第21話 「宇宙から来た人々の記録か?」――ドロパストーン(Dropa Stones)
中国青海省の険しいバヤン・カラ山脈(Bayan Har Mountains)。標高約5000mの孤高の地で、1938年に中国の考古学者チー・プー・テイ(Chi Pu Tei)教授率いる調査隊が、驚くべき発見をしました。
それは716枚の円盤状石板——通称ドロパストーン(Dropa Stones)です。各石板は直径約30cm、厚さ約2cmの灰色がかった石で、中央に穴が開き、溝に沿って細かい未知の文字が螺旋状に刻まれています。一見すると古代のレコード盤のようにも見えます。
発見された洞窟には、小柄な人間の骨格(身長約1.2m程度の矮小人種)と見られる骸骨が多数あり、壁には太陽、月、星、地球を結ぶ点線の絵が描かれていました。調査隊はこれをドロパ族(Dropa)とハマ族(Ham)の遺物と結びつけました。
(ドロパストーンの実物写真。中央に穴が開き、溝に沿って未知の文字が刻まれた円盤状石板 画像は全てinstagramの画像置き場にあります。https://www.instagram.com/p/DaZRXKuH0Jg/?img_index=2&igsh=OG4yM3BlOGMycmZl)
伝説の内容
石板の解読と地元の口承によると、約1万2000年前、ドロパ族という小型の宇宙人たちが地球に不時着したという物語が記されています。彼らは「空から落ちてきた」存在で、宇宙船が故障して修理できなくなり、地球に留まることを余儀なくされました。当初は現地のハマ族から敵視され、迫害を受けたものの、次第に共存し、知識を伝えたとされます。
石板には「彼らは太陽から来た」「雲を突き破って地球に降り立った」「車(宇宙船)は飛べなくなった」といった内容が刻まれていると主張されています。また、発見された骸骨の頭蓋骨が異様に大きく、眼窩が大きい点も「宇宙人説」を後押しする材料とされました。
科学と論争の歴史
しかし、このドロパストーンをめぐっては、発見当初から激しい論争が続いています。
肯定的な主張(オカルト・UFO研究者ら):
•石板の溝に刻まれた文字は、既知のどの古代文字とも一致しない独自の体系
•1962年に北京大学の研究者**スン・ウン・ヌイ(Tsum Um Nui)**が解読に成功したとされ、宇宙船墜落の物語を読み取った
•1974年にオーストリアのエンジニアエルンスト・ヴェゲラーが西安の博物館で石板を直接見て写真撮影したという証言
•石板の材質にコバルトなどの金属が微量含まれるという分析結果
懐疑的な主流見解:
•チー・プー・テイ教授の記録が不十分で、再調査で同じ石板が確認できない
•スン・ウン・ヌイという研究者の実在が疑わしく、解読内容も学術的に認められていない
•多くの写真や資料が後世に捏造・誇張された可能性が高い
•実際には中国で古くから見つかる「璧」という円盤状の玉器に似ており、自然に形成されたものや後世の作とする声が強い
•中国政府や公式機関も積極的に実在を認めていない
現在、ドロパストーンの多くは行方不明か、中国国内の施設に厳重に保管されているとされ、一般公開はほとんど行われていません。
現代における意義
ドロパストーンの物語は、純粋な考古学的発見というより、20世紀後半のUFOブームと古代宇宙飛行士説が融合して生まれた現代神話の一つとして語られることが多いです。フランスの著名UFO研究者ジャック・ヴァレも「巧妙な捏造」と指摘していますが、それでも世界中のオカルト愛好家やミステリー好きの間で語り継がれ続けています。
1万2000年前に宇宙船が墜落し、小さな宇宙人たちが地球に取り残された——というドラマチックな物語は、私たちの「人類は宇宙で孤独ではない」という根源的な願望や、古代史の空白に対する想像力を強く刺激します。
(石板のクローズアップ。溝に刻まれた細かい文字と中央の穴がはっきり見える実写)
バヤン・カラ山脈の深い霧と洞窟の中に、本物の石板がまだ眠っているのか、それともすべてが優れた作り話だったのか。その答えは、今も青海の山奥に隠されたままです。
ドロパストーンは、「人類の歴史に、文字に残されていないもう一つの物語があるのかもしれない」というロマンを、静かに、しかし執拗に囁き続けています。




