33.狂気の正体
「叩き斬ってやるだって……?ふふっ……はははっ……はははははははっ!」
ルシストは高らかに笑い、リブから打撃を受けた半身に手を翳した。
そんな隙を見逃すほど、リブも甘くはない様子。
ルシストが動いたと同時に、駆け出して剣を構える。
「ハアァァァァァァッ!」
掛け声と共に、もう一撃お見舞いするリブ。
その一閃は、氷の鎧によって弾かれた。
「なっ!?」
「死体人形風情が、大層な事を言ってくれるじゃないかっ!」
戸惑うリブの脇腹に、ルシストの左拳がめり込む。
「お返しだっ!」
「ぐあぁぁぁぁぁっ!?」
吹っ飛ばされたリブの背中を、すかさず受け止める。
おいおい、さっきまでこれ見よがしに遠距離専門みたいな戦い方しといて、実際は接近戦も行ける口か?
面倒な相手だな。
「『アイス・プロテクター』。もう僕に、さっきの舐め腐った攻撃は通用しない。これは鋼鉄の鎧よりも厚い、絶対防御の氷甲さ」
喉を鳴らして笑うルシスト。
その左半身は、脇腹を中心に氷塊で覆われている。
さっきまでのよろめいていたはずの姿勢は安定し、俺達を正面から見据えてやがる。
「すまない……不覚をとった……」
「良い。元々アンタは力比べで劣るタイプだしな。アイツがあんな隠し球持ってたのは、俺も想定外だ」
リブの体を起こしながら、俺はルシストの施法した魔法を分析する。
「氷の装甲による、負傷部位の補強か。魔力量もそうだが、それを操作する精密性も兼ね備えてるとはな。随分と優秀な事で」
あの装甲を纏っている内は、おそらく無傷時と同等程度の動きをやってのけるだろう。
そこに氷の遠距離攻撃と来たもんだ。
剣一筋のリブには、些か荷が重いだろうな。
俺の指摘に、ルシストはクククと喉を鳴らした。
「そうさ。死体を操る事しか芸のない、低俗な魔法師とは格が違うんだ。何せ僕は魔王様の福子。何の恩恵も受けず、ただ似た容姿で生まれてきただけのキミと違って、生まれ持ったものが多いんだよ」
「魔王の恩恵が、そんなにおめでたいモンなのか?この暴力全肯定野郎。選ばれし英雄ごっこがしたいなら、誰にも迷惑のかからねえダンジョンの地下にでも潜ってやってろよ」
侮辱には侮辱をもって答えてやる。
コイツらの自分よがりな信仰心が耳に入ってくるのは、良い加減うんざりだ。
「アンタは周りの奴等を何とかしてくれ。俺はアイツ1人に集中したい」
リブに小声で指示を出す。
コイツが推し負けた以上、ルシストと戦えるのは俺しかいないだろう。
リブは一瞬俺を見ると、小さく頷き、周りの魔法師達の殲滅へと駆ける。
「さっき、アンタは俺の事を理解できないと言ったが、俺から言わせれば、そんな魔力と操作技術を持って生まれたアンタが、なぜ魔王と同じ末路を辿ろうとしてるのかが理解できないね」
「ふん。魔王様にも神にも見放された哀れな男の戯言だ。付き合う気はない」
「じゃあ聞くが、アンタらがこだわっている魔王ごっこに、何の価値があるんだ?」
俺がコイツらに抱いた最大の疑問を、ぶつけてやる。
「魔王の辿った歴史をなぞって、その先にアンタらが得られるものは何だ?偽りだと言う神を天から引き摺り下ろした後は?何があるってんだ?」
「決まっている!偽りの教えを説く教会の洗脳は解かれ、忌み子の迫害は消え、差別はなくなり、唯一絶対的な力を持った一つの存在が、この世界を正しく管理する!それこそが魔王様の目指した正しき秩序であり、正しき世界の理だ!」
「——目ぇ冷ませよ、盲目信者」
