↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
61/63

タイムリープ

 景色は目まぐるしく変化する。

 何の感触も伝わってこない道を、僕は辿る。音はなく、とても静かだ。暑くも寒くもない。どれだけ歩き続けても、ちっとも疲れない。


 小松原さんへ宛てた手紙のことを考えた。

 僕の部屋に置いてきたそれを、彼女は見つけてくれただろうか。あるいは未来が書き換わった影響で、手紙はもう消滅しているかもしれない。


 このタイムリープで、僕は大切な人たちの過去を変える。

 過去を変えれば、未来も変わる。新しい未来では、小松原さんと僕は出会わないかもしれない。僕自身、どんな状態になっているかもわからない。僕という人間が存在しなくなる可能性だってある。

 それでもいい。

 小松原さんが笑って過ごせる未来が訪れるなら、僕自身どうなったって構わない。


 深夜の病室で、桐丘は僕にタイムリープの方法を示唆した。

 自殺に失敗すること。

 それを実行する資質が僕にあると、桐丘は見抜いていた。


 父や祥子さんとの関係に悩んでいた時期は、度々考えていた。

 死んでしまえば楽になれるのかな。

 一時の気の迷いだった。しかしあの頃確かに、僕は死に焦がれていた。


 小松原さんもそうだったのだろう。

 美南さんを傷つけた罪に苦しみ、現実から逃げたいと思った瞬間が、あったのかもしれない。

 同じく裕司も、困窮から一家心中を考えていた。


 小松原さん、僕、裕司。

 死を意識し、自ら近づこうとした三人。

 それが僕たちの共通点であり、桐丘を視認する条件だった。


 一度でも死に魅せられた経験があるならば、踏ん切りをつけるのは容易い。

 だから僕は実行できた。

 真冬の川に身を投げて、見事生死の淵をさまよった。肉体はまだ生きているはずだけど、そこに僕の精神はない。

 肉体を持たない今の状態を、桐丘は思念と表現していた。

 ではさっきから歩き続けている僕のこの体は、なんなのだろう。思念が実態化した、仮の肉体というものだろうか。


 とにかく僕はタイムリープの世界に入りこんだ。

 もっと超人的な力で、念じた瞬間にスパッと目的の時間に飛べると想像していたが、実際やってみると、タイムリープの工程は地味で、現実的な色合いが強かった。

 目標とする過去まで、自らの足で歩いていく。

 僕を取り巻く景色が変化するのは、過去の場面が流れていってるからなのだろう。


 僕は安在さんが命を落とす日まで移動した。裕司が加納さんのロッカーから盗みをはたらく日まで移動した。

 はなから小松原さんと桐丘が対面する場面まで移動して、彼女が能力を使うのを阻止するのが、簡単な方法だろう。そうして変化させた未来では、安在さんも裕司も、幸せな毎日を送っているかもしれない。僕が過去の世界で二人を救ったことは、無駄になるかもしれない。

 それでも、僕は二人を救いたかった。起きてしまった不幸な出来事を、取り消しておきたかった。

 

 この後は、美南さんが事故に遭うのを阻止しよう。

 事故が起きなければ、小松原さんと美南さんの仲はこじれない。二人はずっと仲の良い姉妹のような関係を続けられる。


 だが、あるところまで来ると、強い力が僕を阻んだ。前へ進もうとしても、押し返されてしまう。透明な膜でも張られているみたいに、そこから先へは進めなくなっていた。

 これが桐丘の言った、「二年以上前には戻れない」という感覚なのだろうか。


 ぞわぞわと全身の毛が逆立つような感じがして、落ち着かない。胸騒ぎというやつだろうか。意識の奥で、今すぐ引き返せと警報が鳴った気がした。僕はそれを無視する。

 行く手を阻む見えない膜へと、一歩踏み出す。タイムリープの空間では痛みも苦しみも感じないことを逆手にとって、僕は無茶をした。体全体をねじこむようにして、無理やり進んだ。そんなことを続けるうち、ふっと何かが体から離れた気がした。それは空中ブランコでいえば命綱、ヘンゼルとグレーテルの物語でいえば道しるべのために落とした小石。そういった類のものを失ったのだと、僕は理解した。

 これでもう完全に、現在へは戻れなくなった。

 僕に残されたのは、過去へと遡る道のみだ。

 

 

 ■ ■ ■


 

 美南さんを事故から救い、僕は再びタイムリープの空間に戻った。

 さらに道を進む。

 次はいよいよ、小松原さんが桐丘の感覚を消し去ってしまった日へと向かう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。