秘密だから
私たちの戦いは一時停戦協定が結ばれることになった。
戦いって言っても、エメリウム光線という名の戦なので、
大したことは無いのです。堅い握手をガッチリ交わすと頷き合う。
「健児、ここで降りるよ」
「えっ、何処いくのさ?」
「まだ内緒、一応サプライズってことで」
「はいよ」
先ほどまで、ぺちゃくちゃ喋っていたくせに、
こんな風に、短い会話になってしまうのには、
ちゃんとした理由が存在しているのですよ?
「じゃぁ、僕が先に降りるから」と耳に入ってきたときは、
焦ってしまいました。
「ちょっ、なにいってんの、行き先わかんないでしょ?」
「そ、それは、そうなんだけどさぁ、なんでそんなに焦ってるわけ?」
「うっさい!」
頬が赤くなっている所なんて見られたくない。だから私は彼の前へと
体を滑り込ませる。後ろから着いてきている健児の事は、
後ろを振り返ってまで確認しません。
そんな風に書くと、性悪とか思われそうだから、
説明すると、彼の事が嫌いになった訳では無く、
さきほどの理由があると言ったことに、ここからやっと繋がっていきます。
私の視線は、ショーウィンドを眺めたり、
煉瓦を眺めながら歩いています。
別に洋服が綺麗だなぁ・・・なんて思いながら見ているわけではなく、
煉瓦の目地が汚いなぁなんて思っているわけでも無くて、
映り込んでいる彼の姿を見ているのです。
それを見ることで、彼が側にいる事を確認しているのです。
それにくわえ、ときおり耳へ届く彼の息遣いや、服の擦れる音を感じながら、
近くに存在している事を感じながら歩いているのです。
でも本当はね、横に並んで歩きたいのです。
そんな風に会話が出来たら最高だろうな。
たまに見つめ合ったりしながら・・・もう、そんな事を考えているだけで、
天にも昇りそう。こんな考えは、今時、小中学生でも有り得ないし、
もしかしたら幼稚園生、はたまた幼児レベルなのかも知れないけど、
実際そうだから仕方ないのです。
高校生にもなって、初心というのもどうなのだろうか、
なんて思ったりするけど、そのうち何とかなるでしょ。
えっと、簡単な理由なんだけど、歩きながら話すのが嫌いというか、
苦手だからなのです。べつに性別は関係なくもないんだけど、
だからといって、他人にきかれてマズい会話なんてしているつもりはないけど、
なんか恥ずかしいと言うか、説明が難しいな・・・。
えっと、ほらほら、たまに興奮したりしてさぁ、
大きな声を出して注目を浴びちゃうみたいな経験あるでしょ?
ほらほら、周囲の視線がグサグサ痛いほどに突き刺さる事とかさ、
そりゃ、まぁ、もちろん。大声で話しているからであって、
悪いのは私だって分かっているから尚更、
だけどそんな時って、わたしじゃ在りませんよ、
みたいな表情を浮かべたりするじゃない。
でもさ、バレバレの時なんかは、少し畏まったりしちゃうわけよ、
そんで、どうしようもないときは、当たり前だろうけど、
頭を下げたりは一応しますよ。
だから、大勢の人が集まっている駅とか、街中とかじゃなく、
公園とか静かでしょ、静かな所で話すのが好きかな。
なんとなく年寄り臭いかも知れないけど、
井戸端会議は公民館!ではないけど、
知ってる人だけでさ、誰にも邪魔をされずに喋れる場所とかだと最高だよね。
なんて思ってしまうのだ。
でさ、大きな公園っていったら、あちらこちらにベンチとか在るわけじゃん。
広大な芝生も存在しててさぁ、考えるだけでドキドキしちゃうわけですよ。
その上に、人の目なんて気にせずに、ゴロゴロゴロゴロ転がったりして、
ついでに寝そべったりしちゃって、身内だけっていうか、
他人には分からない言語を使ったりしながらさダベルみたいな。
最高でしょ?
