14歳は禁止、15歳は野放し ――フランスのSNS禁止法は誰を守るのか
フランスで、15歳未満のSNS利用を禁止する法案が可決されたそうだ。
私の第一声は、これだった。
「馬鹿じゃないの?」
そもそも、15歳と14歳の間に何があるというのだろう。
14歳と364日の子どもと、15歳になったばかりの子ども。そこに、判断能力や危険を察知する力の決定的な違いがあるとは思えない。
誕生日を一日迎えただけで、人間が急に成長するわけではない。
ところが、この法律では、14歳まではSNSを使ってはいけない。親が同意していても、親が隣で見ていても禁止である。
そして15歳になった瞬間、SNSが解禁される。
昨日まで危険だから使ってはいけなかったものが、今日から自由に使えるようになる。
おかしくないか。
それまでSNSを使ったことがない子どもが、15歳になって初めてアカウントを作る。
公開範囲の設定もよく分からない。個人情報をどこまで出していいのかも分からない。知らない人から送られてくるメッセージへの対処も分からない。
詐欺、なりすまし、誹謗中傷、炎上、著作権、位置情報。
何も経験していない、まっさらなSNS初心者である。
しかも15歳といえば、少しずつ親の手を離れ始める年齢だ。親に自分の投稿やメッセージを見られることを嫌がるようにもなる。
つまりこの法律は、親が監督できる年齢ではSNSを禁止し、親の手を離れ始めたところで、未経験の子どもをいきなりSNSへ放り出す制度なのである。
これのどこが「子どもを守る」ことになるのだろう。
SNSに危険があることは否定しない。
いじめもある。詐欺もある。性的な接触を試みる人間もいる。依存や誹謗中傷の問題もある。
しかし、危険があるから禁止するというのなら、道路にも危険がある。交通事故が起きるからといって、15歳になるまで子どもを外へ出さないわけではない。
道路の渡り方を教える。
信号の見方を教える。
危険な場所を教える。
最初は親が手をつなぎ、少しずつ一人で歩けるようにする。
SNSも同じではないのか。
むしろ今の子どもたちは、大人よりSNSを上手に使う。SNS上の言葉や距離感、流行の変化にも敏感である。
それを理解できない大人が、
「自分にはよく分からない」
「よく分からないものは危険だ」
「危険だから禁止しよう」
と考えているように見える。
禁止は教育ではない。
使わせなければ、使い方を覚えることもできない。失敗したときの対処方法も身につかない。
必要なのは、15歳未満をSNSから締め出すことではない。
15歳までは、親がSNSの利用を監督することだ。
最初は親の同意を得てアカウントを作る。公開範囲やダイレクトメッセージの設定を一緒に確認する。本名、顔、学校、住所、位置情報を公開する危険を教える。
投稿したものは完全には消えないことも教える。
トラブルが起きたとき、叱られることを恐れて隠すのではなく、親に相談できる関係を作る。
そして、子どもの成長に合わせて少しずつ親の監督を減らし、自分で判断できるようにしていく。
もちろん、監督とは子どものメッセージをすべて覗き見ることではない。支配することでもない。
一人で安全に使えるようになるまで、親が責任を持って伴走するということだ。
日本は、こうした表現の自由に関わることについて、比較的規制が緩い国だと思う。
もちろん、犯罪や明確な権利侵害は駄目である。駄目なものは、はっきりと禁止すればいい。
しかし、それ以外は原則として自由である。
私は、そのほうが健全だと思っている。
国が先回りして表現する場所を奪うのではなく、自由に使うための知識と責任を身につけさせる。
それが教育ではないのか。
14歳までは禁止。
15歳になったら解禁。
この制度が作るのは、安全な子どもではない。
親の監督下で安全に経験する機会を奪われた、15歳のSNS初心者である。
子どもを守っているように見えて、実際には子どもを無防備にしている。
この法律はいったい、誰を守るためのものなのだろう。




