12.典型的な症例
「ジョルジェットとは、修道院の寄宿学校で知り合ったの。
あの頃、ジョルジェットは本当に愛らしくて、みんなの人気者だった。
だから、わたくしも、皆も、気の毒がって招待したの。
それで、折々会う機会はあったのだけれど……
4年ほど前かしら。
そういえば、しばらく会わないし、手紙も途絶えたままだなと思い出して、人に聞いてみたら……
あちこちで『トラブル』を起こしたあげく、片田舎の古いコテージに引っ込んで、影みたいに暮らしているって。
それじゃあんまりだと思って、この城に来てもらったのよ。
もうすぐ、3年になるかしら」
子爵夫人になるはずだった女性が、夫も財産も失い、他人の好意に縋って生きるしかなくなったのだ。
相当な苦しみだっただろう。
その苦しみがねじ曲がって盗癖となり、結局は人々の好意も失ってしまった、ということか。
「わたくしね、ジョルジェットにとても助けてもらったことがあったの。
こういう話は、殿方の前ではするべきではないと教わったけれど」
ベアトリスは、目を伏せた。
「若い頃、4度も流産して」
ああ、とカタリナが嘆息する。
彼女は、なにか聞いていたようだ。
「4人目は、心音が聞こえるところまで育ったのに……ダメで。
わたくし自身も、しばらく寝込むようなことになってしまった。
主人に申し訳なくて、顔を見るのも辛くて。
とにかくもう、消えてしまいたかった」
そっとカタリナが手を伸ばし、ベアトリスの手を握った。
ベアトリスが握り返し、ちらりと笑みをカタリナに向ける。
「主人はずっとわたくしを守ってくれたけれど……酷いことを言う方もいた。
慰めてくれる人も、希望をもたせようと『次は、ああすればいい』『こうすればいい』、そんなことを言うのね。
そのつもりはないとわかっていても、責められているようで辛かった」
ベアトリスは、淡々と語った。
「でも、ジョルジェットだけは、余計なことを一切言わずにずっと寄り添ってくれた。
それがどれだけ貴重なことか、あなたたち、わかるかしら?」
涙で光る眼で微笑を浮かべると、ベアトリスはソレル達を見渡した。
「どうやっても解決できない問題で、誰かが苦しんでいるのを見るのは、厭でしょう?
なにもできないことに耐えられなくて、つい『こうしたら良いんじゃないか』なんて、当てにならないことでも言ってしまう」
「……そうですね。私も、きっとそうしてしまいます」
ルシアンが、そっと頷いた。
「でも、ジョルジェットは、どうにもならない繰り言をただただ聞いて、ひたすら同情してくれた。
半年以上、ずっとつきあってくれたのよ。
おかげで、わたくしは立ち直ることができた。
だから、ジョルジェットが苦しい生活を送っていると聞いて、ここに来てもらったの」
「……そういうことだったんですね」
カタリナがため息をついた。
「そういうこと。
どうやったら巧く過ごしてもらえるか、嫁入りの時からずっとジョルジェットに仕えている侍女のテレサと腹を割って話して、しばらく彼女を観察したわ。
彼女が盗むのは、小さなスプーンや誰かが置き忘れたもの。
他の人の部屋に勝手に入り込んで盗むようなことは、しない。
お金にも手をつけない。
でも、キラキラピカピカしたものには、どうも弱いみたいで」
ソレルは、あ、と思った。
さっきルシアンに案内してもらった展示室には、魔石を使った宝飾品や武具の類が一切なかった。
王宮や貴族の館には、そういうものが飾られているのがお約束なのに。
展示されていた手写本も、金箔を使ったものはなかった。
もしかしたら、ジョルジェットを刺激しないように、別のところにしまっているのかもしれない。
「だから、申し訳ないけれど、身の回りの品に、気を付けてもらえるかしら。
ジョルジェットは、ストレスが溜まるとつい盗んでしまうのだけれど、あとで落ち込んでしまうのよ。
お客様に、こんなお願いをするのはおかしいけれど……
わたくしに免じて、ね」
ベアトリスは、軽く頭を下げた。
「……わかりました、伯母様」
カタリナが頷いた。
ルシアンもソレルも頷く。
「もし、なにかなくなったら、そっとわたくしに教えて頂戴。
ジョルジェットは取り込んだものを、古い帽子箱に溜めているの。
少しずつテレサが回収してくれるから、すぐに見てもらうわ」
「え。回収って……勝手に取り上げても、大丈夫なんですか?」