そんな、秘密の会話を楽しむ。
秘密なんだから、ひっそりと楽しみたい訳なんです。
なので、周囲の目が気になる所では、本当の自分が出せないと言う訳なのです。
と言うよりかは、出したくないのです。
我を忘れてしまうから・・・・・・。
でもね、今日は、特別そんな気持ちなのかも知れない。
だってさ、今日は浮かれているわけじゃない。
今日の私って、最高にハッピーなんだもん。
と、いうことだからさ、彼の問いや質問にたいして、
変な回答をしたりするのは仕方ないのですよ、
舞い上がっちゃっている訳ですからね。
ここでやっと横に並びながら話せない事に繋がる訳だけど、
実際に、一度も横同士で歩かないで済む場面なんて不可能に近いわけで、
まぁ私が、一生懸命ブロックすれば可能かもしれないんだけど、
そんな嫌がらせなんて出来ない訳でしょ、まぁ嫌いではないけど、
どちらかと言うと、ブロックしたいタイプなんだけど、
今回は仕方ないといったら良いのかな?
頑張って会話するつもりですよ。
たとえ何気ない会話になったとしても、
それでも、一生懸命なので、一応楽しむ事が出来ると思うんです。
でもね、そんな時って何を話したのかなんて覚えてないんです。
しかも自分が思ってもいない言葉なんかが、
口から飛びだしたりするもんだから、
冷や汗が出ちゃったりするんだけど、
健児が、ぜ~んぶ受け止めてくれたり、流してくれたり、
時折笑わしてくれるから、困ってしまうのです。
だって、そうされるから成長しないわけじゃ無いですか。
こんな事を、こんな風に書いてると、性格悪そうとか思われるかも知れないけど、
多分、実際、確実に性格が悪いんだと、自分でも自覚しているから、
何を言われても応えません。
でも四方八方から言われたら、多分泣きますけど。
だから私は、健児におんぶにだっこ状態だって事も知ってます。
えっと、忘れる所でした。
冷や汗なんですが、健児を見ていると蒸発しちゃっているのです。
あっ、少しのろけてしまいましたかね?
「痛い・・・・転んじゃった」
「もう、ドジなんだから」
「えへへっ」なんて、少女漫画のような、アクシデントなんて、
そうそう起こるわけないので、気がついたら改札を抜けていた。
普通、そんなものなんです。
外に出てみると、季節的には珍しいような陽気で、
心も躍りそうなんて言葉は、こんな時に使うのかな?
そのような天気に恵まれた事に、密かに感謝していると、
季節を間違えたのだろうか?何処かで虫が鳴いているようにも感じられた。
ねぇ、天気が良くて気持ち良いね。なんて見えぬ虫に話しかけながらも、
健児の事が少しも出てこないのは、決して気にしてないわけじゃないんだよ。
今は、別の乗り物に乗る為に、移動している最中なので、
健児は後ろに携えながら歩いてますから安心して下さいね。
「ねぇハナ、最近、天気悪かったから、きょうは最高のデート日和だよね」
「そうだね」
「さて、今日のデートは何処かなぁ?」
「さぁ?」
「・・・・・・会話が成立しねぇ」
「だねぇ・・・・・・」
はっ!今の返しは、流石に酷いように感じたから、
慌てて振り返ると、頭を抱え悶えている彼の姿を目にしたから、
「ご、ご、ご、ご、ごめんなさい。考え事していたもので、
ちゃんと聞いてませんでした!」
私はきちんと詫びているというのに、何故か彼の口調には、
何処か恥ずかしそうな声に、困惑というキーワードが加わり、
上手い具合にブレンドされているような口調で、
「ちょっ、ちょっ、こんな所で恥ずかしいから、頭を上げようよ」
「えっ、なに、頭って?・・・」
私の視線の先にあるものは、綺麗に整備されたアスファルトで、
日差しにより、よりいっそう輝いて見えた。
どうやら私はお辞儀をしてるようだ。
しかも、こんな公衆の面前で・・・ひえぇ・・・
恥ずかしすぎて顔を上げられないよ・・・・・・どうしよう。
でも、そんな辛い思いは、長くは続く事はなかった。
私の体が日陰になるにつれて無くなっていったから。
「へぇ、知れなかった。人のこと散々言ってきたけど、結構、天然なんだね」
