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17.きっと、強盗です!

「そ、そうなの」


 自分から訊いたのに、イレーナは口元を抑えた。


「この花瓶、飾り棚にでも置いてあったのかしら」


 大人の肩くらいの高さの華奢な飾り棚には、香炉や茶器などが置かれている。

 一つ一つ、レース編みのドイリーを丁寧に敷いて、いかにも女性らしい雰囲気だ。

 ただし、上段の真ん中がちょうど空いているものの、それらしいドイリーは見当たらない。


 カタリナは妙な顔をしたまま花瓶を彷徨わせたが、結局ライティングデスクの上に置いた。


 庭園の方で、何頭もの犬が激しく吠える声が聞こえてきた。

 驚いて叫ぶ声も聞こえる。

 夜、放しているという犬が、飛び出していった二人の貴公子に気がついたようだ。


「……大丈夫ですかね?」


 ルシアンが、眉を寄せて心配げに外を見やった。


「ここの犬は、フレデリックの命令なら、聞くはずだけど……」


 イレーナが、心配そうに扇を揉みねじる。


 やがて、フレデリックがどうにかなだめたのか、いったん犬達は落ち着いて、ソレルはほっとした。

 とはいえ、まだ納得しきれていないのか、思い出したように吠えている。

 吠え声は、次第に遠ざかっていった。


 入れ替わるように本館から、急に大勢の人々がやって来た。


 公爵と、夫に支えられたベアトリス。

 執事や従僕、侍女と看護婦もいる。

 そして、肩章エポレットと金ボタンのついた丈の短い赤のジャケットに、黒いズボンを履いた近衛騎士達。

 後ろの方には、担架を抱えた者も見える。


 近衛騎士の先頭には、どたどたと歩む40代なかばくらいの銀髪の男がいた。

 階級章からすると、大尉だ。

 ふさふさの口髭を生やし、太いつり上がった眉がいかにも強面風。

 

 その騎士を見た瞬間、ソレルは厭な予感がした。


 案の定、そこから蜂の巣をつついたようなことになった。


 まず、公爵夫妻が扉の傍のクレールに駆け寄り、クレールが「閣下、ベアトリス様、申し訳ありません」と泣き崩れる。

 ベアトリスがクレールを抱きしめて、涙ながらに「怖かったわね」と撫でてやる。

 わあわあと、クレールは子供のように声を上げて泣いている。


 四十がらみの、背の高い金髪の侍女が「奥様!」と叫びながらジョルジェットの亡骸に取りすがろうとし、若手の近衛騎士に引き剥がされた。

 侍女は暴れ、肘打ちを決められた騎士はよろめいて飾り棚にぶつかる。

 ガチャンガチャンとなにかが割れる音がした。

 別の騎士が侍女を羽交い締めにし、侍女は「離せ下郎!」と叫びながら更に暴れる。


「なにをしている!

 カトー大尉、テレサに手荒なことをするな」


 公爵が苛立って叫んだ。


「閣下のお申し付けだ! 手荒なことをするな」


 カトー大尉が右から左に部下に命じる。


 だが、手荒なことをしているのは、圧倒的に侍女のテレサだ。

 テレサを正面から取り押さえようとした別の騎士に見事金的が決まり、苦悶の声を漏らしながらその騎士は床の上にうずくまった。

 男性一同、ひょあああっとなる。


「あぁあぁ! なんで寄ってたかって現場を荒らしてるのよ!」


 とうとう、カタリナが仁王立ちになってキレた。


「貴様、何者だ!

 なぜ勝手に現場に入り込んでいる!」


 カトー大尉が、カタリナにキレ返した。


「サン・ラザール公爵家のカタリナよ!

 あなた達が来るのが遅いから、時間が経つとわからなくなることを確認してたんじゃない」


「ああああああの、破天荒令嬢かッ」


 あとずさりしながら、カタリナを指さしてカトー大尉は叫ぶ。

 叩き上げの近衛騎士のようだが、カタリナの悪名は知っていたようだ。


 ハン、とカタリナは鼻で笑った。


「その不愉快なあだ名、面と向かってわたくしに言う勇気がある者がこの世にいたとはね」


 扇で左の手のひらを叩きながら、やんのかコラ?とばかりにカタリナはカトー大尉を睨めつけた。

 な、なにおう? と、カトー大尉がいきり立つ。


「カタリナもテレサも、カトー大尉も落ち着きなさい!

