03 White Christmas
ローズと一緒に、今度はクリスマスのお知らせをして歩くジャック。街で偶然、自分たちの姿が『見える』大人に出会う…。
「ジャック…?誘いに来たわ」
遠慮がちなノックの後、小さな声がした。ぼくは急いで返事をする。
「今、行くよ!待ってて!」
ハロウィンは終わり、ぼくは皆に忘れさられて…、次の秋まで、どこかへ身を潜めているはずなんだけど。クリスマスの精霊ローズと仲良くなったので、こうしてまだ、人の世にいる。賑やかな夜の街に繰り出す大人たちには、ぼくらの姿は見えない。
酔ったおじさんの耳元で、着飾った女の人の隣で、『もうすぐ、クリスマスだよ』って、囁いてあげる。そして皆に向かって『大好きなひとと、素敵なクリスマスを過ごせますように…』って、呼び掛けて歩くんだ。
きらきら光るイルミネーションと、街を行く人の波。ざわめく声と、流れる音楽の中を、ぼくらは泳ぐように通り抜けていった。それと気づかぬうちに、ぼくらの言葉は、心に響いていくはず。ぼくらの姿が見えるのは、純粋な心を持つ子供たちだけなんだから。
でも、たまに…ごくごくたまに、子供の心を忘れない人には、ぼくらが何となくわかるらしい。目をこすって、じっと見られるときがある。
「あれ?子供の頃に見た、カボチャお化けと魔女かな?」
そうなんだ。ぼくらとは時の流れが違うから、この前会ったはずの子供たちも、もう大人なんだ。だけど、ぼくらを覚えていてくれて…すごく、嬉しい…。
「よかったわね。ジャック」
「うん」
「あの人は、もしも子供が生まれても、きっとカボチャをくりぬくわ。一緒にハロウィンを楽しんでくれる」
「もちろん、クリスマスもね」
その日ぼくらは上機嫌で、つい、遅くまで街をぶらついていた。
大きなガラスのショーウィンドウの前の舗道に、背の高い男の人が立っていた。誰かを待っているのか、店の中を気にしながら、革の手袋をした手を見つめ、白い息を吐く。
…ふと、ぼくらの方を見て、低い声で尋ねた。
「誰か、そこにいるのか?」
『この人にも、見えるんだろうか?』
ぼくは、ローズの方を見た。彼女は首を振り、そっと答える。
『多分…、すごく、鋭いのよ』
「子供か…?」
目を細めると、また、問いかける。
「おじさん、ぼくらがわかるの?」
「おじさん、か…。子供からは、そう呼ばれるのか…。はっきりと見えている訳ではないが、何となく存在を感じる。お前たちは、迷っているのか?」
この場合の迷う、は迷子ではなくて…幽明の境を迷っているのかと聞いているのだ。
「ううん。ぼくとローズは、精霊なんだ」
「今は、クリスマスをお知らせするために、街を歩いているの」
「ふむ…、子供二人というわけだな。悪いものではないのか…」
また、独り言のように呟いた。
「待ち合わせなの?」
「いや、連れに着せていこうと、ここで買い物をしたのだが。中で待つのも、つまらないのでね」
ぼくらは、店を見直した。ものすごく高そうな服を着た、マネキンが並んでいる。
「素敵な服…。少し早い、クリスマスプレゼントかしら?」
ローズが、女の子らしく尋ねる。
「高そうだよ?お金持ちなの?」
ぼくは、単刀直入に聞いた。
「そういう訳でもないが…。もしも欲しがるのならこの世の全てでも、買ってやりたいと思っているよ」
その口調は、とても優しかった。
ドアが開いて、白いコートを着た女の人が出てくる。付き添ってきたお店の人が頭を下げて、ありがとうございましたと言っていた。高級な店なんだな、ぼくはぼけっと考えていたが、いつの間にか、横にいた男の人の姿がない。
でも、どこへ行った訳でもなかった。ぼくらには声もかけずに、その女の人のそばにすっ飛んで行っただけ。お店の人からは大きな紙袋を受け取り、女の人の背中に手を当てて、何か話しかけてる。それから…。
「わあ」
ローズが目を輝かせ、ぼくは何だか恥かしくなって俯いた。さっきの男の人が、女の人を抱き上げてたから。お店から舗道まで何段か階段になってたんだけど、雪が積もってて、きっと、危ないと思ったんだろうな。
「恥かしいわ、お兄ちゃん」
女の人がそう言うので、ぼくらはちょっと、ガッカリした。何だあ、きょうだいだったんだ。
「足を滑らせたら、危ないじゃないか」
「大丈夫よ。お兄ちゃんが、見ててくれるから」
「それなら、抱いて運んでも構わないだろう」
「いじわる」