頭を優しく撫で付けてくれる彼の手の暖かさを感じながら、
「・・・・・・うっさい」
「やっと、何時ものハナに戻ったね、やっぱりハナはそうでなくちゃ」
「・・・もう、ばかじゃないの」
もう、バカ健児のせいで、泣きそうじゃんか、
何時まで経っても、顔を上げられないじゃんか。
「はい、ヨチヨチ。恥ずかしくない。恥ずかしくないぞ」
「・・・子供扱いすんな」
「ほんとは、嬉しいくせに。よちよち」
私は犬かペットか、私の脳裏に、ムツゴロウさんの動物にたいする
愛情表現が浮かんできた御陰で、血の気が少し引いてしまった。
それと、ほぼ同時ぐらいに、頭からも手の暖かみまでもが消えていくのを
少し残念に思う気持ちで、顔を上げて彼の事を見る。
「くぅーーー」
健児は気持ちよさげに背伸びを行っていた。
「ねぇハナ、何処へ向かうのさ?」
付き合いが浅いわけじゃ無いので、大抵こんな言葉で訪ねてくる時は、
目隠ししていたとしても何となく分かってしまう。
こんな時は、たいてい笑顔を見せているから、
「秘密にしといた方が、楽しい事もあるんだよ?」
「そうかぁ秘密かぁ・・・内緒かぁ・・・楽しい事かぁ・・・何かな・・・」
最初は嬉しそうに答えてはいた筈だったけど、
後半になるにしたがって、気持ち悪くて、変態的な何かを感じとることが出来て、
体中に悪寒が走ってしまう。
ようやく私の視線の先に、次の乗り場がチラホラと見え隠れすることで、
テンションが上がっちゃったから、笑みが零れているのが、
鏡を見なくても確認する事が出来た。
「健児、ちょっと待ってて、調べてくるから」
私は嬉しい気持ちを隠すことが出来ず、そんな気持ちだから、
気がついたら走って向かっていた。
「ちょっと、まってよ」後ろから健児の声が聞こえて驚いたけど、
「ゆっくり、後で来てくれたら良かったのに」
「いや、一緒にいたいからさぁ」
「・・・・・・」
健児が変な事をいうもんだから、私は動揺を隠せないでいた。
だけど、頭の中では、昨日ネットで調べた、バスの番号を繰り返し唱えていた。
「えっ、今度は、バスで移動するんだ」
「そうそう、言って・・・なかったね。なにせ「秘密」だ、か、ら」
「・・・や、やめなさい。そのような目で、僕の事を見るのは」
「おほほほっ」
「すげぇ、怖いんですけど」
「・・・うっさいわい!」
こんな感じに会話を楽しみつつ、目的地の時刻表を探しだす。
休日ってバスの本数って少ないですよね。
でも、私たちの乗るバスは違っているのです。
土日祭日以外の方が極端に本数が少ないのです。
一時間に1本とか2本あるか無いかで、今日は日曜なので、
20時くらいまでは、2本とか3本とかあるみたいなので安心。
一応の時間は分かっているから、時刻表と照らし合わせてみる。
分までは分からないので、何時もの癖で携帯を取り出そうとしてしまう。
というより、今時期時刻表で時間を調べる高校生とか存在してないと思う。
だけど、今日はそんな事はしたくないと思ったし、
折角なんだから、現地で楽しみたい。
なんて言いながら、一応、事前にネットで調べてはいるんだけど、
最終的には、現地で調べたいじゃない。
行ったことある場所なんだけど、昔の話だし、
バスの時間までは・・・って、
「・・・ねぇ、健児。なにしてるわけ?」
「なにって、バスの時間を調べてるんだよ」
「そ、そう・・・・・・」
笑顔で誤魔化すことにして、普段は填める事のない時計を見ようと、
上着を捲り時計に目を向けた。
何時ものは、携帯のデジタル表示なので、
秒針が小気味よく時を刻む姿が可愛くて見とれてしまっていた。
「ねぇハナ、もうすぐ来たりするかな?」
「えっ、あっ、えっと、えっと、調べるから、ちょっと待ってて」
なんて焦ってしまっている姿を見られて恥ずかし思いをしてしまった。
「って、まだ調べてなかったんだ・・・あれだったら、手伝うけど」
序盤だけの言葉だけなら怒る事も出来るけど、
後半に優しい言葉をいただいちゃったから、
一瞬躊躇したり、一瞬考えてみたりしてしまう。