ソレルはびっくりして、つい訊ねてしまった。
「それが、ある程度残しておけば、大丈夫なの。
どうも、物に執着しているわけでもないみたいで。
わたくし、最初に聞いた時は、てっきり先々の暮らしが不安だからそんなことをしているのかと思ったのだけれど、お金に替えることも、一度もしたことがないようだし。
……人の心って、不思議よね」
しみじみとベアトリスは呟く。
病的な盗癖 (クレプトマニア)は、金銭的価値や必要性のために盗むのではない。
盗もうと思った瞬間から生まれる強い緊張感と、盗み終えたあとの解放感が目的だと、大学の授業で聞いた覚えがある。
ジョルジェットは、典型的なクレプトマニアなのかもしれない。
ルシアンが憂わしげに眉を寄せた。
「……ストレスが溜まると、とおっしゃいましたが、昨夜の晩餐の会話が良くなかったんでしょうか」
昨夜の、ルシアンの母コンスタンスを巡る会話のせいで、盗みに走ったのかと気にしているようだ。
いえ、とベアトリスは首を横に振った。
「良いか悪いかで言えば、良くはなかったでしょう。
でも、そこは気にしないで。
あなたには、あなたの事情があるのだから」
確かにそうだ。
ジョルジェットにストレスを与えないために、母親と和解するわけにもいかない。
「最近、調子が良くない様子ではあったのよ。
末の妹さんの息子で、魔導騎士団の騎士になった青年が、ジョルジェットを気にかけてくれて、ここにも遊びに来てくれるのだけど。
去年から『魔の森』近くの拠点に配属されてね。
あそこは大変だから、ジョルジェットも心配しているようで」
「ああ、毎日、昼前に玄関ホールまで手紙が届いていないか見にいらしているようですね。
甥御さんの手紙を、待っていらっしゃるんでしょうか」
ルシアンは訊ねた。
「魔の森」とは東の国境沿いにある広大な森林である。
魔獣が良く湧くことから、そう呼ばれている。
魔獣対策は基本的には領主が担うことになっているが、魔獣が跳梁跋扈する地域に関しては、神殿と王立の魔導騎士団が共同で対応する。
公爵も、若い頃は魔導騎士団に所属していたはずだ。
魔導騎士団の任務は概して危険だが、「魔の森」周辺はその中でも突出しているとよく言われる。
「そうなのよ。やっぱり大変なところだからか、前よりも手紙が遅れがちで。
それに、イレーナ。
昔はわたくしよりもジョルジェットと親しかったのに、最近の態度ときたら。
一体、どうしたのかしら」
ベアトリスは、イレーナの言動に困惑しているようだ。
確かに、イレーナはジョルジェットを露骨に無視している。
話しかけないし、視線も合わせない。
なにか、トラブルでもあったのだろうか。
カタリナがため息をついた。
「不覚でしたわ。
わたくし……反省しなければ。
伯母様があの方を客人とされている以上、事情があるのだと気づくべきでした。
どうすればいいのかしら……」
ソレルは、たまげた。
大陸社交界に名を轟かす「破天荒令嬢」の口から、「反省」などという殊勝な言葉が出るとは。
いや、しかしそれはソレルの思い込みだったのかもしれない。
カタリナの我が強いのは確かだが、悪いと思ったら素直に謝れるのだろう。
「別に、なにかする必要はないわ。
彼女だって、逆に困るでしょうし。
ただ、これからは優しく接してあげて。
それでジョルジェットも、あなたの気持ちがわかると思うのよ」
ベアトリスはにっこり笑って、カタリナの手を軽く叩いた。
「そうだ。明日のお昼にでも、ジョルジェットにレース編みを教えてもらわない?
そろそろわたくしの相手もしてくれなくちゃ」
カタリナは、軽くのけぞった。
「え。レース編みは、わたくし……その……」
「苦手でしょ? わたくしも苦手。
あなたの母親もそうよね。
これも、血なのかしら。
でも、大丈夫。ジョルジェットは、本当に根気よく教えてくれるから。
わたくし、この年になって初めて、薔薇のモチーフを全部一人で編めたのよ!
作り目から、自分で編んだの。
凄いと思わない?」
ベアトリスは、誇らしげに叫んだ。
「まあ! 素晴らしいですわ伯母様!!」
カタリナが全力で褒め称えているが、どれほど凄いことなのか見当がつかないルシアンとソレルはきょとんとするしかない。
なにはともあれ、カタリナは、明日の午後はレース編みをすると約束させられた。




