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ある日の戸田美南

 飛び跳ねるように歩いて、ランドセルの中身をカタカタ言わせるのが、戸田美南のお気に入りだった。

 小学校からの帰り道。隣には一学年上の従姉、小松原想乃がいる。

 一年生の美南はまだ学校に通いはじめたばかりで、通学路に慣れていない。目に映るものすべてが面白そうに見えて、好奇心のおもむくまま、美南の足はあっちへこっちへ動いた。そんな美南の手を、想乃は優しく引いてくれていた。


「美南ちゃん、真っすぐ歩かないと危ないよ」

 想乃が言った。

 校門を出てから、想乃がこのセリフを口にするのは三度目だった。美南は想乃と歩く帰り道が、楽しくてたまらない。真新しいランドセルも、黄色い通学帽も、自分で選んだ赤色の運動靴も、美南の心を浮き立たせる。


「大丈夫だよ。想乃ちゃんが一緒だから」

 美南は弾んだ声で返した。


 想乃とは、同じ家で暮らしている。何か事情があって、想乃はあるときから美南の家の子になった。ひとりっ子の美南は、姉ができたみたいで嬉しかった。家の中にいつでも遊び相手がいるのは、楽しいものだ。優しく穏やかな性格の想乃は、美南のわがままにも笑顔で応じてくれる。母親ですら呆れて突き放す美南の癇癪にだって、想乃だけは辛抱強くつき合ってくれた。


「ねえ想乃ちゃん、帰ったら昨日の続きしよう」

 美南は最近夢中のゲームのタイトルを口にした。可愛らしい動物のキャラクターが魔法を使ってバトルするという内容の、テレビゲームだ。


「またあのゲーム?」

 想乃がわずかに頬を引きつらせたのを、美南は見逃さなかった。咎めるように、

「嫌なの?」

 想乃の顔を覗きこむ。


「ううん、嫌じゃないよ」

 想乃がすぐさま否定してくれたので、美南は満足した。

「今日こそ想乃ちゃん、わたしに勝ってよね。簡単に負けちゃ面白くないよ」


「いいよ。でも美南ちゃん強いからなあ」

 その言葉に、美南はふふんと鼻を鳴らした。それから得意になって、勝つためのコツを想乃に説明しはじめた。

「だから最初に、連打して相手を削るんだよ。ね?」


 興奮した美南は、つないでいた想乃の手を振りほどき、タタッと歩道を駆けた。くるりと想乃のほうを振り返ると、両手を前に突き出してみせる。

「こんなふうに、ババッと撃ってから――、」


 そのとき、想乃の表情が凍りついた。目は美南の後方を捉えている。


「危ない、美南ちゃん!」


 想乃が動いた。美南に駆け寄り、その肩を強く押す。よろけた美南の真横を、凄まじい速さで自転車が通り過ぎた。間一髪だった。あと少しで、美南は後ろから自転車に突っこまれるところだった。自転車に乗っていた学生は、携帯を操作するのに気をとられ、美南の存在に気づいていなかった。


「……痛っ」

 想乃の助けで自転車事故を免れた美南だったが、押された力が強かったのか、そのまま車道に飛び出してしまった。

 トラックが、すぐ傍の交差点を通過する。そのまま、車道に倒れている美南の元へと迫ってくる。


「美南ちゃん!」

 想乃が金切り声を上げた。


 そのとき、彼女の前を人影が横切った。人影は素早く美南の元へ駆けつけ、その体をふわりと抱きかかえると、歩道に走り寄った。直後、急ブレーキで車体を揺らしながら、トラックが過ぎ去った。


 歩道に下ろされた美南は、少しの間呆然としていた。


「美南ちゃん、大丈夫? 怪我は?」

 想乃に声をかけられ、美南はようやく恐怖を実感した。頭の中がじんじんと騒ぎ、両目から涙があふれ出てきた。


「ごめんね。怖い思いさせてごめんね」

 激しく泣き声を上げて咳きこむ美南に、想乃は謝り続けた。

「わたしが強く押しちゃったからだよね、ごめんね。でも良かった、美南ちゃんが轢かれなくて」


 しばらくして美南が落ち着きを取り戻すと、想乃はきょろきょろと視線を彷徨わせた。

 危ないところから美南を救出した人物は、少し先のブロックにもたれていた。


「あの、ありがとうございました。美南ちゃんを助けてくれて」

 想乃が礼を言うと、美南も気がついて、相手に頭を下げた。

「お兄さん、どうもありがとう」


 年齢は中学生か高校生くらいだろうか。その人はブロックから背中を離し、美南の元へ歩み寄ってきた。身を屈め、視線の高さを合わせると、

「いいよ。君が無事で本当に良かった」

 穏やかに言った。


 美南はちょっと気恥ずかしくなって、目を逸らした。

 隣で想乃が、あっと驚きの声を上げた。

「お兄さんのこと、覚えてる。前に病院で会ったよね?」

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