「さて、そろそろ、森の小径へ行きませう」
「えっ、うそ? まじで、中に入るの」
「折角来たんだからさ、森の小径を楽しもうよ」
「えぇ・・・まじで・・・」
この時の健児の見せた格好を、分かりやすく説明すると、
ヨガのポーズである「立ち木」で靴を気にしているようだった。
両手は上には上げてないけど。
だから、小さいよ、小さいんだよ健児。
「ちぇっ、楽しみにして来たのになぁ・・・」
「だってさぁ、この日の為に買った靴なんだよね・・・値段も思ったより・・・」
すまん健児。それも知ってる。ピカピカなんだもん。
でも、どうしても一緒に入りたいの。思い出の場所なの。
「えっと、どんなに高い靴でも、靴は歩いて貰うために存在してるの、
そして靴は汚れるために存在してるんだよ」
「うそ、まじでぇ! って、ちょっと間違えてる気がするけど・・・」
「はいはい、そうですか、そうですか、 一人で入りますから良いですよ!」
本気で怒ってたわけじゃ無いけど、森の小径を一緒に歩きたいから来たのに、
靴なんかに負けそうになったのが悔しくて、こんな感じに拗ねちゃっいました。
「ごめん、だから、ごめんって、一緒に行くから」
こんな風な答えが返ってくるのが分かっているので、
怒ったと思ったらもう笑顔に変わってるんです。
ねっ、私、甘えてますよね。
森の小径を進んでいると紅葉も進んでいる所と、
そうじゃない所があったので、独り言のようにつぶやいていた。
「もう少し後だったら、綺麗に紅葉していたかもね」
あと少しで色あでやかに変わるであろう葉っぱを優しく触る。
「紅葉か、もうそんな季節なんだね」
「なんか、感慨深そうじゃない。良い思い出とかあるの?」
「うん、あるよ」自信満々な笑みを浮かべて頷いた。
「へぇ、良いな。ちょっと聞かせてよ」
「いま」
「は、い?」
「ナウだよ、森の小径なう!」
あぁ、聞くんじゃ無かったよ。健児の小さい頃の思い出話を期待していたのに・・・
私の思い描いた時間を返して欲しいよぉ。
だから、こんな人のフォローは出来ないぞ?だけど、ディスる事なら出来ちゃうぞ。
「木とか草とか分かんないけど、僕が気になったり、
興味があったりするのは「花菜」君だけだからね」
「へぇ~、そうなんだ」
「なんか、あまり興味なさそうだね・・・」
健児よ、上手いこと要ったと思ってるだろうが、上手くはないぞ。
いや、どちらかというと、寒いんだぞ。私はポカポカになったけどな!
「冗談じゃ無くてさ、ハナと一緒ならさ」
「・・・・・・・・・うん」
「ご、ごめん」
「えっ、なんで? 怒ってないよ、怒るわけ無いじゃない。むしろ逆だし」
「逆ってなに、逆って、だって、口が尖ってるよ?」
「違う、違うよ、違う」
必死に首を振り続けて否定する。
「そんな、頭を振らなくても分かったから!」
私の頭は健児の手に挟まれるようにして止められた。
でも、急に止められたもんだから、瞳だけが左右に動いて、
なかなか焦点が合わなくて焦る。
直るまでにはそんなに時間は掛からなかったけど、
私の瞳は健児を見ることに反対しているようで、
なかなか見つめ合おうとはしない。
「だ、だいじょうぶ。安心して、怒ってなんてないから」
「ごめん、これから気をつけるよ」
「・・・・・・・・・・・・」
だから、怒ってないっていってるだろ、ほんと男心ってわからん。
でも、き健児もきっと同じ事を思ってんだろうなぁ。
そう思えた事で何かが外れたような気がして、
「くすっ」笑いが舞い降りて飛びだした。
「よかった、何か今日、ずっと変な感じだったから、
だからさ、ずっと待ってたんだよ。その笑顔が見たかったから。
そんな風に笑う君の事が好きなんだよ」
「えっ・・・・・・」
不意に凄い言葉と言ったらいいのか、浴びせられたと言ったら良いのか、
なんだか心ここにあらず状態に陥ったと言ったら良いのか、
と、と、取りあえず、健児の事を見たけど、
私の事を見ていなかった。
私の前にいるのに、何処か遠くを見ているようだった。
だけど、表情というか、顔面が真っ赤に紅葉している姿に、
「うれしいな、ありがとう健児」
私は何秒か待ってみた。お返しの言葉を待っていた。
だけど、健児の口から言葉が出ることは無く、
首を左右に2回振る仕草を見せるだけで幕を閉じる。
森の小径には、休憩場所とは名ばかりのベンチが備え付けられた箇所があり、
休憩している間でも楽しめるように設けられているのか、
「どんぐりの隠れんぼ」と書かれた看板が賭けられていた。
そしてこんな事が書かれていた。
「さぁ、枯れ葉の中から、どんぐりを探しだそう」
そして矢印が描かれ、矢印の方向を見てみると、
池のような物があり、作りは楕円形の自宅用子供プールみたいな感じで、
枯葉が水の代わりで、外枠は石で囲むような感じで作られていた。
大量に入っている落ち葉を目にすると、ついつい手を入れてみたい衝動にかられ、
表面は冷たかったけど、下の方へ行くに従って
温かくなり、時折、カサカサと音を立てる枯葉に心ときめいてしまった。
「ほらほら、そんな所に突っ立ってないで、おいでよ、楽しいよ」
少し恥ずかしそうな表情を浮かべながら近づいてくる健児は、
周りを確かめるようにしながら、枯葉の中に手を入れる。
「ほら、ねっ、温かいでしょ?」
「う、うわっ、結構楽しいね、これ!」
うはっ、健児がこんなに楽しそうな表情するのって珍しいなぁ。
こんな楽しいのに独占していていいのかな?
二人だけの世界に入り込んでいると、
こんな風に楽しんでいる姿って、
はた目から見ると「バカップル」と思われるのかな?
to be continued...