02 Candle Light
ローズに誘われて、森の魔女に会いに行ったジャック。思いのほか若くて綺麗な女の人だったが、その後、悲しい思いをする羽目に…。
「ジャック…?いないのー?」
ぼくの小屋の扉の前で、小さな声がする。少うし舌足らずで、語尾を上げる癖は…彼女だ。クリスマスの精霊、可愛いローズ。ぼくのことを、友達だと言ってくれてた。
だけど…。
夏の終わり。ぼくらは二人で、森の奥に出かけた。ローズが、知り合いの魔女に会いに行くと言うので、ついていったのだ。道とも言えない細い道の奥に、何だか不気味な家があった。
「怖い顔のお婆さんが住んでて、大きな鍋で何か煮てるの?…えっと、ぼくを煮たりしないよね?」
「考え過ぎよ」
その家の扉を叩いたら、中から女の人が出てきて、きちんと片付けられた居間に案内してくれる。空気はひんやりとしてて、でも清潔そうな感じだ。その人は足が悪いみたいで、二本の杖をつき、それに寄りかかって身体を引きずるように歩く。綺麗だけれど顔色が悪く、寂しい顔立ちをしていた。
「おばさ…ううん、お姉さん、足に怪我をしたの?」
「いいえ、生まれつきよ」
「そうなんだ。ごめんなさい。大変そうだから、座っていて?」
「ありがとう。優しいのね」
ぼくは恥ずかしくなって、黙って首を振る。ローズは隣で、くすくす笑いながら言った。
「ジャックは、とっても優しいの」
ますます困って、ぼくは俯いてしまう。逆に、二人は楽しそうに笑い出した。
「止めてよ」
「うふふふふ…」
二人はいっそう笑い、ぼくはすっかり拗ねてしまった。そのまま外に出ようと、扉を開ける。だけどうっかり間違えて、暗い廊下の奥に進んでしまった。すぐに気づいて戻ろうとしたら、廊下の棚から何かが落ちて来る。ぼくが乱暴に扉を開け閉めしたからだろうかと、慌てて拾い上げた。
でも、そのときローズたちが出てきたので、何の気なしにポケットに入れて…、そのまま忘れてしまった。
「ごめんなさい、ジャック。怒った?」
「いや…ぼくこそ、子供みたいに飛び出したりして…」
「まあ。カボチャくんは子供じゃないの?」
お姉さんの言葉に、ローズの顔がゆがんだ。もちろん、笑いを堪えているのだ。
「いいよ、笑っても」
「…うふっ」
そしてまた、最初の部屋に戻る。テーブルの上の箱には、たくさんのロウソクが入っていた。一本一本に、楽しそうな絵が描いてある。
「あ、カボチャだ」
「お姉さんは絵が上手なのよ。クリスマスの絵を描いてもらっていたんだけど、今年はハロウィンもお願いしてみたの」
「急な話で、あんまりたくさんは描けないのだけれど…」
「ううん、たくさんあるよ。嬉しいなあ。…で、お礼はどうすればいいの?ぼく、もらったお菓子しか持ってないよ…」
「いいのよ。材料費は大してかかっていないし。あなた方の嬉しそうな顔を見ると、私も元気になるから」
お姉さんの言葉を、ぼくはちょっと悲しい気持ちで聞いた。
「…ぼく、表情なんかないのに」
「え?嘘よ。可愛い顔で笑っているわ」
「そ、そうかな…」
「そうよ、ジャック」
ローズも言葉を添え、単純なぼくは、少し嬉しくなる。
「それじゃ。どうもありがとう。また、遊びに来ます」
「ええ、また来てね」
お姉さんが、扉のところまで送ってくれる。足が悪いというので、申し訳ない。でもそのとき、別の人たちが来た。
「おや…、お客さんかの…?」
「異人さんのようじゃな」
荷車に大きな袋を積んだ、おじいさんとおばあさんだった。ぼくらを見て、不思議そうな顔をする。イジンサン、って何だろう?
