表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/12

10.殯(もがり)の部屋

 二人は大階段を降りた。

 ルシアンが従僕を掴まえ、本館内の鍵を持っている執事を呼んでもらった。

 すぐに現れた執事にルシアンが耳打ちすると、大階段の影にある、見落としそうになるほど狭い通路に二人を案内してくれる。


 そこから半地下へ降り、さらに幾度も角を曲がった先、いくつか並んだ扉の一つを、執事は開けた。

 中は、壁も床も石が剥き出しになった、がらんとした部屋。

 広さは、寮の二人部屋くらいだが、家具も絨毯もなにもない。

 天井に近いところに、ごく小さな明り取りの窓はあるが、仄暗い。


 まるで、遺体安置所のようだ。


「ここ……ですか?」


「そうだ。もがりの部屋と呼ばれている。

 普段は空き部屋で、死人が出た時に、遺体を仮に安置するのに使われているそうだ」


「えええええ……」


 遺体安置所のようだと思ったら、そのままだったとは。


 戸惑うソレルをよそに、ルシアンは、小さく「ライト」と唱えて、手のひらの上に魔法の光をともした。

 すっと手を動かすと、光はルシアンから離れ、白昼の太陽のように強い光が、正面の壁を斜め上から照らす。


「……あ? これは……?」


 壁に浮かび上がったのは、等身大よりもやや大きい女性像。

 石の壁を磨いて丹念に平らにし、その上に線刻で描かれているのだ。


 女性は花冠を戴き、下ろした両手をゆるやかに広げていた。


「……女神フローラですか!」


「そうだ。精霊達もいる」


 ゆっくり光の珠が動いて、側面の壁を照らしていく。

 右側の壁にも、左側の壁にも、女神フローラの眷属である花の精霊達が現れた。

 こちらは、等身大より小さいくらいの大きさで、手をとりあい、踊りながら女神のもとへと向かっている。


 女神や精霊達の描線は、素朴。

 巧く描ききれなかったのか、ポーズがいびつになっているところもある。

 顔はどれもほぼ同じで、描き分けはされていない。


「これは……誰が描いたんでしょう」


「わからない。いつ描かれたかもわからない。

 閣下は、大暗黒期中期の手写本の画風と似ているから、その時期に修道士が描いたのではないかと推測されているが」


「ルシアン卿のお考えは違う、と?」


「いや。私も、その可能性は高いとは思う。

 ただ、修道士であれば、もっと女神フローラにふさわしい部屋に刻んだのではないかとも思うんだ」


「あー……

 ここはちょっと、じめじめした感じですもんね」


 女神フローラは、豊穣をつかさどる春の女神。

 しっかり日差しの入る、明るい部屋の方がそれっぽい。


「この地方は魔獣襲来が頻発したから、リシャンディエールは何度も放棄されている。

 無人になっていた間に、避難民の一団が入り込み、しばらく隠れ家に使ったこともあっただろう。

 階上よりも半地下の方が、安心できる。

 半地下に隠れ住んでいた間、心の支えとするために、ここに女神フローラを刻んだ……

 そんな経緯もありえるのではないか、とね」


「なるほど。その人達は、どうなったんでしょうね……」


 ソレルは、今まで見た中で一番素朴な女神フローラを見上げながら呟いた。


 故郷を追われ、魔獣から逃げ延びるために、ただ流浪する日々。

 人間同士だって、食料を奪い合い、命を奪い合うのが当たり前の時代だ。

 そんな地獄の中で、この像を刻んだ者はなにを願ったのだろうか。


「……わからない。

 だが、これだけ彫るには、少なくとも数カ月はかかったはずだ。

 その間は、ここで暮らせていたのだろう。

 この像が彫れるほどの、余裕もあったはずだ」


 過去に思いを馳せるように女神を見上げたルシアンは、ソレルにふと微笑みを向けた。


「もう一つ、不思議なことがあってね。

 この区画の小部屋は、皆、倉庫として使われているんだが、この部屋だけはどういうわけか昔から空き部屋だった。

 それで遺体を安置するならこの部屋、ということになったのだが。

