11.ささやかな不穏
「ソレル。午前中は、どうしていたの?」
「ルシアン卿に、ギャラリーなどを案内していただいてました」
「あら、ご親切に」
カタリナは、ルシアンに、にっこりと笑みを向けた。
隣のテーブル越しに、さっきからバティストがカタリナをチラチラ気にしている。
「ソレル君は話しやすいので、つい」
ルシアンはさらっと言うと、午後はどうするのかと訊ねた。
カタリナは、引き続き公爵と打ち合わせだそう。
自分は、どう暇を潰せばいいのだろうと思っていたら、先に公爵達が席を立った。
フレデリックが、一緒に玉突きでもしないかと誘ってくれる。
ルシアンと一緒に、ありがたく乗っからせていただくことにした。
ソレル達は、温製のメインも食べ、デザート選びに席を立った。
今度は、カタリナも一緒にビュッフェを見に行く。
朝からがっつり食べたし、メインは結局、仔羊も鱒も鴨も食べた。
さすがに食べ過ぎだ。
せめて、マカロン1つか2つくらいにしておくかと思ったが、大粒のマカロンは5種類もある。
どれがよいかソレルが悩んでいると、カタリナが肩越しに後ろを振り返っているのに気づいた。
カタリナは片眉を上げ、不躾なくらいに、ジョルジェットをじっと見つめている。
その視線に気づいたジョルジェットは、はっと顔を伏せ、みるみるうちに赤くなっていった。
ちょうど執事と話していたベアトリスが、ジョルジェットに視線を戻す。
ジョルジェットは慌てた様子でナフキンをくしゃくしゃのままテーブルに置き、「ちょっと失礼するわ」と言い訳をしながら、小さながま口のハンドバッグを握りしめて、そそくさと出ていった。
その背中を見送ったベアトリスが、小さくため息をついて、ちょいちょいと手招きしてきた。
カタリナとルシアンにくっついて、ソレルもベアトリスのテーブルに移る。
給仕がささっとジョルジェットの皿を下げ、代わって三人の飲み物を用意すると、すっと消えた。
「……気がついたのね」
カタリナは頷いた。
「ええ。呆れましたわ。
まさか、伯母様の眼の前であんなことをするだなんて」
ソレルは、戸惑った。
なにかジョルジェットがやらかしたのを、カタリナが見咎め、ジョルジェットが慌てて退席したようではあったが、自分はなにも見ていない。
「本人にも、どうにもできないの。
だから、ここでは見ないふりをすることにしているのよ。
もちろん、主人にも認めてもらってね。
結局は……盗癖、ということになるのかしら」
ベアトリスは眼を伏せた。
ようやくソレルは察した。
ジョルジェットは、スプーンかなにかをくすねようとした。
それにカタリナが気づき、ガン見したからジョルジェットは慌てて逃げたのだ。
「見ないふりって……
どういうことですか伯母様?」
珍しく、カタリナがびっくりしている。
ベアトリスは口を開く前に、強い眼でソレルをまっすぐに見た。
この件、オフレコでということだ。
ソレルは、ベアトリスに頷いてみせた。
低級なゴシップ誌ならイニシャルで匂わせながら面白おかしく報じるかもしれないが、幸い「日刊王都新報」はそんな媒体ではない。
それに、ぶっちゃけて言えば──ジョルジェットにニュースバリューはないのだ。
「……ジョルジェットはね、とにかく巡り合わせが悪いの。
令嬢時代はとても愛らしくて、男爵家の次女ながら、子爵家の跡取りに見初められたのだけれど。
その頃、王太后様の『国富倍増論』が盛り上がっていて、子爵家は領にある広大な湿地を干拓しようとしていたのね。
でも、あと少しというところで資金が足りなくなった。
ジョルジェットの実家は、いろんな事業を手掛けて財を成し、男爵家になった家で、将来子爵夫人になるジョルジェットに、持参金として、王都にある不動産をいくつも持たせていた。
婚家は、ジョルジェットを説得して王都の物件を売らせ、代わりに干拓が成功したら大穀倉地帯になるはずの土地の一部を買わせたのよ」
十年以上前に亡くなった王太后は、超のつくやり手で「国富倍増論」をぶち上げた。
巨大な開発計画がいくつも立ち上げられ、金利は上昇。
全体で言えば、確かに国は豊かになった。
だが、時流に乗ろうとして失敗し、没落した家もままある。
「しかし、計画は失敗した、ということでしょうか」
ルシアンが、そっと訊ねる。
「ええ。あともう少しで完成するという時に、酷い嵐が来たの。
せっかく作った土手は決壊、水門も壊れた上に、なんとか保たせようと陣頭指揮をとっていたジョルジェットのご主人も亡くなってしまった。
結婚して3年、確か25歳だったはず。
子供はまだだったから、子爵家を継ぐのはご主人の弟君ということになって」
ベアトリスは、ため息をついた。
「婚家からすれば、ジョルジェットは用済み。
せっかくの持参金をほとんど失った娘に、実家も冷たかった。
実家も代替わりで色々あって、妹さん達の嫁ぎ先にも困るくらいで……
ジョルジェットの居場所は、あっという間になくなってしまったのよ」
干拓が失敗しても、夫が生きていれば、二人で頑張っていつか立て直したかもしれない。
子供を産んでいれば、跡取りの母として子爵家に残れただろう。
婚家の事業に持参金を注ぎ込んでいなかったら、一度実家に戻って、他家に嫁ぐ道もあったはず。
夫。子供。資産。
貴族女性の人生を支える3つの要素が、彼女の手からこぼれ落ちてしまったのだ。
「……気の毒な方だということは、わかりましたけれど。
でも、どうして伯母様がお世話されているんですか?」
カタリナは、納得いかなさそうに訊ねる。