「ロウソクのお客さんよ」
「おお。それはありがたい。どうか、たくさん使ってくだされ」
お姉さんの説明を聞いて、おじいさんはぼくらにお礼を言い、おばあさんも頷いた。でも、ぼくはお金も払っていない…何だか、悪いなあ…。
「使った人が喜んでくれれば、わしらの罪も薄まります。金がどうこう言うのではありませんのじゃ」
「罪…?」
きょとんとしているぼくの袖を、ローズが引っ張る。
「帰ろう」
「う、うん」
ぼくらの背後で、『新しいロウソクを持ってきたよ』という声が聞えた。あの大荷物は、ロウソクだったのか。あの人たちから仕入れて、絵を描いているんだな。そう思って、何気なく振り向いたら…、さっきのおじいさんとおばあさんには、足がなかった…。
全然ないわけじゃない。身体があるようには見えるけれど、だんだんと姿を失って、地面に立つ足はないのだ。古びた荷車も、車輪ははっきりしていない。
「ロ、ローズ…?」
自分だって、カボチャの中身は空の癖に。ぼくは怖くなって、ローズに声をかける。
「ええ。あの人たちは、もう生きてはいないわ。でも、罪滅ぼしに、お姉さんのところにロウソクを持ってくるの」
「罪滅ぼしって…」
「お姉さんの育ての親は、ロウソク屋さんだったの。でも、お金のためにお姉さんを売ったの」
何だか、すごく昔の人たちのようだった。貧乏で、暮らしにも困っていたんだろうか。
「そんなにお金に困っていたの?」
「ううん。最初はそうだったけど、お姉さんがロウソクに絵を描いたら評判が良くて、暮らしに不自由はなくなった。だけど、大金に目がくらんで…」
「可哀想に」
「お姉さんを乗せて外国に運ぼうとした船は嵐で沈み、町も津波に襲われて、皆死んでしまった」
「じゃ、さっきのお姉さんも?」
あのお姉さんは、ちゃんと足があった。長いスカートで見えなかったけど、杖をついて不自由そうに歩いてた。
「お姉さんは海に落ちても死なないわ。だって、人魚だもの」
「えっ?」
「だから、ここでは上手く歩けないのよ。足が悪い訳じゃない。それで、見世物に売られるところだったの」
「ひどいよ、そんなの」
「お姉さんは、おじいさんたちを恨んではいない。仕方なかったって言うの。それで今は、ロウソクに楽しい絵を描いてる。子供たちの笑顔が、あの二人の罪を薄めてくれますようにって…」
「…優しいんだね」
「辛い思いをした人ほど、他の人には優しくなれる。ジャックが優しいみたいにね」
「ぼくは…」
ぼくは、言葉を切った。辛い思い、か。皆に気味悪がられ、怖がられたことは、数え切れないほどあった。どうしてぼくは、ぼくなんだろうと思ったりもした。
「みんな、忘れちゃった。だって、頭の中身はないもん。あははっ」
「ジャック…」
「でも、ローズがぼくのことを、友達だって言ってくれたときのことは覚えてる。嬉しかった」
「…そう?よかった」
泣きそうな顔をしていたローズが、小さく笑った。
もらったロウソクをリュックに詰めて、ぼくらは少しだけ、街を散歩して帰ることにした。
どうして、まっすぐ帰らなかったんだろう…。馬鹿な、無駄なことだった…。
人ごみを抜けて、街を歩く。大人にはぼくらの姿は見えない。もう夜は遅くて、ぼくらを見つけることの出来る子供はいなかった。
大きなお店のウィンドウも、照明を落として真っ暗。逆に、街灯の光を映しこんでいる。ガラスを何の気なしに見たぼくは、声を呑んだ。
「ジャック?どうしたの?」
目の錯覚だろうか。ローズに声をかけられ、何だか慌てているように見えるのは…カボチャのようなオレンジ色の髪をした、少年だった…。リュックを背負い、服はボロボロだけど、目鼻立ちは整っている。この子なら、ローズと並んで歩くのも似合いだ。
「えっと、ローズ?」
「なあに」
「ぼく、どこか変わったところはない?」
「いいえ。何にも?変なジャックね、いつもと同じ。どこも変わらないわ」
『変なのは、君の目だよ。ぼくは普通の男の子になったんだ!どうして分からないの?』
ぼくは嬉しくて、叫びだしそうだった。…でも、止めた。
そういえばぼくは、ガラスや鏡に、自分の姿を映したことなどない。だって、醜い姿を思い知りたくないから。ローズと一緒にいるときなら、なおさらだ。情けなくなってしまう。
だからこの姿は、ぼくかローズが作り出したものじゃないかと思ったんだ。ローズの目にはずっと、この男の子が見えていたんだろう。それだからきっと、ぼくに優しかったんだ。そりゃ、そうだよね。お化けみたいな姿じゃなくて、こんな子なら、手をつないで一緒に街を歩いてくれるよね…。だからさっきの森のお姉さんも、笑顔だなんて言ったんだ。カボチャに、表情なんかあるはずがないのに。
「…ジャック?」
「ごめん。帰る」
それだけ言うと、ぼくは走ってその場から逃げた。文字通り、逃げ帰った…。
それから何度かローズは、カボチャ畑を抜けてぼくの小屋まで訪ねてきたけれど、いつも居留守を使った。彼女には悪いけど、会いたくなかった。そのうちあきらめて、来なくなるだろう。
きみはやっぱり、クリスマスの仲間と楽しく過ごす方がいいよ。白い雪ときらめく街の灯り、赤い服を着たサンタクロースのお爺さんやトナカイと、たくさんのプレゼントに喜ぶ笑顔の子供たち。きみにはそれがお似合いだ。化け物みたいな、ぼくじゃなくて…。
「ジャック…?今日もいないのね…、仕方ないわ。カボチャを一個もらって帰ろうと思ったんだけど…」
そんな呟きの後、ドアに何か貼りつけて、ローズは帰っていった。後でそっと見に行ったら、『カボチャを一つくださいな。森のお姉さんが、聞きたいことがあると言っていたので、また今度一緒に行きましょう』と書いてある。
カボチャなら、いくつでもあげるよ。でも、森のお姉さんって、何の用だろう…?首をかしげていると、後ろから声がした。
「あ、いた!お帰り。出かけていたの?」
何かまた用があったのか、戻ってきたローズに見つかってしまったらしい。ぼくは仕方なく、頷いた。
「う、うん…」
「カボチャをもらって帰って、くりぬいたんだけど…、上手にできないの。だから、ジャックがいたらいいなって思って、また来てみたの」
ローズは大きなカボチャと、小刀を持っていた。
「おやすいご用だけど…。何にするの?」
「何って、かぶるのよ。ハロウィンはジャックとおそろいにするの」
「おそろい…?」
「うん。二人でカボチャになって、街に行こう?」
「せっかく、ローズは可愛いのに。隠すことないよ」
そう言ってから、ふと気がつく。ローズは『ジャックとおそろいのカボチャ』って、言った。
ぼくは何が何だか分からなくなってきた。じゃ、やっぱり彼女には、カボチャ頭に見えているのか?
