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8.喫煙室の相談

「ソレル君。一服どうだね」


 ソレルがおろおろしていると、公爵が声をかけてくれた。


「あ、お相伴いたします」


 ソレルは、軽く頭を下げた。


「伯父上、僕達もつきあいますよ」


 フレデリックが、夜会服のポケットから煙草入れを取り出しながら言う。

 公爵は、少し厭そうな顔になった。


「紙巻き組は、今日は外だ」


 追い払うように手を振って、公爵は隣の喫煙室にさっさと入っていく。

 フレデリックは、カタリナを気にしているバティストを促して、外に出ていった。

 ルシアンは、さりげなく婦人達の会話に加わるようだ。


 ソレルは、公爵の後を追って、喫煙室に入った。

 喫煙室は、サロンよりももう一段暗く、革張りの肘掛け椅子がいくつか置かれている。


「好みの葉巻は、あるかね?」


 専用のテーブルに置かれた葉巻入れを開けながら、公爵は訊ねてきた。


「あー……その、あまり強くないものを」


 公爵は「なるほど」と笑うと、細巻きの葉巻を取り出して先をカットした。


フラーモ


 呟くと、手のひらの上に小さな魔法陣が現れ、ぼっと炎が立つ。

 その炎で、葉巻の先を炙り、赤黒く光り始めたところで、素早くソレルに渡してくる。

 ソレルは、慌てて葉巻をくわえ、強めに吸って火を安定させた。


 公爵は、別の葉巻に火をつけ、吸い始める。

 身振りで、ソレルに座るように促し、二人はクリスタルガラスの大きな灰皿のあるローテーブルを挟んだ肘掛け椅子に並んで、しばし紫煙をくゆらした。


 初心者用のものを、選んでくれたのだろう。

 香りも甘みも素直で、楽しみやすい葉巻だ。


 やがて、従僕がやってきて、酒のグラスを2人分置き、そっと下がっていく。


 葉巻を灰皿に置き、酒で喉を潤した公爵は、ちらっとソレルの様子を見た。


「……ソレル君。単刀直入に聞くが、クレールをどう思ったかね?」


「は? アグネー嬢ですか?」


 まさかそう来るとは思っていなかったソレルは、びっくりしてしまった。


「いや、どうと言われましても……

 綺麗な、落ち着いた雰囲気の女性だな、としか」


 彼女をエスコートはしたし、晩餐では向かいの席だった。

 だが、結局、短い挨拶の他はほとんど喋っていない。


「ふむ。そうか」


 公爵は考え込む。


「……あの、まさか、お見合いというわけではないですよね??」


 晩餐の間、それなりにワインを飲んでしまったソレルは、つい突っ込んでしまった。

 酒はなるべく自重しようと思っていたのに、料理に合いすぎていて、止められなかったのだ。


「そこまでは思っていない。

 もちろん、君たちが意気投合した結果、そうなってくれてもやぶさかではないが」


 公爵は素で返してきて、ソレルはぎょっとした。


「え。彼女には、かなり目をかけていらっしゃるんですよね?

 そんな感じでいいんですか?

 私は、今日、初めてお目にかかったばかりですよ!?」


「人間など、どれだけ長くつきあっても、わからんものだよ。

 カタリナは、君を評価しているようだ。

 あの娘は、昔から、人をよく見る。

 彼女のお眼鏡にかなった者なら、大筋、問題あるまい」


 公爵の、カタリナに対する信頼が篤すぎる。

 ソレルは、ご期待に応えるよう努めます的なことをもがもがと口走るしかなかった。


「……クレールは、まだ若い。

 このまま、年寄の面倒を見るだけの一生でいいのだろうかと思うようになってな。

 最近は、新聞社でも、女性の速記者や校正者がいるのだろう?