女の人は少し頬を膨らませ、首を振る。男の人は笑って、もう相手にしていない。裾の長いコートに紛れて最初は気づかなかったけど、女の人は白い杖を持ってた。足が悪いのかもしれないな。それなら、お兄さんだっていう人が、大げさなくらいに気遣っても不思議じゃない。
「誰かとお話していたの?」
女の人が首を傾げて、こっちを見る。男の人は少し戸惑ってから、頷いた。
「…、あ、ああ。通りがかりに…」
「こんばんは、お姉さん。あたしたち、クリスマスをお知らせして回ってたの」
ローズが明るく話しかけ、女の人は微笑んで答えた。
「まあ、まだ子供なのね?おうちのお手伝いかしら、えらいわ。頭の固いお兄ちゃんが、子供は家に帰れとか、補導するぞとか言わなかった?」
「ううん。おじさ…、お兄さんは、おまわりさんなの?」
「おい、誰がおじさんだって?」
男の人が怒ったが、妹だという女の人は、とっても楽しそうに笑った。ローズもにこにこしてたが、ぼくは、どうも腑に落ちない。この女の人は、ぼくらの存在を感じていて、話も出来る。だけど、見えてはいないのか?子供の姿なのは、会話を通じて推測したようだ。それでも気味悪がることもなく、普通に接してくれてる。
『ねえ、ローズ…?』
ローズだって、変に力んで、明るく振舞ってる気がする。いったい、どうしたんだろう?こっそり話しかけたら、ぎゅっと手を握られた。黙った方がいいような気がして口をつぐみ、彼女の視線の先を見る。女の人の持っている杖は…、そうだ。森のお姉さんの杖と違って、身体を支えるようなしっかりしたものじゃない。白くて細い、道の障害物の有無を確かめるためのものだ。…見えてないんだ、何も。だから逆に、ぼくらの姿がなくても、怖くないんだろう。「女の子一人じゃないのよね?あたしたち、って言ってたし」
女の人は、ぼくの方を向いて言った。目の悪い人は他の感覚が鋭いから、案外、存在を感じてるのかもしれない。ぼくは虚ろな目で、女の人を見あげた。瞳はこんなに綺麗に澄んでいるのに、何も見えてないなんて。
「ジャックは、恥かしがり屋さんなの」
「男の子なのね。あなたは?」
「あたしはローズ、クリスマスローズよ。ジャックは、ジャック・オー・ランターン」
「クリスマスなのに、ハロウィンなの?」
「うん。友達だから!」
「そうなんだ。いいなあ」
そこに、男の人が割り込む。
「ルミには、俺がいるだろう」
「うん…。だけどお兄ちゃんは、お嫁さんを貰っちゃうかもしれない」
「それはない。俺は一生、ルミの側にいる」
ローズが笑いを堪え、口元を手で隠す。ぼくも、噴き出しそうなのを我慢した。
「俺の責任だ」
男の人の口調がとても苦くて、ぼくらの笑いは引っ込む。
「…。お兄ちゃんが変に気にして構うから、私が素敵な男性と知り合えないじゃない」
女の人が無理に茶化したが、ぎこちない雰囲気は拭えない。ぼくらは少し後ずさり、顔を見合わせて、声を揃えた。
「それじゃ…、行くよ。またね」
「お手伝い、ご苦労さま。寒くないようにね?」
「うん、ありがとう!」
二人は、雑踏の中へ消えていく。どこかお店にでも入ったのか、すぐに姿は見えなくなった。
「びっくりしたね」
「うん」
目の不自由な女の人に、ぼくらが『見えて』いたこと。あの男の人は、どうしてあんなに妹さんに優しいんだろう。責任っていう言葉も、変だった。不思議に思うことはたくさんあるけど、詮索しても始まらない。言いたくなさそうだったし。だから、最初に感じたことだけ、口にした。
「仲良しだったね、恋人どうしかと思った」
「私たちみたい?」
「え?ぼくは…そんなに、図々しくないよ…」
「何が図々しいの?」
真面目な顔で聞き返され、ぼくは言葉に詰まる。突っ立っていたら、ローズはどんどん先に行ってしまった。
「ジャック、早くう」
「待ってよ…、ぼくは頭が重いんだから…」
笑顔で呼ぶローズを追って、ぼくも走り出す。今夜は、嬉しいことがいくつもあった。ううん、今夜だけじゃない。ローズがぼくを連れ出してくれるようになってから、色んなことが起きてる。もう、一人ぼっちじゃないんだ…。
(了)
ハロウィンからクリスマスまで、何となく時間が進んでいます。5年前に1と2のあらすじを書いて放置していたものですが、童話風に行こうと思いつつ、最後は現実的になってしまいました。
兄妹は他の話で使う予定のキャラで、妹の名前は「ハルミ」ですが、お兄ちゃんは「ルミ」と呼びます。どシスコンのようですが、それだけではなく、何か事情があるみたいです。




