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15.揃わない晩餐

「……水入りとなってようございました。

 お嬢様をうっかり負かすと、勝つまで何度でも勝負を挑まれますので」


 ソレルの妄想に気づいたのか気づかないのか、アドバンはさらっと言うと離れた。


「勝ち気な方ですからね」


 ソレルは適当に合わせたが、その口ぶりが気になった。

 アドバン自身が、カタリナを負かしたことがあるような気配を感じる。

 この執事、どうもただのデキるスーパー執事ではないようだ。


 既に日は落ち、外は暗い。

 ともあれ、ソレルはアドバンに礼を言って、早めに控えの間に向かうことにした。


 あまり早くに行くのも良くないのだろうが、遅れるよりはマシだ。

 昨日は、誰にどう話しかけたら良いのか、さっぱり見当がつかなかったが、ルシアンやフレデリック、バティストとは話しやすくなった気もするし。


 廊下に出ると、本館の手前にバティストの姿が見えた。

 立ち止まって、2階に上がる階段を気にしている。


 あれか。ワンチャン、正餐室までカタリナをエスコートできないかとかそういう狙いか。


「バティスト卿、フレデリック卿はご一緒じゃないんですか?」


「いや……ノックしたんだが、返事がなかった」


「先に行ったんでしょうかね?」


 カタリナを諦めたバティストは、ソレルと連れ立って、本館に入った。

 まだ迷子になりそうな廊下を辿って、大階段に差し掛かると、上から笑い声が降ってくる。


「あら、ソレル。雰囲気を変えたのね」


 華麗に大階段を降りてくるのは、カタリナとルシアンだ。

 バティストは「してやられた」という顔だが、年齢でも立場でも目上のルシアンになにか言うわけにもいかない。


 それにしても、ルシアン、いちいちそつがない。

 長い間社交界から遠ざかっていたとはいえ、大学時代は「恋の都」とも言われるウィノウで過ごした賜物だろうか。


「アドバンさんに、いじられました」


 ああ、とカタリナは笑う。


「滞在中は特に頼むこともないし、彼、暇なのよね。

 うるさいでしょうけれど、つきあってやって」


「いやいやいや。色々と勉強させてもらってます」


 カタリナは、ミッドナイトブルーの晩餐用のドレスに着替えていた。


 クリップ式の耳飾りには大粒のルビーが輝いているが、揺れないデザインだ。

 首飾りの代わりに、赤いダリアをかたどった七宝焼を真ん中に飾った、ドレスと同色のリボンをチョーカー代わりに結んでいる。


 晩餐にアクセサリーなしというわけにはいかない。

 だが、キラキラが眼の前で揺れていては、ジョルジェットは落ち着かないかもしれない。

 手持ちのアクセサリーで、最大限、彼女に配慮したのだろう。


 いつものカタリナの装いよりもシックな印象だが、これはこれでカタリナの美しさを引き立てている。


 四人は控えの間に向かった。


 仏頂面のイレーナが、ソファで一人シェリーを舐めている。


 時計の針は、19時45分を回っている。

 晩餐は20時からだからまだ余裕はあるが、食前酒を控えの間で楽しむのもコミだから、もう全員揃っていても良い時間だ。


「あら、伯父様達はまだなんですか?」


「そう。ユベール兄様ったら、書き物を始めると、すぐに夢中になるのだから。

 おかげで、わたくしは時間厳守で育てられたわ」


 イレーナが苦笑する。


 カタリナはイレーナの隣に座ると、彼女のボルドー色のドレスを賞賛しはじめた。

 赤みのある色のせいか、肌の血色感が良い感じにましましで、確かに似合っている。


 ルシアンは傍の肘掛け椅子に座り、バティストはその向かいの肘掛け椅子にかけた。


 露骨にカタリナに見惚れているバティスト。

 ファッション談義に、ちょいちょい茶々を入れるルシアン。

 カタリナもイレーナもそれぞれに美しく、キラキラ感が過ぎる。


 ソレルは、少し離れたカウンターにもたれて、シェリーを楽しんだ。


 それにしても、他の者が来ない。


 時間ぎりぎりになって、大慌てでフレデリックが来た。

 部屋に戻ったら、急いで返事を書かないといけない手紙が来ていたそうだ。

 面倒な手紙だったのか、苦い顔をしている。


 続いて、定刻から10分ほど遅れて公爵夫妻が来る。

 案の定、公爵が原稿に夢中で、結局、先に支度を終えたベアトリスがみずから呼びに行ったそうだ。


「む? クレールは、まだか?