でも折角の秘密にしてきたからなぁ、
ここで暴露してしまっては面白みが無くなるし、
それよりも、今まで隠してきた計画が台無しになっちゃう。
だから丁重に断りを入れる事にした。
「そっか、ちょっと残念だな」って、少し落ち込んでいる姿を見せるから、
見ているこっちまで辛くなっちゃったんだけど、ここは心を鬼にして
彼の表情を脳内の隅っこへ記憶する事にしておく。
断った筈なのに、目的地なんて知らない筈なのに、
携帯を取り出しおってからに、
時刻表を隈無く追いかけている姿を見せつけやがって、
なんか、もう、いいよ、あぁ・・・もう、全部、ぜ~んぶ教えちゃっても良いよ。
えへへっ、うふふっ状態になりかけた自分と、
あぁ、教えたいよぉ。教えてしまうと、今までの計画が台無しだし、
楽しみが・・・楽しみが半減しちゃうよぉぉぉ。
ああ、神様、私にどうしろと言うのですか・・・、
という似たり寄ったりの自分が存在していたから、
「うぅ・・・・・・」
似たり寄ったりの両天秤にかけられ、泣きそうになっていると、
「分かったよ、分かったから、そんな唸らないで」
「ちがうわい、泣きそうになってんだ!」
「うわっ、こえぇ」
うっせぇバカ!・・・いやいや、
本当はこんな事を思っているわけではなくて、
普段は奥深くに眠っている悪が出てきただけであって、
って、わたし誰に弁解してるんだろうか・・・。
「もう、邪魔だからさ、あそこのベンチに座って大人しく待っててくれないかな?」
「嫌です、一緒に探したい」
なんか今、頭がクラ~ッとしたぁ・・・でも惜しい、
嫌です、一緒の時を過ごしたいから。
とか言ってくれたらなぁ、100点だったのになぁ・・・。
「はいはい、もう勝手にしてくださいな」
「はいはい、すでに勝手に探してますよ」
「はいはい、もうすぐバスが到着するけど勝手に探しなさい」
「はいはい、勝手に・・・って、おい、来るなら来るって教えてよ」
「はいはい、ごめんね」
「はいは1回」
ほら、はいはい、はいはい、書いてきたから、
文字入力失敗したみたに見えるじゃない。
その大きな巨体は、アスファルトの窪みに足をとられながら近づいている。
その度に、サスペンションの軋み具合が伝わってくるようだ。
エアーブレーキ音をプシュプシュ立てながら、
大きな巨体を揺らしながら現れ・・・いや、
私たちの前を通過して、数メートル先で、ようやく止まってくれた。
多分、その地点が乗り場なのだろう・・・。
「健児、あのバスに乗るんだよ」
「えっ!なに?」
健児の口調は、驚いたようで、どこか困惑しているようだった。
そんな返事が聞こえたけど、私は気にせずに歩こうとした。
でも思うように歩けなかった。違う私の左手が私の意思に反して
動いてくれなかった。
気がつくと、私は健児の左手を掴んでしまっていた。
「えっ、なに?」
私の声の成分は、困惑が見え隠れしているけど、
健児との違いは、恥ずかしさと嬉しさと照れくささが加わっていた。
別に深い意味は無かった筈なのに、急に緊張感を覚えてしまう。
だから、少し力を込めて健児の手を握りしめる。
「い、行くよ?」どうして、なんで、何故かドキドキする。
「い、行こう」
ガチガチに緊張している事がその口調から伝わってくる。
「あ、足下、き、気をつけてよ」
「は、はい。こ、子供じゃ無いんだから」
余りにもカタコトの日本語というか、情けない遣り取りを行っているから、
私は思わず吹き出しそうになってしまう。
ほんとに、わたしたちは高校生か?と疑ってしまう。
でも、その御陰で危うく整理券を取り忘れそうになっている事に気づき、
慌てて取る。そんな失敗だって楽しいと思えた。
だから、こんな台詞が言えたのかも知れない。
「整理券取り忘れないでね」
この後の健児の返事は、私の心に届いた。
もし私が先生だったとしたら、
よくできました。なんて、頭をナデナデして褒めてあげたいと思うような
気持ちの良い返事を返してくれただけでも、
今日一緒にいれて良かったかな。そんな風に思えた。
「りょうかいです」
to be continued...