 あれは速記も校正も、文献調査もなんでもできる。

 新聞や雑誌を切り抜いて、台紙に綺麗に並べて貼り、テーマ別に整理しておいてもくれる。

 王都で、そういう仕事をしてみるのも悪くはないんじゃないかと思ったんだが」


 確かに、優秀そうな秘書だ。

 それに、新聞社にとって、自社の記事、他社の記事を分類整理するのは重要な仕事だ。

 たとえば、重要人物が亡くなった時、その経歴や活動の詳細をすぐに社内で引き出せないと、ゼロから取材する羽目になる。


「あー……弊社にも、校閲部や家庭欄には女性記者もいます。

 記事整理ができる人材も、歓迎ですが。

 でも、縁談とかそっちの方はお考えではないんですか?」


 んむむむむ、と公爵は考え込んだ。


「ベアトリスが、見合いをさせたことはある。

 だが、真の意味で『教養がある女性』を望む者というと、なかなか難しくてな。

 そうこうするうちに、28歳になってしまった」


 28歳と聞いて、ソレルは少し驚いた。

 見た感じ、26歳の自分より下、23歳とか24歳だと思っていた。


「なるほど……」


 公爵の口ぶりからして、クレールの教養は上流階級の、しかも学術寄り。

 となると、活かせる相手は限られてくるし、そこに男女の合う合わないが加わると、いくら美しくても縁談探しは難航しそうだ。

 しかも、いわゆる適齢期を過ぎている。


 もちろん、王都ならクレールのような女性を歓迎しそうな者もいるはずだが──


 ソレルは「トレヴィーユ荘」事件で知り合った王太子秘書官ノアルスイユを、ふと思い出した。

 ノアルスイユは、貴族学院でカタリナの同級生だった紳士。

 銀縁眼鏡がよく似合う優秀な秘書官だが、まだ未婚。

 休日といえば引きこもって本を読んでいる、女性との縁がさっぱりな書痴なのだ。

 ノアルスイユなら学究肌なところがあるし、クレールと並んで立った絵を想像すると、全然違和感がない。


 ああでも、どうだろう。

 よく考えたら、なんだかんだでノアルスイユはカタリナのことが好きなんじゃないかという気もしないでもない。

 本人は自覚もしていないだろうが。


「ええと、彼女は、どういう生まれの方なんですか?」


 引き続き、友人知人をあれこれ思い出しながら、ソレルは訊ねた。

 縁談となれば、そこも大きな問題になる。


「あー……昔、縁のあった者の孫でな。

 14歳で、行儀見習いとしてこの城に上がったんだが、なにしろ利発で。

 教えれば教える分だけ自分の血肉にするものだから、結局、秘書にしてしまった」


 公爵の言い方からして、執事かなにかの上級使用人で、特に重用していた者の縁者のようだ。

 公爵家に仕えるのなら、メイドあたりが妥当なところを、秘書に引き上げたというのなら、めちゃくちゃに優秀なのだろう。


 とりあえずノアルスイユは無理だな、とソレルは諦めた。


 カタリナにはポンコツ眼鏡扱いされているが、宰相ノアルスイユ侯爵の三男なのだ。

 クレールは一応魔力もあるのだし、生まれが貴族の傍系くらいだったら、当人同士の相性でギリギリなんとかならないこともないかもしれないが。


「閣下がアグネー嬢の紹介状をお書きになるのなら、まず採用となると思います。

 ただ、弊社でも、他社でも、女性陣は皆、家族のもとから通っています。

 女性が一人暮らしをしながら新聞社に勤務するとなると、難しい面もあるかと……」


 新聞社の校閲記者のように、教養のある女性が仕事をするケースもなくもない。

 だが、そんな女性が一人暮らしで働くとなると、さらにハードルは上がる。

 きちんとした部屋を借り、自分でメイドも雇うとなると、新聞社の新入社員の給料では無理だ。


 ふむ、と公爵は視線を落とした。


「……そうか。もう少し考えてみるか。

 ああ、そっちも遠慮なくやってくれ」


 公爵は、ソレルがグラスに手をつけていないのに気づいて、勧めてくれた。


「あ、はい。いただきます」


 ソレルは葉巻を灰皿にそっと置き、芳醇きわまりないコニャックを味わった。


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