 ジョルジェットが亡くなったというのに……

 なんですか、あなたたちは!」


 クレールを抱きしめたまま、ベアトリスが涙ながらに一喝した。


 うぐ、と詰まったカタリナとカトー大尉は互いに眼を背け、テレサは急にずるずると床の上にへたりこんだ。

 「奥様、どうしてこんなことに」と涙にくれている。

 その左頬に、真っ直ぐな筋があるのが目に入った。

 刃物傷が治った跡かなにかだろうか。


「ええと……

 とりあえずアグネー嬢は、今夜はもう下がってもらいましょう。

 発見した時の状況は、教えてもらいましたから」


 クレールの様子からして、もう今夜は証言は無理だろう

 公爵が賛成し、カトー大尉もしぶしぶ認め、クレールは看護婦に支えられて自室へと戻っていった。


 その隙に、カタリナはクレールの証言を含めわかっていることをカトー大尉にささっと説明し、凶器も示す。

 テレサが、その花瓶は飾り棚の上段に飾ってあったものだと証言した。

 カトー大尉は「なんで凶器を素人が!」と言いながら奪い、奪っておいてどう保管すればいいのかあわあわし始めた。

 テレサが飾り棚の一番下の扉の中に箱が入っていると言いだし、比較的無事だった騎士が見つける。

 血痕を消さないよう、注意してその中にしまうことになった。


 右往左往が続く中、公爵は部屋の中に歩み入り、痛ましげにジョルジェットの遺体を見下ろした。


「……なんということだ。

 せめて、レディ・ジョルジェットの顔にかけるものはないのか?」


 公爵は、後ろのベアトリスを気にしながら言った。

 ベアトリスとイレーナは、まだ部屋に入る勇気が出ない様子で、お互いすがりつきあうようにして、扉口の手前に留まっている。


「いいえ、伯父様。

 まず、この状態でテレサに確認してほしいの。

 晩餐の支度をした時と、違うところがないかどうか」


 カタリナは、へたり込んでいたテレサを支え、立たせた。

 まずは、傷があまり見えない角度に誘導する。


「あなた、何時に部屋から下がったの?」


「……今日は、ゆっくり晩餐の支度したいとおっしゃって、早くから始めて、18時頃には終わりましたので。

 それで、部屋に下がらせていただいて……ついうたた寝を。

 すぐ近くにおりましたのに、奥様がこんなことになっているだなんて」


 テレサは、ぶわっと涙を溢れさせた。


「テレサ、辛いでしょうけれどよく見て。

 犯人を突き止めるために、必要なことなの。

 レディ・ジョルジェットが身につけているもので、最後に見た時と変わっているところはない?」


 テレサは、恐る恐る亡くなったあるじを見つめた。

 短いフリルで飾られた浅いボートネックから覗くデコルテには、小粒だがルビーが光り、耳には揃いのイヤリングが輝いている。

 肘下までの手袋を嵌めているので、指輪をしているかどうかはわからない。


「ペンダントも耳飾りも、支度をお手伝いした時のままです。

 けれど、襟飾りが……ございません」


「襟飾り? どんなものかしら」


「20cmほどの幅で、襟元をぐるりと囲むように編んだもので。

 ドレスの襟裏に小さなループをいくつかつけて、小さなボタンで留められるようにしていました。

 百合の柄で、腕も上手に収まるよう、奥様ご自身がデザインされたもので」


 は、とテレサは顔を上げた。


「きっと、強盗です!

 あの襟飾りには、魔石のビーズも編み込んでいましたから」


「強盗? 強盗なら、なぜイヤリングやネックレスも取っていかなかったんだ?

 魔石のビーズよりも、そっちの方が価値もあるし処分しやすいだろう」


 カトー大尉が、話に割り込んでくる。

 そ、それもそうですねと、テレサはうなだれた。


「もういいか? カタリナ。

 いつまでも、彼女を床に寝かせておくわけにもいかない。

 せめてベッドに移そう」


 公爵はポケットチーフをみずからジョルジェットの顔に被せると、廊下で待機していた従僕達を手招きした。

 担架を持った従僕が入ってくる。


 カタリナが慌てた。


「伯父様! ここの寝室、荒らされているみたいなの。

 後で、なにがどうなっているのか、確認しなければ。

 だから、ご遺体は別の場所に移した方が……」


「……ならば、もがりの部屋にしましょう」


 青ざめたベアトリスが言い出した。


「し、しかし、あんな寂しいところに」


「ジョルジェットは、あの部屋をとても気に入っていたわ。

 いにしえの人々の、純粋な祈りが感じられるといって。

 それに、あそこなら……氷魔法で、冷やしやすいでしょう」


 辛そうに、ベアトリスは言った。

 この田舎の城では、ジョルジェットにふさわしい棺を用意するには日数がかかるだろう。

 それまで、遺体はなるべく低温に保たなければならない。


「……そうか。お前がそう言うなら」


 公爵は頷き、従僕達が恐る恐る遺体を担架に移そうとした瞬間──


「待て待て待て! この遺体、死後硬直しているじゃないか!」


 カトー大尉が、眼を剥いた。

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― 新着の感想 ―
一介の大尉がサン・ラザール公爵家令嬢を愚弄する気かあっと思う反面、事実を言って何が悪いと言う気持ちも確かにある
なんだか騒がしい人達がやってきてしまいましたね〜(ToT) カトー大尉って、誰なんだ〜w僕らのカタリナちゃんを破天荒令嬢だなんて…だなんて…なるほど!♪w
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