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疑われる日(1)

 登校すると、教室は異様な空気に包まれていた。

 普段であればクラスメイトの話し声で賑わっているはずの空間が、今朝はしんと静まり返っている。


 数人の女子が、小松原さんの席を取り囲んでいた。

 彼女たちは眉間に皺を寄せ、腕を組み、誰が見ても「ああ、怒ってますね」と解釈するポーズで、小松原さんを見下ろしていた。

 他のクラスメイトたちは息をひそめ、成り行きを窺っている。


「あのさあ」と苛立ちの声を上げたのは、加納真緒という、クラスでは目立つグループに属する生徒だった。安在さんのように人望があるタイプではないが、行事に積極的に参加したり、外見が派手だったりするので、彼女の周りには人が集まりやすい。


 加納さんは腰を折ると、俯いたまま座る小松原さんと、強引に視線を合わせた。

「小松原さん、何か知ってない?」


「わたしは何も知りません」

 小松原さんの声は震えていた。


「本当に?」

「知りません」

「嘘ついてもすぐバレるよ」

「嘘なんかついてません」


 一体何が起きているんだ? どうして小松原さんは加納さんたちから問い詰められている?

 傍にいるクラスメイトに、僕はそっと解説を求めた。

「この状況、何?」

 クラスメイトは険しい顔で「盗難だよ」と教えてくれた。


「昨日、加納のロッカーから金が盗まれたんだ」

「ロッカーに財布入れたままにしてたの?」


 学校からはロッカーに貴重品を入れないよう指導されている。過去に盗難事件があったのだ。


「いや、財布じゃなくて、コバセンに渡す誕プレ代だよ。ほら、加納がみんなから集めてただろう。その金が、五限終わった後に確認したら、なくなってたんだとさ」

 クラスメイトはそう言って肩をすくめた。


 クラス担任、小林先生の誕生日は二週間後だ。加納さんの発案で、誕生日プレゼントを贈ろうと計画していた。


「それで、どうして小松原さんが責められてるわけ?」

「昼休みの時点では、加納は集めた金を持ってたんだ。それが五限の後に教室に戻って来てみたら、ロッカーから消えてたらしい。昨日、小松原さん五限の途中で早退しただろ」


 昨日の五限は体育だった。隣のクラスと合同で、バレーボールをした。途中から、体育館の屋根に水滴の当たる音が聞こえてきた。雨が降りはじめたのだ。

 雨が降ると、桐丘が現れる。

 人気のない場所で桐丘を待ち構えるため、小松原さんは五限を早退する必要があった。


「問題の時刻、教室を出入りしたのは小松原さんだけなんだ」

 この先はもう言わなくてわかるだろうという顔で、クラスメイトは唇を結んだ。


 僕は怒りに震えた。

 たったそれだけのことで、加納さんたちは小松原さんを犯人扱いしているのか。


「いや、無理ありすぎない? そんなことで小松原さんを犯人だと決めつけるなんてさ。小松原さんが人の物を盗むわけないのにね」

 そう言って、事情を教えてくれたクラスメイトに同意を求めたが、反応は鈍かった。


「わからないよ。正直、クラスの誰も小松原さんがどういう人かなんて知らないわけだし。俺、小松原さんとまともに喋ったことすらないよ」


 そもそも小松原想乃という人間のことをよく知らないのだから、味方のしようがないのだ。


 小松原さんは他人を傷つけてしまうのを、何より恐れていること。何かあれば、真っ先に自分が悪いと思いこむ性格だということ。そうして何もかもひとりで背負いこもうとすること。

 そんな彼女が、盗みなどするはずがないこと。

 この場にいる者で、そう主張できるのは、僕以外にいないのだった。

 クラスメイトたち、特に加納さんらは今、小松原さんに対する勝手なイメージや憶測だけで行動しているのだろう。

 

「ねえ、小松原さんは昨日なんで早退したの?」

 加納さんの隣から、声が上がった。加納さんと同じグループに属する、矢田香澄だ。背が高く、声が大きいためか、威圧感がある。


 小松原さんは消え入りそうな声で答えた。

「気分が悪かったので」


 すると矢田さんは大げさにため息をつき、

「いつもいつも欠席したり遅刻したり早退したり、小松原さんてよっぽど体が弱いんだねー」

 嫌味ったらしく言った。

「見た感じ、健康そうなのにね。どうしてかなあ」

 同意を求めるように、教室中を眺め渡す。何人かのクラスメイトが、矢田さんの視線から逃れるように目を伏せた。


 小松原さんは黙っている。まさか本当の事情は明かせない。自分にしか姿が見えない、正体不明の男の出現に備えるためと言っても、誰も信じないだろう。


 矢田さんの口撃は続く。

「なーんかさあ、体が弱いのが理由ってわけじゃなさそうだよね。じゃあ小松原さんが休んでばっかいるのは、お仕事が忙しいからかなー?」


「あの、お仕事って?」

「バイトか何かしてるんでしょ? だからよく学校休んでるんじゃないの?」


「ごめんなさい、どうして今矢田さんがそんなこと気にするのか――」

 わからないのだけど、と小松原さんは続けたかったのだろう。しかし最後まで言い終えぬうちに、加納さんが口を開いた。

「だからあ!」

 荒々しく言い、小松原さんの机を叩く。バンッと硬い音が教室中に響いて、僕の斜め前に立っていた女子がびくりと身をすくめた。

 間近でこの音の衝撃を受けた小松原さんは、もっと恐ろしかったはずだ。


「学校サボってバイトしなきゃならないくらい、金に困ってるのかって訊いてんの! だから盗んだんじゃないの? ていうかもうはっきり言うけど、昨日の五限、わたしのロッカーから金盗った犯人って小松原さんだよね?」


「え、盗んだって……」

 小松原さんは唖然とした様子でつぶやいた。


 小松原さんを取り囲む面々が、

「とぼけないでよ」

「もうこれ絶対そうだよね、決まりだよね」

「小松原さん以外に考えられないじゃん。昨日の五限はうちら全員体育館にいたんだし」

 などと声を上げる。


 僕はぎりぎりと奥歯を噛んだ。

 疑問があるなら、普通に尋ねればいい。

 なぜわざわざみんなの目があるところで、小松原さんを取り囲んで問い詰めるのだろう。

 加納さんたちの目的は、真相を明らかにすることではないのか。

 まさか小松原さんの評判を落とすのが狙いで、今のような行動に出たのだろうか。

 もしそうなら、小松原さんへの追及はこの後いっそう厳しくなるかもしれない。


 小松原さんを助けなければ。

 僕は焦った。

 だけど、どうやって?

 どうすれば小松原さんの潔白をみんなにわかってもらえる?


 ふいに、どこからか声が上がった。

「ちょっと何してんの! やめなよ!」


 見ると、安在さんが教室に駆け込んで来るところだった。

 そのまま加納さんの元へ走り寄ると、素早く腕をとり、小松原さんの席から引き剥がす。安在さんの剣幕に押され、矢田さんや他の女子たちも後退りした。


「小松原さんが困ってるじゃない!」

 安在さんは加納さんたちを順繰りに睨んだ後で、教室全体を見渡し、声を張り上げた。

「それにみんなも何? 今の状況をただ眺めてるだけなんておかしいでしょ! どうして誰も止めに入らなかったの?」


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