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幸福な日(2)

 キャンプファイヤーは、思っていたほど賑わいをみせなかった。

 白けるのとはまた違う、不思議な静けさがあった。

 誰もが言葉少なに、おもいおもいの場所から炎を眺めている。


「じゃあ俺、そろそろ消火の準備しに先生のとこ行ってくるわ」

 僕の横で、裕司がそっと立ち上がる。

 

 裕司と入れ替わるように、安在さんが近づいてきた。

「想乃ちゃんてさ、面白い子だったんだね」と話しかけてくる。思い出し笑いをしながら、昼間の出来事を語った。

「一緒にカレー作ってるときね、真緒が想乃ちゃんのことからかって、カレーってシチューを焦がして作るんだよって言ったの。シチューが焦げたのが、カレーなんだって。そんなの誰が聞いても嘘だってわかるじゃない?」


「うん」

 ここまで聞いただけで、なんとなく想像できてしまった。にやつきを抑えつつ、

「それで、小松原さんはなんだって?」

 続きを促す。


 安在さんはくふふっと笑い、

「へえ、そうなんだあって、素直に受け入れちゃったの。可愛すぎない? もうみんな爆笑だったよ」


 小松原さんは僕の冗談にも、真面目に返すふしがある。変なところで頑ななくせに、信じやすいのだ。


「わたし、もっと早く想乃ちゃんと仲良くなりたかったよ」

 安在さんはしみじみと言った。

「今日いっぱい話をして、感じたんだ。いい子だよね、想乃ちゃん」


 最初の自己紹介のときから、小松原さんはクラスメイトと関わるのを避けていた。自然な流れで、教室には彼女を腫れ物扱いする空気ができあがっていた。

 しかし今、小松原さんへ気軽に声をかける者が増えてきている。

 よく笑顔が見られるようになり、話しかけやすい雰囲気を放つようになったのが理由だろう。加えて、安在さんのサポートがあった。

 安在さんはさり気なく小松原さんとクラスの面々の間に入り、彼女がなじみやすい空気を作ってくれた。

 僕にはとても、安在さんのようなやり方はできない。


「安在さんだって、小松原さんと同じくらいいい子だよ」


「どうしたの改まって。照れるなあ」

 安在さんは豪快に笑って、僕の背中をバシバシ叩いた。

「まあ、そういうことだから的場くんも安心してね。今夜はテントで、想乃ちゃんといっぱい喋る予定なんだあ」

 そうして弾むような足どりで、女子が集まっているほうへと戻って行こうとした。だが思い出したように立ち止まり、

「ねえ、想乃ちゃんと的場くんて、何かあった?」


「ん? 何もないよ」


 そういえば今日はまだ、小松原さんと会話できていない。小松原さんの周りには絶えず人がいる状態で、声をかける隙がなかった。


「何かって、あれだよ? 男女の進展的なやつだよ?」

「ええ?」


 どきりとした。少し前に、僕は小松原さんへ思いを告げている。これって考えようによっては、以前より関係が進展したといえるんじゃないだろうか。


 答える代わりに、訊いてみた。

「なんで安在さんはそう思うの?」


「勘だよ」

 安在さんはいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「言ったでしょう? わたしの勘は当たるんだよ」


「へえ」

 鋭いな。苦笑いを返しながら、僕は思った。安在さんの前では、誤魔化しなどきかないのかもしれない。




 ■ ■ ■




 夜が更けた頃、そっとテントを抜け出した。

 同じ班の連中は、揃って穏やかな寝息をたてている。当分は目を覚まさないだろう。僕が抜けたことにも気づかないはずだ。


 夜の空気を肺いっぱいに吸い込む。

 無性に歩きたい気分だった。

 就寝時刻を過ぎてからは、無闇にテントを出ないように。先生からはそう言い渡されていたけれど、少し散歩するくらい平気だろう。僕はまだ、今日という日を終わらせたくなかった。


 幸福な一日だった。

 空は晴れ、小松原さんは笑っていた。桐丘という存在を忘れてしまいそうになるほど、それは普通の高校生の光景だった。友達に囲まれ、ふざけあい、はしゃぎ声を上げていた。


 少しだけ歩くつもりが、気がつくと僕の足は、昼間行った川のほうへと向かっていた。

 穏やかな夜だ。川べりで水の流れる音を聞きながら風に当たれば、気持ちがいいだろう。

 テントから離れてしまうが、思いきって川まで出てみることにした。


 賑やかだった昼間とは一転、オートキャンプサイトはひっそりとしていた。人の気配はするが、話し声はない。

 遠く、近く、虫の声が響いていた。


 川べりに出て、なだらかな砂利の上に腰を下ろした。そうして少しの間、膝を抱え、水面を眺めていた。

 ふと気配を感じて隣を見ると、桐丘が出現していた。僕と同じような体勢で座り、桐丘もまた水面を見つめている。


(どうして……)


 全身が強張った。驚きのあまり、声も出ない。僕はそのまま桐丘の横顔を凝視した。

 僕の視線に気づいたのか、おもむろに桐丘がこちらを向いた。そして――、

「こんばんは」

 喋った。


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