ハイになって大袈裟な身振りをかますルシストに、力強く踏み込み、右の頬に1発。
魔力を込めた拳を、お見舞いしてやる。
顔に装甲を纏わなかったルシストは、数歩後ろによろめいた。
チッ、やっぱり俺の力じゃこの程度か。
「要するに、神の座を奪ってそこに魔王を担ぎ上げるんだろ?そんなモン、ただの支配者のすげ替えじゃねえか。洗脳を解くだ差別をなくすだご大層なお題目並べといて、結局は都合よく世界を支配したいだけの、身勝手極まりねえ主張だ。俺が神なら、魔王の排除に動くのも納得だわな」
反動でヒリヒリと痛む拳を握り、ルシストを睨む。
「何が福子だ……結局ただ魔王に縛られて生きてるだけの、呪いの申し子じゃねえか……俺達はよ……」
あー、くそ。
こんな奴のイカれた妄言如きに、こんなにも感情を揺さぶられるとはな。
「もう良いじゃねえか。例え魔王と似た容姿で蔑まれても、アンタにはその魔法の才能があって、慕ってくれる仲間がいて。魔王の事に縛られる事もなく、ただ得られたモンだけ大事に抱えて、ひっそり生きる事も出来るだろ?何でアンタはそこまで、魔王の意思に拘るんだよ」
俺の問いに、ルシストが纏う氷の鎧が、禍々しく形を変えていく。
まるで、施法者の感情を表すように。
「キミには……一生分からないさ……僕にとって……魔王様は絶対なんだ……!僕は……魔王様に見定められた福子なんだ……!」
ルシストは、声を搾り出すように答えた。
決して消える事の、消せる事のない憎悪の炎を、その瞳に宿して。
「でなければ……でなければ何故……僕は穢れし炎にくべられたんだ……!何故母は……生まれたばかりの僕を、聖天教に引き渡したんだ……!殺されると分かっていて……どうして!!」
———あぁ、なんだ。
コイツだって、手段が違うだけで、俺と同じ復讐者なのか。
神の存在が、それを肯定する教会が、それに賛同する市民達が、コイツはただ許せなかった。
だから、魔王の使徒と名乗る形で、自分の復讐心を正当化したかったんだ。
自分の心を守る為に、あるいは、同じ理想を掲げんとする賛同者を得る為に。
ルシストの纏う氷甲が、左腕を包み込む。
今まで精製してきたどの氷剣よりも鋭利に、無骨に、刃を研ぎ澄ませる。
「僕は……この間違った世界を、ぶっ壊してやるんだ!!」
左腕に纏った氷剣を掲げ、氷の復讐者は俺に向かってくる。
忌み子を差別し、その差別から悲劇の連鎖を生む、間違った世界。
確かにこんな世界、滅んで当然かもな。
けど、これだけは言ってやれる——
振り上げられた氷剣の左腕を、俺は肩で受け、掴んだ。
刃が肩にめり込み、血が流れる。
「アンタの復讐に、この都市とそこに生きる住民は関係ないだろっ!」
痛みを誤魔化しながら、ルシストに言うべき事を言ってやる。
コイツの主張は、おそらく正しい。
俺だって似たような立場に置かれた事もある。
師匠に拾ってもらえなければ、俺もコイツのように、全てを恨んだかもしれない。
やけになって、世界を壊そうと思い立ったかもしれない。
それでも——
俺の頭に、1人の女が浮かび上がる。
いつだって自分に正直に生き、他人を尊び、手を差し伸べる、金色の髪を持ったアンデッドの後ろ姿。
氷剣を掴む手に、魔力を流す。
例え世界が間違っていたとしても——俺は——
—— パキンッ!
ルシストが左腕に纏った氷の刃を、折り砕いた。
「そんな歪んだ世界でも、正しい心を持った人間は居るんだよっ!そんな奴等の人生まで奪おうとしてんじゃねえっ!」