 支度があるだろうから、早めに部屋に戻らせたのに」


「あなた、早めにって何時頃に?」


「18時半には」


「ああ、じゃあもう支度はできているはずよね。

 それに、ジョルジェットも来ていない。

 晩餐には顔を出せると、テレサは言っていたのに。

 イレーナ、あなたなにか聞いてる?」


「いえ。全然」


 イレーナは、そっけなく首を横に振った。


「妙ね。アリエル、ちょっと二人の様子を見てきてくれる?」


 ベアトリスは、給仕を手伝っていた愛らしいメイドに声をかけた。

 承りました、とメイドが頭を下げて出ていく。


 給仕が場をもたせようと、新しいグラスを皆に配った。


 なんとなく、会話が途切れたままメイドの帰りを待つ。

 だが、メイドはなかなか戻ってこない。


 なにかあったのだろうか。

 年若いメイドだったから、まさか迷子になったのだろうか。


 互いに顔を見合わせる。


 落ち着かない様子でグラスを干したベアトリスが、半歩進み出たところで、アリエルがばたばたと駆け込んできた。


「御前! 奥様! 大変ですッ」


 力尽きたように、絨毯の上に倒れ込みながら叫ぶ。

 慌てて給仕が駆け寄った。


「……ジョルジェット様がッ

 ジョルジェット様が、お部屋でッ

 お亡くなりになってますッ」


 驚愕が、雷電のように控えの間に走った。


「あた、頭から、血が出てて……!

 ご、強盗に襲われたって……!」


 アリエルは、わっと泣き伏した。


「……そ、んな……」


 ベアトリスの手からグラスが抜け落ちて、くらりと身体が崩れそうになる。


「ベアトリス!」


 公爵が、咄嗟に妻の身体を支えた。


「近衛を呼べ!

 それと医者だ! 麓の町に遣いを出せ!」


 ベアトリスを抱き支えながら、公爵は叫んだ。


「は」


 執事が、慌てて出ていく。


 泣きむせぶベアトリスをどうにか座らせた公爵は、あれこれと指示を飛ばし続ける。

 アリエルは、失神してしまったようだ。

 給仕やメイドが、右往左往する。


「……レディ・ジョルジェットの部屋はどこ?」


 騒然とする中、カタリナが手近な給仕を掴まえて訊ねた。


「しゅ、主棟の一階です」


 物も言わずに、カタリナは足早に出ていった。

 ルシアンが、すっと後を追う。

 ソレルも、慌ててその後に続いた。


 廊下に出ると、カタリナとルシアンは、かなり先にいた。

 カタリナはドレスの裾を両手で掴んで、全力で走っている。

 見失ったら、また迷う。

 ソレルも必死に走った。


 薄暗い、重厚な造りの廊下を駆け抜けることしばし。


 主棟、つまり公爵夫妻の部屋がある身内用の棟と本館の境の扉は開けっ放しだった。

 一番手前の居室の扉に背をつけるようにして、誰かが膝を抱えるようにしてうずくまっている。


 クレールだ。


「クレール! どうしたの!?」


 有能な秘書は、ぼろぼろ涙を溢れさせながら、鼻から下を覆っていた。

 少し離れていてもわかるほど、身体ががくがく震えている。


「ジョ、ジョルジェット様が、」


 カタリナはクレールの元に駆け寄ると、扉の前から脇にそっと動かした。


 クレールが背で封印していた扉のノブを、長手袋をした指でつまむように回すと、扉が開く。

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― 新着の感想 ―
あぁあぁ〜!(ToT) ついに悲劇の幕開けが…これもしかして、1話ごとに1人ずつ殺されていくパターンだったりしますか…?(ToT) 助けてアドバンさん〜!!(ToT)
なんと、最初の被害者は その人物だったのですね…。それにしても、犯人の動機は一体何故なのか、もし人違いだったら本当に気の毒だな、と思いながら、続きをお待ちしております。
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