 実は、この線刻が発見されたのは、去年のことなんだよ」


「え? そんな最近なんですか!?」


 ソレルは驚いた。


「左様でございます。

 御者が急に亡くなり、ここに運んで安置しようとした時に、蝋燭の火がたまたま消えまして。

 咄嗟に『ライト』を灯したら、壁になにやら文様が浮かび上がって、大騒動になったのです」


 執事が説明する。


 小さな窓から差し込む、わずかな陽の光では、線刻は浮かび上がらない。

 柔らかな暖色の蝋燭の火で、見えるはずがない。

 白くぱっきりした魔法の光でないと、線刻は見えないのだ。


「えええええええ……

 じゃあ、この絵があるって、ずっとわかってなかったんですか!」


「そうなんだ。閣下が古資料を確認されたのだが、注記のようなものは一切なし。

 別に、伝承もなにもなかったのに、なぜかこの部屋は使われていなかった」


「他の部屋は、随分前に棚を造り付けたりしております。

 そうなっていれば、この絵はこぼたれ、未来永劫、埋もれたままになっていたことでしょう」


 執事が頷く。


「……もしかして、なにも知らなくても、ここには大切なものがあると無意識に伝わったんでしょうか」


「そうかもしれないと、少しだけ思っている。

 人の心というものは、不思議なものだからね」


 ルシアンは微笑んで、「ライト」を消した。




 大階段に戻ると、もう昼食の開始時間を過ぎていた。

 そのまま、ルシアンに連れられて昼食用の部屋に向かう。


 『撫子の間』は、重厚な正餐室とは違い、明るく居心地良さそうな部屋だった。

 本館なので窓は少ないが、小ぶりなシャンデリアがいくつか吊られているし、重々しい羽目板張りの壁の一部も、綺麗にドレープをつけたサテンで覆われているので、圧迫感が少ない。

 大理石の大きな暖炉には、撫子の文様が彫られている。


 壁際のビュッフェテーブルから、美味しそうな匂いが漂ってきている。

 窓側には、カトラリーをセッティングした円卓がいくつか並んでいる。

 

 既に、公爵とイレーナ、フレデリックとバティストが左端のテーブルで、ベアトリスとジョルジェットが真ん中のテーブルに座って食事を楽しんでいた。

 軽く挨拶を交わす。

 カタリナは、いったん部屋に戻ったが、じきに来るはずだとのことだ。


「ええと……」


 まごつくソレルの先に立って、ルシアンはビュッフェテーブルに向かった。


 冷製料理は、田舎風のパテ、魚のムース、きのこのオイルマリネ、干しブドウと胡桃を入れたキャロットラペ。

 メインの温製料理は、仔羊の煮込み、鴨のオレンジソース、鱒のムニエルと付け合せが並んでいる。

 別に、ブリオシュとクロワッサン、バゲット、色とりどりの小さなケーキやマカロン、チーズの類もあった。


 ルシアンは、給仕に、好みの料理をいくつか指し、まずは冷製料理を皿に盛らせた。

 ビュッフェといっても、高貴な方々は自分で皿を持ったりしないようだ。

 ソレルも、慌てて真似をする。


 ルシアンにくっついたまま空いている円卓に座ると、すぐに皿が置かれ、飲み物を聞かれた。


「あら、わたくしが最後?」


 ワインが注がれたところで、カタリナも来た。

 淡いベージュピンクのデイドレス姿だ。

 髪は、ハーフアップだが複雑怪奇なかたちに見事に編み込まれている。

 遅れてきたのは、昼餐の前に結い直させたのかもしれない。


「そのようですね」


 ルシアンが立ち上がって、カタリナを迎える。

 カタリナは、そのままソレル達のテーブルに着くと、給仕を呼んで「同じように」と頼んだ。

 さすが美食に慣れた公爵令嬢、なにが用意されているのか見もしない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
遺体安置所に女神の線刻…うわぁ…うわぁ… そして、お昼ご飯もまた豪華!!やばいよ、食べ過ぎちゃうよ〜!食後にお散歩しないとw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