「どうしたの、ジャック」
「ごめん、ローズ。ぼくの顔って、何に見える?」
「カボチャだけど?」
ローズはきょとんとして言い返す。それなら、あの時の少年は、何だったんだろう…?
問われるまま、ぼくは話をした。聞き終えて彼女は、この前のロウソクを見せろと言う。背負っていたリュックはそのまま、開けてもいなかった。赤い絵の具で絵が描かれたロウソクを全部出して、ローズは首を傾げる。
「おかしいなあ…紛れているかと思ったんだけど…」
「何が?」
「うんとね…。絵じゃなくて、真っ赤に塗られたロウソクが紛れてないかって、お姉さんに聞かれたの。ジャックの話を聞いて、もしかしたら…って、思ったんだけど」
「赤いロウソクだと、どうなるの?」
「売られていくことに決まって、お姉さんは悲しくて絵が描けなくなってしまったんだって。だけど絵を描くように言いつけられて、真っ赤に塗ってしまったロウソクなの。楽しい絵が描かれたロウソクは、皆に笑顔を届けたけど、赤いロウソクは、買った人の悲しい願いが叶ってしまう。おじいさんたちは知らずにそれも売りに行って、最後の赤いロウソクは、お姉さんの、生みのお母さんが買ったんじゃないかって言われてるわ。貧乏だけど、親切な人たちに拾われて暮らしているのだと、陰ながら安心していたのに、お金のために売られることになったじゃない?何とかして、それを止めようとして…全てがなくなればいいと思ったんじゃないかって…。だからもしもジャックが、普通の男の子になりたいって、ずっと考えていたのなら…それは叶うのだと思う。だけど、きっとすぐに悲しい思いをすることになるの」
「…うん。何だかとっても悲しかった。君の目には、ぼくがあんな風に映っていたから、優しくしてくれたのかと思って」
「ジャックは、ずっと前からカボチャのジャックよ。私の友達の、カボチャのジャック」
「…ありがとう」
ローズが持っていたカボチャを手早くくりぬき、ぼくらはロウソクを持って、森に向かった。とりあえず全部、確かめてもらおうと思ったんだ。
リュックから取り出したロウソクを見て、お姉さんは首を振る。
「…ないわね。わざわざ、ありがとう」
「ううん。すぐに来なくて、ごめんなさい」
「お姉さん、赤いのって、これと同じ大きさのロウソクなの?」
「いいえ、燃えさしの、うんと小さくなったものよ。失くしてしまったのかしら…。それならそれで、いいんだけれど。ただ、誰かに悲しい思いをさせることになってしまうから、自分で持っていたの」
「ジャックが何故だかいじけているから、ロウソクを間違えて持って帰ったのかと思ったんだけど」
「誰が、いじけてるって?」
「ほほほ…、仲良しね…」
ローズにからかわれ、お姉さんに笑われて、ぼくはへそを曲げた。ないけどね。プイと横を向いて、ポケットに手を入れると…、
「あれ?」
「どうしたの?」
「何か、入ってる…」
おそるおそる出してみると、真っ赤なロウソクの燃えさしだった。
「ぼ、ぼくは…盗らないよ…。何でここに入ってたのかも、知らない…」
「大丈夫よ。ジャックはそんな子じゃない」
「ええ、信じてるわ。でもきっと、ここで何かを拾って、ポケットに入れて忘れてしまったのじゃないかしら?ごみか何か、詰まらないものと思って」
「あ、そうだ!廊下に出たとき、何か落ちてきて…暗くて、分からなくて…」
「ごめんなさいね。迷惑をかけたわ…」
お姉さんが、悲しそうに謝るので、ぼくは慌てて答えた。
「すぐに言わなかったぼくが悪いんだ。ごめんなさい」
ぼくらはまた、カボチャ畑の横の小屋に帰った。
くりぬいたカボチャは、ちょうどいい具合に乾いていたけれど、ローズが重いと言う。仕方なく、もっと薄くくりぬいてあげる。その後は、ハロウィンの準備に忙しかった。
大きいカボチャをくりぬいたら、ロウソクを何本も入れて街灯にしよう。小さいカボチャもたくさん用意して、こっちはランタンにするんだ。子供たちにも分けてあげよう…。
お姉さんは、小川未明の人魚のようです…。




